4 推しとのデートイベントとか妄想の中だけじゃないんですか?

4-1

 

 アハト・オーアインをおそっただいしんから、一ヶ月がっていた。

 思い返すと、あの日の地震は日本でいうしん5強か6弱くらいだったと思う。いわゆる『立っているのが難しいれ』だ。前世の私が住んでいた地震大国日本でも、ごくごくたまにしか起こらないレベル──たいしん意識がきわめて高い日本でさえなみたいていではないえいきょうが出る規模だ。そんなものがここオーアインでさくれつしたなら、そのがいしょうげきはもうひつぜつくしがたい。元老院のじい様がたいわく、この国ではウン百年ぶりの大地震だったらしいしね。

 すでに見たように、王都では多くの建物がとうかいにあい、相当数の国民が大なり小なりケガをするという事態になった。幸いだったのは、なぜか今回の地震ではしんがほとんどなかったことだろう。けんろうに作られていた王宮やじょうさいにはさほど被害も出ず、よってさい直後、すみやかにせい隊がきゅうえんに動けたことはぎょうこうだった。

 ちからきさえしなければ、『オーアインの聖女』がせきを起こしてくれる──聖騎士隊は私の存在を重傷者たちに説き、私とサラくんのかんまでどうにか彼らをらせてくれた。そして私は帰還後、それからその後に至るまで、スーパー聖女として自らの役割を果たしたのである。

 本当だったら死んでいたはずの人たちが、私の奇跡の力でよみがえっていく──それは正直現実味のない光景で、私は自分が、自然のせつからは外れたことをやっているのだとっすら思った。けれど、目の前のもんの顔がふっとあんに変わるのを見るたび、私は内心で「細けぇことはいいんだよ」とつぶやきもしたのだ。

 だれかを助けるのに理由がいるか、というのは、昔やったゲームの主人公の台詞せりふだ。私は医術者ではないし、そうなりたいとも思わない。つうの感性でただ無責任に、誰かの苦痛がなくなったらいいと願うだけだ。後のことは誰かえらい人が考えてくれるだろう。

 三十日という時間が飛ぶように過ぎ、れきが片づき始め、家々の再建の目処めどが立ち始めたころたみちんつうおもちはようやく少しやわらいで、オーアインの都には再び活気ある声がひびくようになっていた──。



 一方の私はというと。

「ハァァァァァァ〜〜〜〜〜ッッッッ……」

 王宮の自室のベッドに横たわって、死んだような顔でためいきいていた。あーすっごいなつかしい感じだわこれ。三十連勤後に家のベッドにころがった時の感じ。何もやる気出ねー……。

 三十日間の救援活動の後の、久しぶりに完全に何もない休日。私の精神はろう感と解放感とそのもろもろの感情で完全にフリーズしていた。いやね、HPとかMPが切れたとかじゃないんですよ。最近はまわるほどのこともなかったので体力もけずってないし、MPについては常時モリモリあふれてるし。少なくとも身体からだの方は健康だった。

 ただ、気持ちに関しては話が別だ。被災してすぐは、行く先々でひどいケガを負った人が溢れ返っていて、そこで聞いた苦悶の声は今でも耳に残っている。私はそれをそうとしてがんり続けたわけだけど、そうやって気を張りながら『オーアインの聖女』をやったことは、私にとって相当な疲労だったのだと思う。

『できる限りのことをしてくれればいい』と、アレクとサラくんにさとされたのはもう一月前になるのか──あの日、二人にそう言ってもらえたおかげで私の気持ちは軽くなり、そこからの連日を乗り切ることはできた。ただ、今のこのけぶりを見ると、やはりアレクたちをしているだけのむすめに、『オーアインの聖女』は荷が重い気もしたのである。いやもちろん、私の代わりなんていないんだろうけど……その事実もまた、私の呼吸を苦しくさせているような気がする。

「……つかれたなぁ……」

 体力の疲労でもなく、りょくけつぼうでもない。転生してからすっかり忘れていた、精神がすり減っている感覚だ。まあ前世ではこんなじょうきょうひんぱんにあったと思えば、転生できてよかったのかもしれないけど……。

 そういえば、あの頃はどうやってこんな気持ちを乗り切ってたっけ。何もやる気が出ない、給料が入っても明日に希望が持てない。そんな時、私は一体何をしてたっけ──。


 と、考えていた時だった。

 トントンと、とつぜん部屋のドアがノックされた。私はギョッとして、ちょうそくでベッドから起き上がって居住まいを正す。え、いや誰だ? アレクから聞いていた限りだと、聖女が動かなきゃいけないことはしばらくなさそうだって話だったのに……。

「は、はぁい、どうぞ」と、とりあえず返事をする私。

「失礼します、ミレーナ様」

 そう言って、ガチャリとドアから顔をのぞかせたのはソラだった。予想外の来客に、私はおや、とまばたきをする。

 私のわいじょちゃんは、しんさい後の三十日間、ずっとけんしん的に私を助けてくれた。ローブを洗ったりご飯を運んでくれたり……自分も不安でこわかったろうに、結局ソラは初日以外、いっさい泣き言を言わずに私についていてくれたのだ。で、そんなソラに私はほうしょう金と数日間のお休みをあげ、養護院の養母さんに自分の頑張りを報告してくるよう伝えていたのである。

 ……いやあの、死んだの私を見せたくなかったからですよ? 決してソラが里帰りしてる間に好き放題たいしようと思ってたとかジャナイデスヨ……まあどっちにしろ、私は彼女を送り出したところでやる気の糸が切れ、無気力でベッドに横たわることになっていたのだが。

 しかし、さっき送り出したばかりの彼女がもどってきたことは不思議だった。私が首をかしげつつ「どうしたのソラ」とたずねると、彼女は「ええっと、ミレーナ様、あのですね」と言って、部屋の外を見る。


 ほどなくして、とびらかげからひょっこりと一人の青年が顔を出し、それを見た私はギョッとその場で飛び上がった。


「こんにちは、ミレーナ様」

「ヒ、ヒヨ……じゃなくて、ザックロー様!?!?」

 アレクやサラくんに比べると細身で低いたけ。少しくせのあるフワッとしたくろかみが可愛らしいがおとともに揺れ、とおるようなターコイズブルーのひとみがキラリと光る。

 序列第三位『そうよう』、ヒヨウ・ザックローことヒヨウきゅん。とうとつな彼の登場に、私はベッドの横に立ち尽くしたまま、パクパクと口を開閉した。

「え……ええっと……ザックロー様、いったい何用でこちらに……?」

「突然の訪問お許しください、ミレーナ様」

 かたがきには合わないが、動きやすいからとよく着ているシャツとベスト姿で、ヒヨウきゅんは私と、それからソラにも軽くしゃくをしてくれた。

「今しがたこの子をつかまえて、無理を言って案内してもらいました。このことの責は後で如何様いかようにでも」

「い、いえ、責なんてそんな……」

「そうですか? それはよかった」

 ばやにヒヨウきゅんの台詞が続く。私が目を回しそうになっていると、彼はニコニコしながら私の方へと歩み寄ってきた。

 うっ、ヤバいだいじょうか私。水浴びは昨晩した、みがきも今朝した。上下の下着は……いやこの世界下着にバリエーションあんまりないから大丈夫だわ。ていうかそんな心配するだけだわ。バカだわ私。

 しかし、そう自問自答していた私のすぐ目の前までヒヨウきゅんは接近してきた。それに私が「えっ」とるのも構わず、彼は私の手を取り、ひざまずいて小さく口づけをしたのである!

 ソラが「きゃっ!」と可愛らしい声をあげる。一方の私はヒヨウきゅんにされるがままで、目を限界まで見開いて足元の推しの姿をおくに焼きつけていた。

 ヒヨウきゅんが顔を上げ、ニコリとさわやかなみをかべる。

「──お疲れのところ申し訳ありません、ミレーナ様。どうか何も言わず、今日一日オレにお付き合いいただけないでしょうか」

 ……いや待って、尊いとかそういうのじゃないわこれ。状況が理解不能すぎて脳が処理をきょしてるわ。ヤバいエラー出てるわこれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る