3 推しの仕事を見学しに行ったら色んな意味で死ぬ目にあった

3-1

 

 前世において、私がしたちとうことができたおくは数えるほどしかない。

 私が特に覚えているのは、彼らがそこそこ有名になってきて、それなりに大きな会場でライブをした時のことだ。彼らの代表曲の中には、メンバー全員がかろやかにだんじょうから降りてきて、客席間の通路を走っていくのがこうれいとなっているものがあった。そしてその日、私はちゅうせんおに引きを決め、自分史上最もステージに近いブロックにじんることができたのである。

 お決まりの曲が流れるなり、同じブロックのファンが通路側のフェンスにさっとうする。そんな中、その日の私はらしいスタートダッシュを決め、だれよりも先に通路側のベストポジションを確保することができたのだ!

 時間にして数秒、通り過ぎざまにかっこうなハイタッチをメンバーとわしただけ。

 たったそれだけの記憶だけれども、私にとっては忘れられない思い出だ。有名になってしまった推したちにとって、私なんてもはやぞうぞうのファンの一人に過ぎない。それでも、そんな私でも、彼らにまた触れることができたのだから……。

 っていうかなんの話だったっけ。あそうだ、そういうわけなので、私は推したちのことをもうれつに愛していたけれど、推しとの触れ合いなんてものにはえんどおかったのである。いや大体のファンはそうだろうけどさ。

 ──ただ、そんな私に最近は過激なイベントが降り注ぎまくっている。『推し』である三はみんな私のことをしたってくれているみたいだし、アレクに至ってはキ……キス(こうにね)までしてくれちゃったし……! 前世の私のきょ感からすると、これはもうキャパオーバーもいいところだ。もしこれ以上のイベントが実現したら本当に心臓が止まるかもしれない……私としては推しに触れずとも、同じ空気を吸ってるだけで尊みの深い一日になるからそれでいいのにね。見守ることこそファンの本分だし!

 そう、だから私は推しに近づきたいとは思いつつ、はだの触れ合いなんて望んでいなかったのだ。それがまさか、こんな形で推しとちょう接近することになろうとは……。


「──あ、あの、サラマンダ様、私その、くさくないですか……? い、一応昨日水浴びはしてたんですけど……」

「……ミレーナ様……」

「は、はい!」

「……いやにおいなんて、全然しません。というか、今それどころじゃありませんから……俺たち」

 そのサラマンダ様の声は、私の耳元でひびまくらした。

 目の前にはたくましいむないたがあり、私のこしは無骨な両手にかかえられている。

 そう今、私は推しの一人である『こうりゅう』グリム・サラマンダ様に、後ろからギュッと力強くハグされているのだった──鉱山のがんばんの下で。いやどうしてこうなった……。


◇◆◇


 ことのてんまつを語るには、数時間前まで時計の針をもどさなければならない。

 ようさい都市オーアインは、必要な物資をえんかく地の農村や鉱山から運び入れて経済を回している。よって農村や鉱山で採れる資源は文字通り国の生命線であり、そのしんこうには国を挙げて取り組んでいるのだ。

 またその一方、各村各山には定期的に聖騎士が査察としてけんされている。これは各現場の実態を国があくするためだけでなく、万が一反乱のきざしが見られた場合にはそくちんあつするためだ。そのため、重要度の高いところほど序列の高い聖騎士が派遣される。ひんは少ないが、アレクたちトップの聖騎士も(じゃっかんの国民へのサービスもかねて)出向くことがあるそうだ。

 ──そして、ちょうど今日。私は確かな情報筋(ソラが聞いてきた騎士たちの話)から、サラマンダ様が都市からほど近い鉱山に査察に出ると耳にしたのである!

 私は査察について、どんなものか話には聞いていたけれど、実際どういう感じなのかは前から興味があった。何より、推しの仕事姿を直接見られたらすごい楽しそうって思ってたんだよねぇ!! ……ということで、偶然ひましていた私はダメもとで国王並びにアレクに同行を願い出てみたわけである。すると、「勉強熱心なことで」とアッサリ許可が出てしまった。そんなわけで、私は馬車に揺られて、サラマンダ様と鉱山の査察に行くことになったのである。

 いや……一応私『オーアインの聖女』なんですけど、こんな簡単に遠出できていいんですかね……なんて出発間近になって心配した私だったが、王様とアレクはサラマンダ様のことをとてもしんらいしているようだったし、当のサラマンダ様が使命に燃える顔で、

「聖女様……俺が必ずお守りします。命に代えても……」

 なんて言うもんだから、これはもうはい喜んでと。やっぱりぜひ行かせていただきますとね。なりましたよねもう。ちなみにヒヨウきゅんは「『紅竜』なんかに任せて本当にだいじょうなんですか!?」っておこってたけども。ま、まあ大丈夫でしょ多分……。


「おぉぉ……これは……」

 そんなこんなで、ふかふかクッション付きの馬車に座って三時間半。私は馬車の小窓から、近づいてきた鉱山地帯の様子をながめていた。

 山の中腹、そこからすりばち状にげられたくぼせん状の坂が上部から底までびていて、そこにはトロッコ用のレールがかれている。そこかしこにはこうしょうつながる横穴が掘られており、おおがらな鉱員たちがのべつまくなしに行ったり来たりしていた。

 近づくにつれて、ツルハシやシャベルの金属音がけたたましさを強める。ここまで鉄と火薬とあせの臭いがただよってくる──いやーすごい。トロッコ以外にはせいぜいかっしゃ式の人力エレベーターしかない、おおざっで原始的な鉱山の風景だ。しかし、それゆえにものすごい熱気に満ちている。馬車の中からでも肌が汗ばんでくるのを感じた私は、(もしここにソラがいたら、ジッとしてられなくてかごの中で走り回っていたかもしれないな……)と、独りでクスクス笑った。

「……ここはそんなにおもしろいものですか、聖女様」

「ひゃいっ!」

 と、そんな私に馬車の外から声が飛んでくる。

 私が小窓からのぞくと、横に馬をつけていたのはサラマンダ様だった。

 きんこつりゅうりゅうながら美しくまったシルエット。燃えるようなあかがみと、厳しそうだが敬意もありありと分かる誠実な表情。いつもより少しうすぎんがいを身につけているサラマンダ様に、私は「ええっと」と言葉を返した。

「あの……このような場所をおとずれるのは初めてで、活気にあっとうされてしまって……その、お気にさわったなら申し訳ありません」

「ああ、いえ……そういうわけではなくて……」

 私の謝罪に、サラマンダ様はぼそぼそと言葉を繫ぐ。

「……俺は……ああいや、私はよく、鉱山の視察に出向くのですが……その分、当たり前の光景になってしまって。ですので、それほど喜んでいただけるのがしんせんというか、うれしいというか……」

「サラマンダ様……」


 う〜〜〜〜〜〜ん!!!!!! 尊い!!!!!!!!


 ▲ジョブレベルが上がりました。


 照れたように目をせたサラマンダ様を見ながら、私は内心でしみじみと手を合わせていた。

 そうなんだよなぁオレ様キャラっぽい顔してるけど内心すっっっっっっごいけんきょなんだよなぁキミ!!!! しかもなんかしょみん感覚というかささやかな幸せへの感度がすごい!!!!!! ギャップえ!!!!!!!!

 ……などと私が拝んでいると、ゆっくり進んでいた馬車が止まった。あれ、と私が小窓から前を見ると、馬車の前にはドワーフみたいにずんぐりした鉱員が二人、ツルハシをかたに行く手をふさいでいる。

「あ、あの……」

「オイオイ、なんだこの金ピカの馬車はよう。新しいトロッコかぁ?」

「ひぃ!」

 ぎょしゃの悲鳴をさえぎって、鉱員Aがドワァと笑った。おびえる御者を見て、鉱員Bもニヤニヤ笑いをかべながらサラマンダ様に言う。

「サラマンダのだん、こりゃ何事ですかい。こんな鉄クズまみれの場所に来たがる貴族なんて、どんな変人だ?」

「おいお前たち、口のき方に──」

「ちょぉぉおっっと待ったぁぁぁぁ!!」

 と、今度はサラマンダ様の声にかぶせて。鉱員Bの台詞せりふを聞いた私は、大声でわめきながら馬車から飛び出した。「「おぉっ!?」」とおどろいた様子の鉱員二人に、私はみつきそうな勢いでツカツカと歩み寄る。

「今あなたたち、サラマンダ『の旦那』っておっしゃいましたよね!? なんてことを……! うらやましい、じゃなくて不敬ですわよ! この方はねぇ序列第二位の」

「ぐ、グリム・サラマンダ様、だろ?」

「そうです!!!!!!」

 鉱員Aの回答に、私はぶんぶんとうなずいた。あまりのけんまくに圧倒された鉱員たちは、若干、というかドン引いた表情でサラマンダ様の方を見る。

「だ、旦那、誰ですかいこの女は」

「……口の利き方に気をつけろ。そのかたはエナ・ミレーナ様……『オーアインの聖女』様だ。次に無礼な発言をしたら、相応のばつかくしろ」

「「はぁっ!?」」

 サラマンダ様の台詞を聞いて、鉱員ABはギョッとして私から退ひれした……っていうかサラマンダ様、いつの間にかけんに手をかけてる!?

「お、落ち着いてくださいサラマンダ様! 今のは私への言葉に怒ったわけではなくて、その……」

「……申し訳ありません聖女様。こいつら、調子に乗りやすい性格で……根は悪くないのですが、慣れてる俺相手だからと気をきすぎたようです。処分は如何様いかようにでも」

「いやいやいや! 大丈夫ですんで!」

 しまった、また推し関連で反射的に動いた結果大事になってしまった……! まあこの前のアレクの時もそうだったし、もはやいつものことって言ってもいい感じはあるけどね……なんてあきらめ顔をしつつ、私は静かにげきこうするサラマンダ様を必死でなだめるハメになりましたとさ。意外と血気さかんなのねサラマンダ様……。

 ちなみに、れいな土下座をキメていた鉱員ABは「せ、聖女様だぁ……!? 聞いてねぇぞそんなの……」と小声でボヤいていた。

 そりゃね、来るの決まったの今朝だったからね。ごめんね。


 それから私とサラマンダ様は、鉱員ABの案内のもと査察の任務に精を出した。

 オーアインの街にほど近く、しかもかいたくされてから日が浅い鉱床。ここは今最も活気にあふれた鉱山であり、それ故に働く鉱員たちの目もギラギラと殺気立っていた。ただ、そんな彼らもサラマンダ様を見ると、おぉと手を上げてあいさつをする。

「サラマンダの旦那、また来てくれたのか」

「見とくれよこれ、プラチナだぜ! こんな浅層で出るとはたまげたがな!」

「……分かったから、仕事に戻れ。まだきゅうけい時間じゃないだろう」と返すサラマンダ様。

「分かってるって。あんたがいる間はきはしねぇ」

「いや、いつだって俺らは大真面目に働いてらぁ! サイコロの博打ばくちも大好きだがな!」

ちげぇねぇ!」

 そう言ってドワァと笑う鉱員たち。彼らを見るサラマンダ様はあきれた様子で、しかし彼らの働きぶりにうそはないことをかくにんすると、「……何かあったら呼べ」と、一声かけて次のエリアへと向かった。

「旦那はいつも、俺たちのことをしっかり見てくださってるんでさぁ、聖女様」

 サラマンダ様の後ろについていきながら、私は鉱員Bの話を聞く。ちなみにこのBさんが副鉱員長で、今はサラマンダ様の横にいるAさんが鉱員長だったらしい。旦那呼びはもう許しました。いずれ私も言ってやるからな……!

「数年前から旦那が査察に来るようになったんですが、あの人はいい。無口で無愛想だが、俺たちのことはちゃんと評価してくれるんでさ。前までのジジイはえらぶるばかりで、俺たちの苦労や努力なんてものには欠片かけらも注意を向けなかった」

「なるほど……」

「それにちょいと前、ここが今より大雑把でれてたころ、旦那はお上に掛け合って、色々と設備を整えてくれやして。それがなかったらいまごろ、ここは事故だらけの危険地帯になってたかもしれねぇな」

 とそこで、Bさんがでへへとゆるんだ顔を私に見せる。

「実を言うと、旦那は俺の命の恩人で……あの人が暴走した古トロッコを止めてくれなかったら、俺ぁ今頃レールのシミになってまさぁ」

「……そうですか……」

 熱っぽく語るBさんを見て、小さく頷く私。うんうん、それもまた尊みよね。

 サラマンダ様は強面こわもてとぶっきらぼうさのせいで民衆からの人気は低いのだけど、真面目でたよりがいのある性格のおかげで、他の騎士や査察を受けた労働者からの評価はめちゃくちゃ高い。ちゃんと見てるって言うなら、サラマンダ様だけじゃなくて貴方あなたたちもだよ、Bさん。

 ……しかし、そうか。

 そこで私はふと、今聞いた言葉に思いをせる。この世界には車はないけれど、暴走したトロッコにかれて死ぬ、なんてことはあるらしい。サラマンダ様は死なないでいてくれたけれど、そのことが少し、私の脳みそをげきする。

 前世の記憶がコップのふちから溢れかける。

 ──ただ、結局何か思い出す前に、私の耳には「ミレーナ様」という声が響いていた。

「あ……サラマンダ様」

「すみません、目をはなしてしまって……そいつ、無礼を働きませんでしたか」

「いえ、全然」

「おいおいあんまりだぜ旦那」サラマンダ様ににらまれて、ふんがいしたようにBさんが言った。「もうさっきみてぇなはしねぇよ。聖女様っつったら、あんた方を守ってくれる人だろう? そんな立派な人に失礼を働くやつなんて、顔が見てみたいぜ」

「…………」

じょうだんだよ冗談!」

 そう言って、再びドワァと笑うBさん。サラマンダ様はそれに呆れつつ、ぺこりと私に頭を下げた。

「すみません、ミレーナ様……こんな者どもしかいなくて、さぞむさ苦しいでしょう」

「いえいえ、私なら大丈夫ですよ」

 サラマンダ様の言葉に、私は笑いながら首をる。

 今の言葉に噓はない。なぜなら、前世の私の実家は男ばっかりの板金屋で、車の修理やらパイプの成形やら、ても覚めても鉄板を加工している家だったからだ。だから鉄の臭いも汗まみれの男の臭いも、たましいみついているレベルで慣れっこだったのである。

「むしろなつかしい感じです。転生する……ああいえ、王宮に来る前は、こちらの方々のような家族といっしょに暮らしていましたから。それに、サラマンダ様のお話も聞かせていただいたので。とても有意義な時間でしたよ」

「聖女様ぁ……!」

 私の言葉を聞いて、Bさんはほぉっと嬉しそうな顔をする。一方のサラマンダ様は、驚いたような表情で私をまじまじと見つめた。

「……ミレーナ様は、鉱員たちにもおやさしいのですね。貴族の方々はみな、鉱山に働きに出る者なんてきたならしいと仰るのに」

「言いませんよ、そんなこと」

 サラマンダ様の話を聞いて、私はムッと言葉を返す。いや、サラマンダ様に怒ったのではなく、貴族の奴らの言い方がムカついたのだ。偉そうにしやがって、一回文なし寸前までちてみろブラックバイトの求人だって救いの手に見えるから……! まあ学生時代に私が破産寸前までいったのは、グッズの買いすぎのせいで完全にごうとくなんですけどね。それはナイショ。

「……貴女あなたと一緒に、ここに来られてよかった」

 プリプリしている様子の私を見ながら、サラマンダ様はニッと笑ってそう言った。

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