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幕間2-1

 

 オーアインという街について、多くの国民は『大きくて強い国の首都』以上のにんしきは持っていない。もちろんそれはちがいではないのだけど、もう少し地理的な面にれるのなら、『強い国の住みよい首都』と言うべきかもしれない。

 この国の主要都市であるオーアインは、山脈のそばのぼんに築かれている。街の前方には大河というほりがあり、後方には山脈やきゅうというかべがある。つまり、オーアインとは自然に守られたようさい都市なのだ。ここに『オーアインの聖女』の存在も相まって、アハト・オーアインは大陸で最もこうりゃくがたい国として知られていた。

 さらに、オーアインの街は大雨や大雪が少なく、かみなりや台風のがいも少ない。年間の降雨量はさほど多くはないが、それでも大河の水や山のけいりゅういこと街へひいてきており、水不足になやまされることも少ない。ちなみに、盆地はかんそうしやすく気温も高くなりがちなのだが、オーアインではしゃねつ性の高い石やレンガ造りの家が主流なので、もうしょや火事でだいさんとなることも少ないようだ。

 戦いに強く、暮らし向きも悪くない。オーアインの立地は大国のようしょうとして非常にすぐれていて、だからこそかつての戦乱時代は、他国がこぞってこの地をねらっていたという。もうれつこうげきさらされながらもこの地をまもいた王様の家系は、やっぱり相当優れた当主だったんだろうね……あと争いとかに目をつぶれば。

 そう、そんなわけでオーアインは長年の間、自然のもうとはえんだったのである。しかしだからこそ、たみたちは──転生してきた私もふくめて──すっかり忘れていた。

 ひとたび自然がきばけば、自分たち人間がどうなってしまうのか、ということを。


◇◆◇


 しんの後、急いで鉱山からもどってきた私とサラくんを待っていたのは、れきまみれのオーアインの街と、その中でたちに指示を飛ばしていたヒヨウきゅんだった。

 時刻は夕方。ゆがんでしまっていた正門を抜けたところで、けいがい姿の彼が、かごと馬から降りてきた私とサラくんに気付いた。そのまま彼はこちらにってくると、私に向かって一礼する。

「ザックロー様……!」

「お帰りなさいませ、ミレーナ様! ご無事で何よりです──それと、オイ、おせぇんだよ『こうりゅう』!! てめぇサボってたんじゃねぇだろうな!?」

ぐちたたいているひまはないだろう、『そうよう』」

 自分の部下に指示を出しつつ、サラくんがヒヨウきゅんをギロリとにらむ。そのまま彼が「じょうきょうはどうなっている」とたずねると、ヒヨウきゅんは舌打ちをして首をった。

「街は大混乱だったよ……家やちくしゃがぶっこわれて、人もちくもパニックになってたからな。いつぞやドラゴンが来た時以来のそうどうだった」

「……ですよね、やっぱり……」

 ヒヨウきゅんの言葉を聞いて、私は辺りの様子に目を配る。

 見えるはんの家々は、そのほとんどがはんかい、あるいは完全にくずれてしまっていた。火事は起こっていないようだったが、往来にはせっまった様子で駆け回る人があふれ、中には大声でだれかの名前をさけんでいる人たちの姿もあった。

 すでに地震が起きてから数時間。それでもなお混乱の収まらぬ街を見て、私は自分の心臓がドクドクとはやがねを打つのを感じていた──が、そんな私を支えるように、サラくんが私のかたいてくれる。そしてヒヨウきゅんも、私にニコリと笑いかけてくれた。

「……だいじょうです、ミレーナ様」

「ええ。今も騎士団は機能しているし、鉱山からの早馬で、聖女様がご無事だってことは分かってましたからね。みんな貴女あなたを待ってえていた……これから少し、いそがしくなるかと思いますけど」

「あ……い、いえ、大丈夫です全然! なんでもやります、はい!」

 ヒヨウきゅんの台詞せりふを聞いて、私はハッとしながらもそう言った。

 そうだ、私は『オーアインの聖女』なのだ。鉱山でやったみたいに、またみんなを助けなければならない。だん特権だなんだとし活をさせてもらっているのだから、ここで力を発揮できなければ申し訳が立たないというものだ。

「……ミレーナ様、どうかご無理はなさらず」

 ただ、ふんと鼻を鳴らした私を見て、サラくんがそう言って私の両手をにぎってくれた。急な推しのタッチに私は(あと横で見ていたヒヨウきゅんも)「!?」となったけれど、彼はそれに構わず、誠実な表情で私に台詞を続ける。

「……改めて、鉱山では本当にありがとうございました。貴女が、『オーアインの聖女』でよかった……もし何かありましたら、いつでもお呼びください。すぐにでも、駆けつけますから……」

「は……は、はぃぃ……!」

 サラくんのぐな熱が、私の手から身体からだへ流れてくる。

 あわあわと言葉を返す私を見て、サラくんはふっと小さく笑うと手を放してくれた。それから彼は一礼をしてきびすかえす。

「『蒼鷹』、アレクシス様がどこにいるか知っているか? もう少しくわしい状況を聞きに行きたいんだが」

「……あ、ああ。アレクシス様なら、中央広場にいるんじゃねぇか」

 ヒヨウきゅんがおどろき顔のままサラくんに返す。それを聞いて、サラくんはこくりとうなずくと街に向かって歩き去っていった。

 残された私とヒヨウきゅんは、少しだけぼうぜんとしてその場に留まる。

「……んだよあいつ、キザったらしいしやがって。あんなことするやつだったか……?」

 ヒヨウきゅんが意外そうに言う。その横で、私は握ってもらった両手をワキワキさせながら、サラくんの残してくれた熱を感じていた。

 くそう……鉱山ではあんなエロ……じゃなくてわいかったのに……! やっぱ『推し』のそばにいる時は油断ならないぜ……!!


「──ん?」

 と、その時。いつもなら尊みでジョブレベルでも上がりそうなタイミングで、私はふとみょうな感じを覚えた。

 どこからか見られているような感じ……といっても、はっきり何かの存在を感じたわけではない。例えるなら、ホラー映画を見た後でシャワーを浴びている時、なんとなく後ろが気になってしまう感覚と近いというか。何かが私に近づこうとしているような、あるいは、触れようとしているかのような……。

 しかし、辺りをわたす私の目には、おかしなものは映らない。

「どうかしましたか、ミレーナ様?」

 そこでヒヨウきゅんに声をかけられて、私は「いえ、なんでもありません」と返事をした。

 ……こんな状況だし、普段ならなんてことないことが気になっているだけよね、多分。

 気付くと、その奇妙な感じは消えている。それで私はふるふると首を振って、ヒヨウきゅんの案内の元、街の方へ歩き始めたのである。



 それからのことはまさにとうの一言だった。

 オーアインの街では、この地震に際して広場や大通りにテントを張って、そこをそくせきの救護所として使っていた。私はヒヨウきゅんにサポートしてもらいつつ、地割れの走ったかいどうを駆け回って、救護所のケガ人をかたぱしからりょうしていったのである。ちなみに私からは【いやしのせきEX】を使うことも提案したけれど、私への負担が大きすぎるとか、あんなデカい光をバンバン出したらそれはそれでパニックになるかも……ということできゃっとなった。ちょっと神様、この奇跡めっちゃ使いにくいんですけど!?

 ──ただ、そんなことを言っていてもしょうがない。街の人たちの中には瓦礫の下から助け出されたとかで重傷の人も多く、その人たちがちからきる前に私は奇跡を振るわなければならなかったからだ。足を止めている暇などない──そして私は、街を回っているうちに、救護所でお手伝いに加わっていたソラと再会したのだ。

 それまではがんってじょうに振るっていた様子のソラだったけれど、私を見つけるなりわんわんと泣きだしてしまった。それからしばらく、ソラは私のうでつかまりながら、グスグスと泣いていることしかできなかったのである。

 無理もない。私が転生してから、あれだけ大きい地震は経験したためしがなかった。まだ幼いソラにとって、自分の立っている地面がグラついて、そして家々がごうおんとともに崩れていくのを見るのはどれだけおそろしいことだったか分からない。それはソラだけじゃなく、他の多くの人たちも同じように感じたことだろう。

 ヒヨウきゅんが顔を見せるたび、そして私が奇跡を使うたび、救護所の人たちはみながおになってくれた。しかしその後、彼らの多くは外を見て、崩れている家々を目に留めて、表情をくもらせていた。街の人たちが覚えたきょうと、これからの日々にいだいた不安をまざまざと感じながら、私とヒヨウきゅんはかける言葉を見つけられず、急いで次の救護所に向かうことしかできなかったのだ。

 夕方ごろから始まった救護所めぐりは、日が暮れても、カンテラやろうそくの明かりをたよりに続けられた。そして夜もけたころ、ようやく私たちは、街の全ての救護所を回り切ることができたのだった。

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