幕間2-2


「ふうぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜……」

「お、おつかさまです、ミレーナ様」

 最後の救護所をおとずれた後、中央広場に設けられた仮設テントの中。

 任務を終えてヒヨウきゅんと別れてきた私は、ソラとともにテントにて休息を取ることになった──いや疲れたわ!! MPについてはまだまだゆうがあるけど、如何いかんせん身体の方はあまりにひんじゃくなのだ。前世から運動神経には自信がなかったものの、転生してまで体力不足をなげくことになるとはね……せっかく『推し』であるヒヨウきゅんと長時間過ごせたというのに、あまりに余裕がなかったせいで、彼の振る舞いとか台詞なんてものはほとんど頭に残っていなかった。体力がないって悲しいことなのね……知らなかった……。

 私はふぅ、と再びためいきいて、即席ベッドにこしかけながら自分の足をグリグリみだす。それを見たソラはあわててマッサージを手伝ってくれたが、その最中にぽつりと、彼女は私に言葉をこぼした。

「……本当に……お疲れ様でした。ミレーナ様はやっぱりすごいですね」

「え?」

「あんなに多くの人をお助けになって……ザックロー様がおっしゃってましたけど、今回の地震ではほとんど誰もくならなかったそうじゃないですか。本当だったらたくさんの人が命を落としていたのかもしれないのに、ミレーナ様がいてくれたから……」

「……そう、かもしれないわね……」

 ソラのしょうさんを聞いて、私は頷きつつ彼女の頭をでてあげた。それにソラはホッとしたように笑ったけれど……一方で私は、笑うことができずにまたふうと息を吐いていた。

 再会した直後はほとんど話もできなかったソラだが、その後私が救護所を回るのについてきて、また各所で私が人を癒していくのを見て、少しずつ普段の調子を取り戻していったのだ。

 彼女は私の奇跡に元気づけられたと話してくれた。私としても、誰かを死のふちから救ったり、それを目にした人を元気づけたりできるなら、やはりこの力は大したものじゃないかと思いもする。ただ一方で、私はどこか重たい気持ちで肩を落としていた。

 ふと私が横を見ると、カンテラの明かりでできた自分のかげが、テントの中でれている。背を丸めているそのシルエットは、思っていたよりとても小さい姿に見えた──なんだろう、この感じ。められているのに落ち着かない。それもれくさいとか、舞い上がっているからというわけでもない。ただ、その正体を上手く言葉にできない……。

 ほどなく、ソラは極度のろうからか、私のマッサージをしながらもウトウトし始めた。それで私は彼女にお礼を言って、となりのテントで横になるよう告げる。

「……ありがとうございます。お先に失礼しますね、ミレーナ様……」

 ソラがあいさつをして去ると、後にはせいじゃくだけが残される。

 自分のテントへ戻ったソラを見送ってから、私は何度目かも分からない溜息を吐いていた。疲れはまだ取れていない。しかしその一方、頭の中はグルグルと整理できないままで空回っていた。私はベッドに腰かけながら、るでも起きるでもなくぼんやりしていたのである。


 そうこうしていると、不意にテントの向こうから「ミレーナ様?」と私を呼ぶ声がした。


 その声に、微睡まどろみかけていた私はハッと目をまばたく──人が来ていることに気付かなかった。いやしかし、その声は聞き慣れたもので、しん者が私をおびやかしに来たのではないことはすぐに分かった。

「あ……アレクシス様!?」

「ええ、私です。少しお話しができればと思って訪れたのですが……お休み中でしたか? もしお疲れでしたら、また……」

「いいいいえ、ちょうど寝つきが悪いと思っていたところなので! どうぞお入りくださいませ!!」

 周りのめいわくにならないようヒソヒソ声にしつつも語勢を強める私。それを聞いたアレクは少しのしゅんじゅんの後、「それでは失礼します」とえんりょがちに言って、テントの入り口から顔をのぞかせた。

 カンテラの明かりが、やみに『推し』の顔を映し出す。

 アレクはしゅっせいの時のように軽装のよろい姿で、かみを一つ結びにしていた。彼のしょうあせまだらになっていたが、その様子と、そしてにじている疲労の色は、彼がこのオーアインの街でけんしん的に働いたことを示している。ああやっぱ、どんな時でも『推し』がほこらしいって思えると、それだけでなんかうれしくなるよねぇ……!

「おっ、お疲れ様ですアレク様! こんなことになってしまって、さぞ大変かと……!」

「……それはこちらの台詞ですよ」

 私の口をついて出た言葉に、アレクがひかえめにみをらす。それから彼は深々とおをして、「ミレーナ様。奇跡によって民を救ってくださり、本当にありがとうございます」とお礼を言ってくれた。

 ただ、彼の台詞を聞いて、私ののどがヒュッとまる。

「あ……い、いえ、そんな。できることをしているだけですよ……私には、これくらいのことしかできないので……」

「十二分に過ぎる働きです」なおもアレクは私に言う。

「サラマンダから聞きましたが、鉱山でも多くの鉱員たちをお救いになったそうではありませんか。それからザックローからも、街でのごかつやくを聞いています。並の聖女では何十人いようとも、これほどの人を救うことはできなかったでしょう」

「……そう、ですよね……」

 アレクが熱っぽく褒めてくれるのを聞きながら、それでも私はうつむきがちに視線をらしてしまった。それを見て、アレクが「ミレーナ様?」と声をかけてくれる。しかし、私は押しだまったまま、日中に街で見かけた人たちのことを思い出していたのだ。

 瞬いたまぶたの裏では、ケガが治って喜ぶ顔と、その後で崩れ去った自分の家を見て、ほうに暮れている顔がこうに揺れた。

 少しして、私はがちにアレクに尋ねる。

「あの……『オーアインの聖女』が【家を建て直す奇跡】を覚えたことって、今まであったりしませんでしたかね?」

「【家を建て直す奇跡】ですか?」アレクは少し考えた後、申し訳なさそうに私に答えた。

「……ぶんにして存じません。物を作り直す術というのは『錬金術師アルケミスト』の領分かと思いますが、それでも、家を再建する術については聞いたことがありません」

「……そうですよね……」

 二人の間にまた少しちんもくが流れる。私はなおも俯きがちにベッドに座っていたけれど、そこでアレクが「何かお困りなのですか、ミレーナ様」と聞いてきた。

「我々や、私に何かできることはありませんか? お話を聞くくらいしかできないかもしれませんが……それでも私は貴女の助けになりたいのです。以前、ミレーナ様がそうしてくださったように」

「……アレク様……」

 私は顔を上げてアレクのことを見る。テントの入り口にいるアレクの表情からは、私をおもんぱかってくれていることがありありと伝わってきた──ああズルい。そんな顔されたら断れるわけないって……もはや考えがまとまっていなくても関係ない。胸がぎゅっとなってしまった私は、「……あ、あの」と、意を決して彼に言葉を発したのだ。

「私……今までは、奇跡を唱えたらそれでみんな笑顔になってくれていたじゃないですか。病気やケガを治したり、力や加護をあたえたり……でも、今回はそうじゃないんだなぁって、思っていて……」

 ああ、言っているうちに段々と、私にのしかかるものの正体が分かってきた。

 私は街の人たちのケガを全部治したけれど、失われた彼らの家や財産を取り戻すことまではできなかった。そして、それでは彼らを救ったことにはならないんじゃないかと、そう思っていたのだ……もし私が前世で宿なし一文なしになったら、それこそ残るのは絶望しかなかっただろうから。

「……みんなこれからのことが不安そうで……私はケガは治せても、そんな先のことまでは……私、『オーアインの聖女』のはず、なのに……」

「ミレーナ様……」

 アレクの前で、また私は顔を伏せてしまう。

 私は『オーアインの聖女』なのだ──その力は絶大で、目に留まる人たちのことはみんな助けられるはずで、助けてきた。今回も鉱山での仕事はかんぺきで、少し前までの私は自信満々で舞い上がっていたのだ。

 ただ、街に帰ってきて、ケガが治ってなおらくたんする人々を前にして、私は自分にも限界があると分かってしまった。そして私はなんだか、そんな自分がとてもちっぽけに感じられてしまったのだ。

 この力でもできないことはある。じゃあ、今回のような災害や事件が続けば? 私がせいいっぱいやってもどうにもならない……そんなことになってしまったら、私は私欲で『箱推し』しているだけの役立たずになってしまうだろう。

 私はばんのうじゃなかった。そして万能じゃない私は、どうすればいいのだろうか……。

「……貴女は、背負いすぎている」

「え?」

 不意に、アレクがりんとした声で私に言った。そして彼は「失礼します」とだけ言うと、急にテントの中へと足をれてくる。彼は私の座るベッドの方に近寄ると、なんとそのままスッと私の横に腰かけたのだ!

「……えっ!? あ、アアアレク様!?」

「ご無礼をお許しください、ミレーナ様。少し、私の昔話を聞いていただけますか?」

 ギョッとしてろうばいする私のすぐ横で、アレクが静かに、けれど誠実な表情でこちらを見つめていた。いやいきなりすぎだよ疲労もねむんだわ!! ただ、私からすると彼の申し出を断る理由は何もない。そして私がおずおずと頷くと、アレクは小さくせきばらいをして、絵本の読み聞かせのようなトーンで話し始めた。

「そう……あれは数年前、私がとある村を視察に訪れた時です。その村は小高いおかにあって、天気が変わりやすい場所でした。その日も昼過ぎから急に分厚い雲が空に現れ、あらしのような風雨が村を、そしてそこを訪れていた我々をおそいました」

「村……?」

「……フフ」私の疑問を聞いて、アレクは少し笑う。「話を続けますね。その日、ぐうぜん村に居合わせた私たちせい隊は、嵐に備える村人たちを手伝って駆け回りました。まあ、もはやその日のうちには帰れなさそうだったので、仕方なしに手伝うことになったという方が正確なのですがね」

「…………」

「私は村の若者一人と、必死に村の畑を守りに行きました。なえに布をかぶせたり、を補修したり……私はそうしたことの経験がなかったので、ちゅうでした。やり方もよく分からないまま、若者にられ半分に教わるまま、とにかく自分にできることを、と……全ての仕事をやり終えて借り家に帰っても、これで大丈夫なんて思えないまま、きしむ家で他の騎士たちとかたんで嵐の晩を明かしました」

 そこでアレクは、ずかしそうに私に笑った。

「実を言うと……その日私はほとんどいっすいもできなかったのです。暴風の音も雨が窓を打つ音も、私にはとても恐ろしく思えた。朝になったら、この村のほとんどが飛ばされているのではないのかと──そんなことまで思いました。まあ、それはゆうもいいところだったのですがね」

「大丈夫だったんですか?」

「ええ。次の日、昨日いっしょに走り回った若者が朝一番に借り家に来て、お礼を言ってくれましたよ」そこでアレクは、少し顔をいかめしげにして、ぼそぼそと台詞を言う。

「『……おかげさまで、助かりました。あんたがたが手伝ってくれたから、思っていたよりもずっと多くの家と畑が無事でした。あんたがたがいてくれて、よかった』……と」

「……えっ、今の口調って……」

「失礼します」

 その時だった。私がアレクのモノマネに何か言おうとしたタイミングで、不意にテントの入り口からまた声がしたのだ。私はそれにビクッとしたけれど、やはり今の声も聞き慣れた人のものだったので、すぐさま気を取り直す。

「さ、サラマンダ様……? どうしてこちらに?」

「こんばんは、ミレーナ様。こちらにアレクシス様がいると聞いて来たのですが……」

 静かだが力強い言葉が入り口の布しにひびく。それを聞いて、アレクは私に「彼も入れてよいでしょうか」と尋ねた。

「え、ええ……どうぞ、お入りになってください、サラマンダ様」

「……それは……いえ、失礼します、ミレーナ様」

 アレクと同じく、少しの逡巡の後でテントに入ってくるサラくん。彼の顔もまたつちぼこりよごれていたが、その顔は真っ直ぐに前を見ていて、自分はまだまだ動けると表明しているようだった。

「申し訳ありません、夜分遅くに……アレクシス様、こちらで何を?」

「いや、ミレーナ様への挨拶にな……そして今さっきまで、お前の話をしていたんだ、サラマンダ」

「……え?」

「あ、や、やっぱりさっきの若者って、サラく……サラマンダ様のことだったんですね!?」

 キャッと、目を光らせてアレクとサラくんを交互に見る私。きょとんとしているサラくんにアレクがさっきまでの話をり返すと、サラくんはかぁーっと顔を赤くした。

「……昔のことです。それに、あの時は貴方あなたのことをよく知らなかったので……無礼を働いてしまったことは、今でも申し訳ないです」

「いや、気にしてはいないよ」サラくんの謝罪に、アレクはやさしく笑った。

「ただ、ミレーナ様にもあの日のことをお伝えたしたくてな」

「……アレクシス様たちが、俺の村を助けてくださったこと、ですか?」

「いや、違う」そこでアレクは立ち上がると、サラくんと私を交互に見て言った。

「『私たち』で、『協力して』村を守ったことを、だよ」

「……あ……」

 アレクの台詞を聞いた私はぱちぱちと瞬きし、それを見たアレクがふっと笑う。

「あの日、私は独りで嵐に立ち向かっているつもりになっていました。けれど違った……本当は、あの日村にいた全員が戦っていたんです。村の若者に礼を言われて初めて、私は彼が、私と一緒に戦ってくれていたことに気付けました」

「…………」

 アレクの言葉を聞いて、サラくんが照れくさそうに目を伏せる。それにアレクはまた笑うと、彼の横に並んで私に向き直った。

「ミレーナ様。先が見えない時は、いつでも、誰であっても不安なのだと思います。けれど、その時におのおのができることをすれば、間違いはないとも思うのです──なぜなら貴女は、そして我々は、独りではないのだから」

「……!」

 アレクの言葉が、そして彼の横で力強く頷いてくれたサラくんの姿が、私の胸を打つ。

 私はばくだいな力を持つ『オーアインの聖女』だ──けれど、だからといって全てをせるわけじゃない。いや、為さなくていいのだ。私は私のできる限りをやればいいと、アレクたちが教えてくれている。

 ならば私は、いまだ吹きれる嵐の中で、自分にできることをやるしかないじゃないか。

「……少しでも、肩のは下りましたか?」

 目をしばたたいた私を見て、アレクが尋ねてくる。それに私はニッと小さく笑った。

「ありがとうございます、アレクシス様。私、明日からもまた頑張れそうです」

「それはよかった……ああいや、お礼はサラマンダにも。私はただ彼のことを話しただけなので」

「い、いえ、そんな、俺は……」

 急にアレクに話を振られて、サラくんが慌てて言葉をにごす。そんな彼を見て、アレクと私はクスクスと笑みを零していた──。



 二人と別れた後、残された私は再びテントの中を見回す。

 テントの布地には、ぜんとしてカンテラに映された私の影がびていた。しかし、その大きさはさっき見た時よりも少しだけ大きい気がする。そして私ののうでは、わかぎわにアレクとサラくんが言ってくれた言葉がはんきょうしている。

(明日も頼りにさせてください、ミレーナ様。我々も、必ず貴女をお支えしますから)

(……おやすみなさいませ。また明日、ミレーナ様……)

 気付くと、私の背筋がシャンとしている。

「……また明日、か……」

 私は自分のほおをぺちっと叩くと、それから毛布をひるがえしてベッドに横になった。

 そうだ、地震がなんぼのもんじゃい。たとえ国中の大工さんがケガしたって、私がみんな治してやるもんね! 自然様だかなんだか知らないけれど、気合を入れた人間様を簡単にポッキリいけると思わないでもらおうかしら!!

「おやすみなさいっ」

 私は誰へともなくそう言って目を閉じた。瞼の裏では、さっき見た『推し』二人の背中が揺れている──ああやっぱ、大変な時こそ『推し』って大事だわ。二人のおうえんのおかげで明日も頑張れる……だから、私が頑張ったら……またあの優しい笑顔を見せてちょうだいね、二人とも……。


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