3-2

 

 さて、読者の皆様はそろそろ『いつになったらこいつらは土にまるんだ』とお思いのことでしょう。

 もう埋まります。

 というのも、サラマンダ様と私が鉱山のさらなるおくに足をれた頃。私は足の裏から、どこかみのある感覚が走ってくるのに気付いたのだ。

「ん……?」

「……ミレーナ様?」

 急に立ち止まった私を見て、となりにいたサラマンダ様が声をかけてきた。その少し前からは先導する鉱員AさんBさんも私の方を見てきたが、私はその場で固まったまま動かない。

 足の裏から響いた感覚は、じょじょに上へ上へとのぼってきて私の身体からだを『揺らしていた』。

 パッとよみがえったのはまた前世の記憶だ。三十余年分、多くはないが決して少なくもない、身体とともに『大地が揺れる』感覚。日常と、それから非日常を内包した、忘れようにも忘れられない感覚──。

 ズン、と山がふるえた。

「!?」

「「うおぉっ!?」」

「皆様頭を守って!」

 ガクンとつんのめったサラマンダ様と、悲鳴をあげるAさんBさん。彼らをしりに、私は祝詞のりとを口ずさんでせきえいしょうを始めた。

 しんだ! それも、この世界に転生してから経験したことがないほどの!

 揺れが強まる。横穴のはりがミシミシとうなり、鉱山中からおそれおののく声が響く。

「み……ミレーナ様!」

 バランスをくずしながら、それでもサラマンダ様が私のそばにって身体を支えてくれた。激しく揺れるばんの上でガクガクしつつも、私は何とか最後まで祝詞を唱え切る。

 口にしたのは【神のぶきの奇跡Ⅳ】。

 ふおっと、辺り一帯にやわらかな風がく。

 そしてその直後、空が落ちてくるようなごうおんとともに、鉱床の地盤が私たちの上に降り注いできた!

「「「うわぁぁぁぁっっっっ!!!!」」」

「ミレーナ様!!!!」

 ──ズズン、という、野太いぜっきょうき消すほどのにぶい音。

 激しい揺れはだいに弱まり、石と石がぶつかる音、あるいは梁がじ切れる音もやがては収まっていく。

 そしてちんもく

 きぬれの音も、うめき声の一つもない。

 さっきまでの活気が噓のように、鉱山は静まり返っていた。

 …………。

 ……………………。

「……ぷはっ! あ、よかった、ちゃんと効いてたみたいですね、奇跡」

「み……ミレーナ、様……」

 暗く重たい地の底。らくばんしたきになった私とサラマンダ様だったが、驚くなかれほとんど身動きができない以外は全くの無傷で、しかも呼吸までつうにできていたのだ。恐らくだが、AさんBさんはじめほうらくに巻き込まれた他の鉱員たちも同じようなじょうきょうだろう。

 あ〜〜〜〜……私、スゴい聖女でよかった〜〜〜〜〜〜!!!!

 さっき私が唱えたのは、自然災害からのダメージを防ぎ、どんなかんきょうでも人の命を守る【神の息吹の奇跡】だった。台風や水害とも縁遠いオーアインの地では今まで使う機会がなかったけれど、今回ぶっつけ本番のわりには上手うまくいったようだ。元からはんは広めの奇跡だったし、ランクⅣともなれば鉱山全体に効果を発揮していることだろう。いやとっの判断にしてはえてたじゃないか私。自分やサラマンダ様だけじゃなく他の鉱員さんたちにまで気を配るとはエライぞ。

 ……なんて自画自賛してたのだが。そこでふと、私は自分の身体に何かガッシリしたものが触れていることに気付いたのだ。おや? と思ったのもつか、私の耳には「あの……」という静かなイケボが響いていた。

「……奇跡、ありがとうございます。それと、思わず無礼を働いてしまったこと、お許しください」

「……えーと……」

 くらやみの中、私は自分の身体に意識を集中させる。土や岩とはちがう、ほどよいかたさと熱を持ったものが私を包み込んでいた。そして先ほどのサラマンダ様の声は、明らかに私の耳元から響いてきたのだ。これは……

「……さ、ささささササササラマンダ様!?!?!?」

 そう、今私は身動きもほとんど取れないような状況で、おおいかぶさるようにしてサラマンダ様にきしめられていたのである!! いや確かに、崩落の直前までサラマンダ様は私を支えてくれていたし、この人のことだから最後まで私を守ろうとしてくれたのだろう。実際には奇跡があったから、その必要はなかったんだけど──

「……ご無事でよかった。ミレーナ様……」

「う、うう……!」

 ああああああああああダメェェェェェェぇぇぇぇこれぇぇぇええええああああ!!!!!!!!

 サラマンダ様の低く力強い声が鼓膜を通じて、ダイレクトに脳にさる。よろいしの体温が私の身体に徐々に移ってくる。

 太い大きなうでが、優しく、敬意をめて、私のおなかあたりをギュッと締めつける。

 ヤバい、これヤバいマジでヤバいこれ。【神の息吹の奇跡】は効果が切れる前に重ねがけできるし、MP的には一ヶ月分くらいはゆうで唱えていられるだろう。ただ、私たちは結構奥地で埋まっているだろうし、崩落の規模も分からないからいつ救助が来てくれるかも不明だ。そうなると呼吸はともかく水や食料やトイレの心配が……ってその前に、私の正気が!!!! 無理!!!!!! キャパがもうすでに無理!!!!!!!!

「ふぬっ……!」

「あ、ど、どうしました、ミレーナ様」

 いきなり身体をよじった私に、ギョッとして声をかけてくるサラマンダ様。いやあのですね、何かで気をまぎらわせないとヤバいんですよ私。分かります? 君のせいなんやぞほんと!!!! 許して!!!!!!

「ふぬぬぬーッッッッ!!」

「み、ミレーナ様、大丈夫です、俺がいますから、落ち着いて……!」

 私がなおもモゾゾゾとうごめくと、怯えていると思ったのかサラマンダ様はさらに強く私を抱きしめてきた。なんというあくじゅんかん……! ただそこで、身をよじる私のひじが、サラマンダ様のわきをデュクシといたのだ。

「んぁっ……!」

「えっ」

「……………」

「……えっ」

 私は動きを止め、どうできるいっぱいの角度で自分の首をひねった。ついでに小声で【灯火の奇跡Ⅰ】を唱えて、ろうそくくらいの光を呼び出す。

 今回の査察で、サラマンダ様はだんよりも薄手の鎧を着ていた。機能性重視の鎧は、腕でかくれる脇から腰にかけてのサイドが鉄線をみ込んでいるだけのいわゆる鎖帷子くさりかたびらになっていたのだ。その部分に関しては一応守られているとはいえ、プレートメイルの鉄板に比べればそのぼうぎょ力はないに等しい。

 私が視線を上に向けると、サラマンダ様は──私のエルボーを脇に受けてあえぎ声をあげたサラマンダ様は──かあっと顔を赤くして目を伏せていたのだ。

「あ、あの」

「……み、見ないでください」なおも顔を赤くして、震える声でサラマンダ様が言う。

「弱いんです、そこは……どうかさわらないで……」

「…………」

 デュクシ。

「ひぁっ」

 デュクシデュクシ。

「うっ、ひぅ……!」

 目を血走らせて、無言のままエルボーを連打する私。ビクビクと震えていたサラマンダ様は、やがて目になみだを浮かべてうつむいてしまった。

「サラマンダ様」

「……す……すみません、ミレーナ様……」

 私を抱きしめたまま、がんけんな男性が声をうるませる。私はハアハアと息をあららげながら、続く彼の言葉を聞く。

「み……見せたくなかった……貴女に、こんな……情けない姿を……すみません、ミレーナ様……」




 エッッッッッッッッッッッッッッッッッッロ!!!!!!!!!!!!

 ▽【スキルブースト】発動!

 ▽【神なるてのひらの奇跡EX】を唱えます。




 ──そこから先の記憶はあいまいだ。

 自分が何か唱えたことは覚えている。私はなにがしかの奇跡を行使し、再び鉱山には轟音がり響いたのだ。後から聞いたところによると、地盤が勝手に波打って、生き埋めになっていた鉱員たちを一人残らず地上へとしたという。もちろんその中には私と、サラマンダ様もふくまれていたようだ。

 正気を取り戻した時、私が横たわっていたのは地面の上で、周りには大勢の鉱員たちと、サラマンダ様がひざまずいていた。

「……サラマンダ、様……」

「ご無事ですか、ミレーナ様」

「ええ、多分──」

『ウオオオオ聖女様ぁぁあ!』

『オーアインの聖女様!! 奇跡のわざ!!』

 私が目覚めたのを見て、AさんBさんを筆頭に鉱員たちが私をたたえてさけんだ。ああまあ、大勢の命を救ったのだからこうもなるか。私はろうを浮かべた顔で、それでもひらひらと彼らに小さく手を振る。

 ……記憶にモヤがかかっている気がした。えぇと、私はサラマンダ様と鉱山の奥に行って、そしたらでっかい地震があって……。

 と、そこでサラマンダ様が私に手を差し伸べてくれた。そういえば地べたに座っていた私は、その手を借りてどっこいしょと起き上がる。

 そのしゅんかん

 スッと、サラマンダ様が私の耳元に顔を寄せて言った。

「……ミレーナ様。どうか、あのことはご内密に……」

「……ハッ!!!!」

 目を見開いてサラマンダ様を見る私。一方のサラマンダ様は私の身体を支えてくれつつ、いつも通りせいかんな顔でキビキビと周りに指示を飛ばし始めていた。

 しかしよく見ると、彼の耳は真っ赤に染まっている。

 ……サラマンダ様、改めサラくんよ。さっきはごめんね。今日のことは私たち二人の秘密だから、お墓まで持っていくから……安心してね、サラくん。

 そんなことを思いながら、どろまみれの私はあまりの尊さにけつし(た気分になり)つつ、ゆっくりとそくせきの休憩所へ運ばれていくのであった……。

 神様ごめんなさい。よくおぼれて推しを悲しませた私を、如何様にでも裁きたまえ。あでも今日の記憶を消すとかはやめてください。金ならやる。国税から出た給料だけど。


 ▲ジョブレベルが上がりました。

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