第19話 変化を望まない者
日曜日いつものように昼過ぎまで寝ていると、インターホンの音で起こされた。
欠伸をしながら玄関の扉を開けると、輝夜がジトっとした目をして立っていた。
「おはよう、兄さん。まだ寝てたの」
「ああ、今何時だ?」
「もう昼の一時過ぎ」
「一時か、もう少し寝てても良かったな」
いつもなら三時くらいまでは寝てるし。
そんなくだらないことを呟くと輝夜が深いため息をついた。
呆れた顔でジトっとした目のまま俺のことを見ながら口を開いた。
「くだらないこと言ってないで早く入れてくれない?」
「ああ、そうだな」
輝夜に言われるがまま入らせてリビングまで戻る。
「お前、何しに来たんだ?」
「ちゃんと一人暮らしで来てるかの偵察」
「出来てるから問題ない」
輝夜の言葉に即答で返してキッチンの冷蔵庫からお茶を出し二人分のコップを持ってリビングに戻る。
コップにお茶を入れて輝夜に渡すとすぐに飲み始めた。
俺も寝起きで喉乾いてるから飲むか。
「こんな時間まで寝ててちゃんと出来てるって言えるの?」
起きる時間は関係ないと思うんだが……
「家事はしっかりやってるから問題ないだろ。それに毎日こんな時間まで寝てるわけじゃない」
「母さんと父さんは学校にしっかりと行ってるならいいって言ってたけど」
「ならいいじゃないか」
呆れた顔で言う輝夜に返すと、また深いため息をついた。
そんなにため息つくなよ。
そもそも俺が朝弱いの知ってるだろうに、たまにはゆっくり眠らせてくれよ。
「それで、黒羽とは最近どうなの?」
「ん?ああ、ほぼ毎週土曜日に遊びに来てるぞ」
ちょうど昨日も来てたしな。
遊びに来るのはいいんだが、十二時前に起こしに来るのはどうにかならないかな。
「はあ、そういう意味じゃないのに」
「?」
質問にちゃんと答えたはずなんだが、ため息をつかれた。
てか、他にどういう意味があるっていうだ?
「兄さんは黒羽のことどう思ってるの?」
「どうとは?」
「好きとか嫌いとかの話」
「……」
こいつはまた難しい話を持ってくるものだ。
好きか嫌いかで言えば好きで間違いないが……
「好きか嫌いかなら好きだぞ」
「もっと詳しく」
はあ、その区部が難しいから困ってるんだよ。
こいつは昔から俺と黒羽のことをよく気に掛けるよな。
「具体的にどういえば満足なんだ?」
「兄さんの中で黒羽がどんな立ち位置なのかを詳しく教えて」
「黒羽の立ち位置……ね」
俺でも良く分かってないのに簡単に答えられるわけないだろうに。
それでもこうなったら答えないとしつこいだろうな……
仕方ない、時間稼ぎでもするか。
「取り合えず、腹減ったから何か作ってくれ。その間に考えをまとめておくから」
「……分かった。冷蔵庫の中の物勝手に使うわよ」
「お好きにどうぞ」
輝夜は少し考えた後にキッチンに向かった。
さて、今のうちに考えないとな。
俺にとって黒羽はどういう存在なんだろうな……
妹の友達?
そこまで遠い関係ではないか、むしろ輝夜より俺と遊ぶことが多いし。
じゃあ、もう一人の妹のような存在?
それもないな。
昔からよく一緒にいるが、妹と思った覚えはないしな。
なら、幼馴染の親友?
かなり近い気もするが、少し違う気がするんだよな。
京谷や優香と比べて何かが違う気がするんだが、上手く言葉に出来ないんだよな。
じゃあ、黒羽とはどういう存在だ?
親友に似た何か。
それじゃあ、輝夜が納得しないだろな。
けど、それ以外に答えようがないしな。
仕方ない、上手く誤魔化そう。
「出来たわよ。と言っても簡単なものだけど」
「何でもいいさ」
「それで考えはまとまったの?」
「ああ、俺にとって黒羽は親友かな」
「……親友、ね」
ん?なんでそこで俯くんだ?
まあ、何も聞き返されないならそれでいいか。
さっさと飯を食べてしまおう。
「兄さんは親友以上の関係になる気はある?」
「知らん」
「え?」
「先の話なんて俺には分からん」
「……先のことじゃなくて今の兄さんの意見を聞いてるの」
今の俺の意見っか。
そんなの決まってるだろうに……
「無いよ」
「……そう」
今の黒羽との関係は俺にとってはとても居心地がいい。
だから、だからこそ、これ以上なんて望まない。
今の幸せが少しでも長く続いてくれるならそれでいい。
だから、輝夜、俺にとっては今以上なんていらないんだよ。
「なら、私からは一つだけ」
「ん?」
また俯いていた輝夜が顔を上げたかと思えば随分と真剣な目をしてるな。
そんなに重要なことがあるのか?
「兄さんが変化を望んでいなくても、変化を望む人はいるんですよ。それがどんな結果になるか分からなくても、何年も小さな変化を望んでいる人がいることを忘れないでください」
「言ってる意味はよく分からんが、お前がそんな真剣に言ってるんだ覚えておくよ」
「じゃあ、食べ終わったら買い物に行こ」
「……それが目的で来ただろ」
「そんなことないわよ」
はあ、いつになく真剣な態度だから真面目に聞いてやったのに……
まあ、たまにはいいか。
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