第7話 出来ない者
十六夜は島村さんに協力するというと立ち上がった。
「それじゃあ、俺は少し用事があるから先に戻るよ。それと、俺のことは十六夜でいいよ」
「は、はい。十六夜君、私も唯でいいです」
「じゃあ、唯。これからよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「じゃあ、京谷。後は任せた」
十六夜は俺の返事も待たずにさっさと図書室から出て行った。
俺はため息をついて島村さんに視線を向けた。
「えっと、十六夜と同じで俺のことも京谷でよろしく」
「はい。京谷君、私も唯でお願いします」
「分かった」
島村唯、特に目立つような人じゃなかった。
けど、あの十六夜が努力する才能があると認めるほどの努力家。
「唯はすごいね。十六夜が努力を認めたのは唯で二人目だよ」
「えっと、そんなにすごいんですか?」
「ああ、とてもすごいことだよ。十六夜は誰よりも努力を尊んでるから」
「……けど、私なんて十六夜君に比べたら全然大したことないですよ」
俺の言葉に唯は自嘲するように微笑んで返してきた。
さっきの反応も合わせると、唯も十六夜のことを誤解してるんだろな。
「唯は、さっき十六夜が言ってた努力できないって話を聞いてどう思った?」
「……十六夜君にとっては何事も努力する必要がないのだと思いました。才能に恵まれすぎているから、努力が羨ましいんですかね」
ああ、やっぱりそうだ。
唯も昔の優香や俺と同じで十六夜のことを誤解してるんだな。
まあ、十六夜が紛らわしいのもあるか。
「それは違うよ。十六夜が努力を羨むことは絶対にない」
「え?けど、努力を尊んでるんですよね」
「さっき言ってた通りだよ。十六夜は努力が出来ない」
唯は俺が何を言いたいのか分からないようで首を傾げる。
「才能に恵まれたから出来ないんじゃないよ。本当に出来ないんだ」
「努力する機会がなかったからじゃなくてですか?」
「いや、十六夜にも努力しないといけない機会はあったよ。挑戦さえせずに速攻で逃げたけどね」
「え!?」
まあ、そういう反応になるよね。
俺と優香も最初はかなり驚いたからな。
「十六夜は人前に立ったり、仲の良い奴以外に自分から話しかけられないな」
「えっと、そんなに酷いんですか?」
「ああ、酷い。入学式で代表挨拶したくないがためにわざと点数落としてたし、高校に入ってから唯以外に誰も友達が出来てない」
唯は何とも言えない顔で驚いて少し固まった。
驚く気持ちはよくわかる。
十六夜は俺や優香が呆れるくらいにコミュ障だからな。
「……それでも話しかける必要があるならするのでは?」
「それ以外に選ぶ道がないのならな」
「…………けど、誰かと協力しないと大変なことたくさんありますよね?」
「あいつの場合は才能で何とでもなるからな。分かっただろ、十六夜は頑張って人に話しかけることすら出来ないんだよ」
知らない相手に声を掛ける努力をしないためだけに才能を全力で利用してるからな。
あいつ以上に才能を無駄遣いしてるやついるのか?いや、いないな。
「誰よりも努力が出来ないから努力出来る奴を純粋に尊敬してるんだよ」
「……けど、努力しなくても勉強が出来る十六夜君の方がすごいと私は思いますよ」
唯は十六夜が努力できないことは納得したようだが、それでも十六夜の方がすごいと思っているようだ。
「唯が十六夜に抱いているその思いを十六夜も唯に抱いてるってことだよ」
「え?」
「唯にとって努力は当たり前で勉強はとても難しい。その逆で十六夜にとっては勉強が当たり前で努力がとても難しいんだ」
「……?」
「自分に出来ないことが出来る相手をすごいと思うのは当然だろ」
「そういうことですか」
俺の言葉に唯は納得したような顔をして俯いた。
「特に十六夜にとっては難しいなんてレベルじゃない。唯が思っている以上に十六夜は唯のことをすごいと思ってるはずだよ」
「私は、十六夜君のことを勘違いしていたようです。才能に恵まれているから他人を見下しているのかと思っていました」
「それはないかな。十六夜は自分よりダメな人間はいないと思ってるから」
「それは流石にないと思うけど……」
「十六夜の評価基準は成績とかじゃないからね。変化に対応しようとする努力で人を評価してるんだよ」
自分は努力なんてかけらも出来ないくせにな。
まあ、興味さえ持てば努力なんて関係なく突っ込んでいくけどな。
楽しんでやってるだけらしいが……それは努力とは違うのだろうか?
「それじゃあ、俺達もそろそろ戻ろうか」
「そうですね。そういえば、十六夜君は先に戻ったんだろ?」
「ああ、唯に協力するために、努力の天才を説得に行ったんだよ」
「努力の天才?」
「そう。唯と同じで努力が才能って言われた奴」
「どんな人なんですか?」
「まあ、すぐにわかるさ」
唯は俺の言葉に首を傾げるが、話を変えて雑談しながら教室に戻った。
図書室を出て俺は優香を探して学校を歩いまわった。
少しして女子友達とジュースを飲みながら話している優香を見つけた。
うわー、話しかけたくないな。
傍から見ると俺はそうとう嫌そうな顔をしてるだろうな。
「はあ、次の休み時間にしよう」
優香に背を向けて教室に戻るために歩き始め、すぐに後ろから優香に声をかけられた。
「あれ?友達と話してたんじゃないの?」
「方向転換して戻っていく十六夜が見えたから。私に何か用があったんでしょ?」
「ああ、流石だな」
「十年近く一緒にいれば誰でもわかるよ。それで用件は?」
まあ、分かりそうな友達は両手で数えられるがな。
この学校だけだと二人だけか。
「実はな……」
取り合えず、さっき図書室で話したことを優香に一から説明した。
説明が終わると優香は少し不機嫌な顔になりため息をついた。
「はあ、気づかなければ良かった」
「そんなこと言わずに勉強の仕方を教えてやってくれ」
「私に何のメリットもないんだけど……」
優香は何か報酬はないのかといいたげな視線を向けてくるが、俺が思いつくものは何もないんだよな。
「俺に出来ることならやるぞ」
「……じゃあ、今度二人っきりで勉強教えて、教え方はいつも通りでいいから」
「ん?そんなことでいいのか?」
「他は思いついた時に言う」
「え?一つじゃないのか?」
「当然、私が満足するまで付き合ってもらう」
どうしよ。
断ると協力を断られるよな……
「……大したことは出来ないぞ?」
「期待してないから大丈夫」
「だから、何回も付き合えと?」
「そういうこと。じゃあ、私は戻るから」
「……おう」
優香は俺の返事を待たずにさっさと友達のもとに戻っていった。
せめて返事くらい聞いていかないか?
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