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 はーこれだよこれ! アレクくんの全方位最強優しみキャノン! そりゃ二次創作創作伝記でもエルフとかコボルト助ける役になるわけだよ!! さすがろうにゃくなんにょに一番人気の『金狼』!!!! 好き!!!!!!

 ──などと興奮していた私。しかし、はっと我に返ると、アレクは私の本を見て、そして自分が持ってきた本を見下ろして、ふうと息をいていた。その顔にはかげが差しており……ろう感? が滲んでいるのが感じられた。

「……アレク様?」

「っと、すみません……ひょっとして今、ためいきれてしまっていましたか」

「ええまあ……」

「アレクシス様、おつかれなんですか?」

 ズバッと、子どもながらのじゅんすいさでアレクにたずねるソラ。ああこら、と制止しようとした私に、アレクは苦笑いして「いいですよ、その通りですから」と答えた。

「申し訳ありません。せいの平和のしょうちょうたる聖騎士がこのような態度を見せるなど……本当はあってはならないのに」

「でもでも、お休みすることだって大切ですよ!」そう言ってソラがはつらつと力説する。

「昔、私ががんりすぎてたおれそうになった時、ミレーナ様はちゃんと休みなさいって言ってくれたんです! それで少しお休みを貰ったら、それまでがウソみたいに元気になったんですから!」

「ほう……」

「ああもう、やめてソラ、そんなこと……」

 れ馴れしいくらいにポンポンと言葉を放るソラを見て、私はずかしさ半分、ジェラシー半分で彼女の口を押さえた。くそう子どもめ、私なんかきんちょうで口の中パサパサだっていうのに元気におしゃべりしちゃってよう……!

 ただ、そんな大人げない私を見て、アレクはハハハと笑ってくれた。

「いや、流石さすがは聖女様ですね。お優しい、それにけんきょでいらっしゃる。侍女に、いや誰かにちゃんと休めと言えるのは……貴女様を置いて他にはいないでしょう」

「……アレクシス様……」

 ソラの口に手を当てながら、同時にじっとアレクの顔を見つめる私。ああ、彼は男性ではあるけれど、聖騎士のトップというげんを守るためか、いつもそれなりにしょうをしてれいにしていた。その化粧のせいで気付くのがおくれたけれど、今日の彼の顔は少しやつれている。先のえんせい帰りに見たような、エネルギーに満ちた顔つき、という感じではない。

 こんな推しの顔も味わい深くていい……じゃなくて。かつてブラックぎょうに勤めていた身からすれば、推しがそんなふうにしょうもうしているところなんて見たくはないのだ。

 私はなけなしの勇気を振りしぼって、できるだけ聞き取りやすい声を出して、自分からアレクに言葉を放った。

「あ、あの、私にとって当然なんです。働き過ぎたら休むというのは……私は貴方あなたにもそうあってほしいんです。できないのであれば、それはどうにかすべきことだと思います」

「…………」

「何かおありだったんですか、アレクシス様。わ、私でよければ、お聞きしますけど」

「……貴女にそう言われて、断れる者はこの国にはいませんよ」

 そう言って、また苦笑いを浮かべるアレク。

 ほどなくして、彼の口からは先日の元老院会議のてんまつと、それにともなう彼の心境が語られた。内容を私なりにくだいて要約すると、大体以下のような感じである。



 現王「ワシときさきの間に子どもできんのじゃけど」

 現王家「分家の出だけどアレクめっちゃ良くない? 次期王でよくない?」

 現王派「い……」「良い……」「良い……」

 王の弟「いやアレクは良いけどけいしょう順的には俺のむすが次期王だから」

 王弟派「そうだそうだ!」「そうだそうだ!」

 現王派「いやアレク良いって王弟も言ってんじゃん!」

 王弟派「それとこれとは違うんだよバーカ! アレクは良いけど!」

 現王派「アレク良いって言ってんじゃんお前らの方がバーカ!」

 王弟派「うるせえアレクだけ残してお前らほろべ!」

 現王派「滅びませんー! アレクくんはうちで大事にするんですぅー!」

 王弟派「!!!!!!!!」

 現王派「!!!!!!!!」



 ──以上。なんだろうこれ……

「まあそんな具合で、いつまでも平行線のまま話が進まないのです。というか、当の私が騎士代表として話し合いに参加しているのですが、他の方々は自分たちの意見を戦わせるのにいそがしく、私のことなど見てはいないようで……」

「……大人の世界は難しいんですね。私バカだから、よく分かんないや」

 うでを組んでうなるアレクに、ソラも同じようなポーズをする。そんな彼女を見て、アレクはていかん混じりにみを漏らした。

「いや、君の頭が悪いのではない。あの場にいると私も……その、何だろうな。剣を振るっている時ほど元気ではいられないというか……」

「──その会議は退たいくつじゃありませんか、アレクシス様。うたたとかしちゃったりして」

「えっ」と、そこでアレクが私を見た。その顔は明らかにろうばいした様子で、彼はあわてて視線を宙に走らせる。

「い、いや、そんな、そんなことは……というか、な、なぜ貴女がそんなことを……」

「分かりますよ」

「えっ」と、再度アレクが私を見る。その表情に向かって、私はうんうんと頷きながら、心からの共感をめながら言葉を続けた。

「自分に発言権のない会議に参加する時ほど、きょ感を覚えることはありませんものね。そこにいる意味も感じられず、かといって退席するわけにもいかず。内容だって延々平行線を辿たどり続けるか、あるいはハナから結論の決まっているものばかりですからね。ならもう最初から呼ぶなと。そりゃちゅうでうたた寝だってしてしまいますよ、ええ」

「…………」

「そもそも本当は、アレクシス様のお気持ちが一番大事だと思うんですけれどね。そこを周りの方が聞いてくださらないから、いつまでも会議が終わらないんでしょうに……」

 アレクが言葉もなく私を見つめている。私はなおも深々頷いていたけれど、そこで隣に座るソラが、キョトンとした顔で私に尋ねてきた。

「あの……ミレーナ様は何かそういった会議に出られたことがあるのですか? まるでアレクシス様と同じようなことを経験してきたみたいですけれど」

「え? え、えぇっと、そうね、まあ昔、ちょっとね」

 ソラに向かって、私はしどろもどろになりながらもつくろった。

 ヤバい、そういえばこれ前世の記憶だった……! あのころは週一か週二で謎のミーティングに呼ばれては、管理職同士のみにくののしり合いだとか、平社員に発言権のない予算案決議だとかをながめてたっけ……ああいうのって、仮にこっちに何か言いたいことがあっても言えるふんじゃないんだよね。そんな時私は勝手にまぶたが下りてきて、ねむりの世界で推しとランデブーを決め込んでいた。だから会議の時にうっかりちょっと寝てしまう心理はとてもよく分かるのだ。

 ていうか本当何やってんだよ元老院。いっそ『アレクをでる会』とかにしてアレクの話をもっと聞いてあげてくれ。私も入会するしいくらでも付き合ってやるから。

 ……などと考えていたけども。そこで私はハッとなって、探るようにアレクの顔を見た。

 当たり前のことだけど、つまんない会議だからといって寝こけるなんてのは、社会通念上は好ましくないことだ。実際そうしていたとして、それをてきされたらアレクとしてもいい気がしないだろう。いやもうおそいけど。ごめんよアレクくん……。

 ただ、おずおずと視線を向けた私に、アレクはふっと笑って言葉を発した。

「全く……貴女という方はいつもこちらの想像を超えてきますね」

「へ……」

「規格外の奇跡の行使や、それを可能にするばくだいりょく。そして一人でこもって祈り続けるのではなく、国の歴史やたみくさの生活に心を配り、あまつさえ私のなやみにまでって──今までの聖女様がたとは、何もかもが違う」

 アレクは胸に左手を当てて、ニコリと微笑んだ。

「貴女の経験については存じ上げませんが、自分の悩みについてこれほど心からの共感を頂いたことはかつてありません。いえ、こうの場でねむりをしてしまうなどと、誰に相談できましょうか……私だって、私をめぐる会議で眠りたくはない。そう思っているのに、自分が言葉を発しても意味がないように思えて、目を閉じてしまっていた。それを誰かにとがめられるのではないかと、おびえてもいた──」

「アレクシス様……」

「しかしだからこそ」少しさっぱりした顔になってアレクが笑う。

「貴女が私を責めないでいてくれて、私の『分かってもらえない気持ち』を分かってくれて、うれしかった……ありがとうございますミレーナ様。次の会議ではもう少しだけ、自分にできることがないか考えてみようと思います」

「……!!」

 アレクの笑みを見て、私は胸にグッとくるものを感じていた。

 前世と今では世界が違う。かつては当たり前だった会社での経験が、こちらではそうではない。私にとっては普通の考え方や共感だって、アレクにとってはに見え、そして同時に、感謝し得るものに見えることがある。

 なんでもいいよ。それで推しの心を少しでも癒せるのなら、私は私にとって普通のままで、周りから見て変わり者のままでいい。

「お……お役に立てたのなら幸いです」

 私がぺこりと頭を下げると、隣のソラが「あっ!」と大発見をしたようなこわで手をたたいた。

「そういうことならアレク様、私やミレーナ様といっしょにおひるしませんか? ふかふかのベッドでも、お日様の当たるうまわらの上でも! きっと気持ちよくって、頑張る元気が出ますよ〜」

「ほほう……」

「いいいいやちょっと、ソラ! すみませんこの子ったら……それにもう、アレク様、なんて言っちゃダメでしょ……!」

 私はまたソラの口に手をやる。あのね、推しとお昼寝イベントとか尊さどころの話じゃないから! 身体中から体液してばくさんするから! そういうのはもっと段階んでから改めて提案してくださいソラ様お願いします。

 一方、当のソラは不満げに私を見て、プハっと手からのがれると言葉を零してきた。

「え〜……ズルイですよミレーナ様。私と二人の時にはアレクシス様のこと、ご自分でよくアレク様って言ってるのに。私も同じようにお呼びしたいです!」

「え。……え、あ、えっ!?!? 口に出してた私!?!?!?」

「アレク、ですか……」

 きょうがくする私の前で、ふむ、とあごさわるアレク。終わった……推しへのあいしょうも、このほうけん社会では不敬罪待ったなしだ。というか普通にずかしい。誰か私を穴にめてくれ。

 しかし、アレクはふっと表情をゆるめると、ほがらかに私に笑いかけた。

「構いませんよ。愛称で呼ばれるなどいつぶりでしょうか……なんだかなつかしい。それに、敬愛の意を込めていただいているのはよく分かりますから。重ね重ねありがとうございます」

「あ、アレク様……」

「あっ、ミレーナ様さっそく! じゃあ私も!」

 そう言って、アレク様アレク様と連呼し始めるソラ。彼女を見ながら、アレクはあいに満ちた顔でなおも優しく微笑んでいた。

 ……うちの推し、かんぺきか……? とりあえず私は公式から愛称が許可された歓喜に震え、内心で



 ウオオオオオオオオオアレクウウウウウウウウウ!!!!!!



 ……とさけんでおりましたとさ。

 やっぱり、前世から何も変わってないな、私……。


 ▲ジョブレベルが上がりました。


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