2 推しの悩みを聞くことになったんだけど分かりみが深すぎてヤバイ

2-1

 

 この世界でも有数の軍事力をほこり、方々にそのこうとどろかせている大国アハト・オーアイン。そんなオーアインには、回復や守護のせきを得意とする者の役職として『修道士モンク』や『聖女』があり、彼らは街の聖堂でたみほうしたり、ぼうけん者に同行してその力をるっていた。ただ、そんな彼らの役職とは別に、この国には『オーアインの聖女』なる役職があるのである。

『オーアインの聖女』は国王直属の女性神官であり、最強の軍隊であるせい隊の面々ですら、無礼を働けば処断待ったなしの存在と言われている。そしてその職務は、広域かつ長時間作用する奇跡を行使して、聖騎士たちに加護をあたえることなのだ。

 オーアインの聖騎士たちは、まったんに至るまでじんじょうでない練度にきたげられている。そのうえ聖女の奇跡まで合わさると、これはもう手がつけられないくらいの無敵軍団誕生だ。そんなわけで『オーアインの聖女』はこの国の切り札なのだけど、一方でその職務はあまりにもこくなことでも知られていた。

 かつてある聖女は、一度騎士たち全員にいやしの奇跡をささげると、ぱったり気を失い三日三晩目覚めなかったそうだ。また別の聖女は、山とまがうほどきょだいなドラゴンがどこからか飛来した時に、騎士たち全員に強力なほのおけの奇跡を与え、自身はほうじんの光の中に消えてしまったという。

 とどのつまり、奇跡とは魔法の一種なのだ。自分のMP魔力えて強力な奇跡を行使することになれば、そこには相応の対価が必要になる。しかもたちが悪いことに、聖女がいのれば奇跡は必ずもたらされるのだ。つまり【MPが足りない!】と不発になることはなく、『じゃあ願いはかなえたからもらうもん(HP体力というか寿じゅみょう?)貰ってくね』というシステム。あーヤダヤダ。この世界の神って消費者きんゆうみたい。

 ちなみに、この世界の神職は神への敬意によってその力を得るため、いっぱん的にそういう素養のある人たちは、聖堂やら礼拝堂やらで祈りを捧げてジョブレベルを上げている。

 聞くところによると、今までの『オーアインの聖女』たちも毎日のように長時間の祈りを捧げていて、自分のジョブレベルを、ひいてはMPを上げ、有事の際に自分が死なないようにしていたそうだ──けれど、たとえ私が同じ立場だったら、お役目のためというよりも、自分が消えたくないがゆえの祈りになってしまう気がする。

 いやもちろん、前までの聖女様たちが同じように思っていたかどうかは分かんないけどね! ただ、もしも今までの聖女たちの祈りに我が身わいさがにじんでいたのだとしたら、そりゃあ私の尊みの方がなんぼかマシと言えるのかもしれない。

 ──そう。私ことエナ・ミレーナは、今までの聖女たちとは一線を画す、『ゆいいつにして真性の聖女』なのである。いやダサいなこのかたき。王様から貰ったものだけど。


◇◆◇


「ミレーナ様、こちらの本でよろしかったですか?」

「ええ、ありがとうソラ。この歴史書が読みたかったのよ」

 オーアイン王城、北のとう。ここには王国の歴史書から城下町で刊行された出版物まで、あらゆる書物をもうしている大図書館があった。

 前世で言えば国会図書館みたいなものだけど、あっちはお金をはらえばだれでも使えたのに対して、こっちは王族や元老院の大物くらいしか自由に入れない。聖騎士たちですら立ち入るには許可証が必要らしく、その厳重さは折り紙付きだ。

 まっ、『オーアインの聖女』たる私なら、顔パスでいつでも入れるんですけどね! しかもお手伝いさんのじょまで連れて!! 特権階級バンザイ!!!!

「……ミレーナ様?」

「はいっ! あ、ご、ごめんなさいねソラ。早く受け取らないと重いわよね」

「いえだいじょうです! ミレーナ様のためならこれくらいへっちゃらです!」

 そう言って、ソラは本を持ちながら、ぞくっぽい表情をかべていた私ににっこり笑いかけてくれた。


 養護院からスカウトしてきた、ソラという十二歳の女の子が私の侍女だ。少し前まではせっぽちでオドオドした子だったけれど、私と時間を過ごすにつれ、ぷにぷにとして元気いっぱいの女の子になった。今ではショートカットのかみを風にらしつつ、天使のがおで私の世話を焼いてくれている──ちなみにスカウト理由はアレクのことが大好きだったから。他にも理由はあるんですけど一番はそれ! あと二番目の理由はやさしそうで、私が何かやらかしても許してくれそうだったからです!!

 いやほんと、私がキモオタムーブを決めた時でも毎回笑顔でスルーしてくれる文字通りの天使様なんだよなぁ……もしこの子をいじめるようなやつがいたら全力でブンなぐるんでよろしくお願いします。


 さて、そんなソラから歴史書を受け取って、私はパラパラと中のページに目を通した。

「ああこれこれ……現王家がどうやって本家と分家に分かれたのか、そこが気になっていたのよね。ありがとうソラ」

「えへへ……やっぱり、ミレーナ様はすごいです!」

 ふふ、と満足げに笑う私と、とうとつに私を賛美するソラ。私が「へ?」と間のけた声をあげると、彼女は目をキラキラさせながら私に告げた。

「だって、お仕えしてずいぶんちますけど、ミレーナ様は本当に勤勉で……! 聖女様はいっぱいお祈りしないと大変なんだってお聞きしていたのに、ミレーナ様は朝晩二回のお祈りだけじゃないですか。その他の時間は本をお読みになったり街に出たり……きっとそういう、民や国を愛する心がミレーナ様の力の源なんですね!」

「……ええ、そうかもしれません。神はいつでも私たちのことを見守っているのだから」

 じゃに笑うソラを見て、私もほほみを浮かべながら彼女の頭をでた。ねこのように目を細めるソラを見て、私はほっこりするとともに内心でチクチク良心が痛むのを感じる。

 いやまあ、本を読んだり街におしのびでけるの、全部自分のためだから……『し』であるアレクのちをさぐったり、サラマンダ様やヒヨウきゅんの評判を町人やぎんゆうじんに聞きに行ってるだけだから……あと三騎士のブロマイド版画とか同人誌創作伝記買いに行ってるだけだから……国からの給料で……。


 そう。私は三騎士への尊みを感じれば感じるほどに、神へのしんこう心が上がったとみなされて、聖女としてのジョブレベルも上がっていくのである。

 そしてジョブレベルが上がるということは、この世界におけるステータスもどんどん上がっていくということだ。ここでいうステータスっていうのは地位とかめいのことではなく、文字通り能力値のことね。MP魔力(魔法とか奇跡を使うと減るエネルギータンクの総量みたいなやつ)とか。

 もちろん、聖女としてのステータスが上がったからといって、ムキムキのマッチョになるわけはない。むしろ私は運動不足気味で、HP体力や筋力、ばやさなんかはそこらの子どもと同じくらいだ。

 しかしその一方、常人ならよくて二けたくらいのMPに関しては、三桁どころか四桁間近までびている。そのためどれだけ大きな奇跡を使ってもピンピン元気という有り様だ。加えて、奇跡や魔法の効力に関係するどう力もつうの人の五百倍くらいあり、一般聖女ならちょっとした傷を治せる程度の奇跡でも、私が唱えれば身体からだ中の悪い部分が全部治るというチートぶり。

 魔法たいせいに至っては、アレクたち聖騎士たちが耐性付きのよろいを着たとしても全くおよばないほど強固なのだ。よって私に魔法による毒やさいみんいっさい無効。まあ実際のほのおで焼かれたら普通に燃えるし、水にしずめられたらおぼれるんだけどね。使えないな魔法耐性……。

 ちなみにソラが言った通りで、私は一日のスケジュールの中に礼拝の時間をほとんど取っていない。というのも、礼拝堂でブツブツ祈っているよりアレクたちのことを考えながら行動している方がはるかに早くレベルが上がるからだ。そう考えると昔の聖女たちがあわれに思えてくるが、これは前世から『推し』を『尊ぶ』というがいねんを持ち込めた私の専売特許なのかもしれない。

 まあ、なぜ私がこの世界に(しかも前世で『箱推し』していたおくを持って)転生したのかはいまなぞなんだけどね……とはいえ、私も今のところは気分よく生きられているし、その副産物の聖女パワーはみんなの役に立っている。

 そんなわけで、今日も私は「やることはやってるから!!」と内心言い訳しつつ、ソラを連れて特権階級をらんようしているのであった。ぐへへ。


 ──と、そんなモノローグを垂れ流しながら私がうんうんとうなずいている時だった。

「おや? もしかして、そこにいらっしゃるのは……」

 とつぜん、私とソラの立つしょだなの向こうからりんとした声が聞こえてきた。ソラは「えっ?」とまばたきし、同時に私も「!?!?!?」とその場で飛び上がる。

 ひょいとたなの角からこちらに顔を出してきたのは、『きんろう』こと騎士団序列第一位、ヴァルガー・アレクシスその人だったのだ。

 だんの鎧姿ではなく白地のシャツに、おごそかな緑色のローブを羽織っている。今は下ろしている長いつややかなきんぱつが、窓からの日差しを受けてまぶしく光る。たくましさと美しさを両立させたたんせいな顔が、優しげな表情とともに私たちの前に現れる。

「アアアアレクシス様!?!?!?!?」

「うわぁぁっ! アレクシス様だ!」

「どうも、ミレーナ様。公務以外の場でお会いするのは初めてですね」

 そう言って、端正な顔でニコリと笑うアレクと、アイドルに出会ったかのように興奮してねるソラ。一方の私は、ガクガクふるえながらあやうく白目をきそうになっていた。

「……ミレーナ様?」

「ははははい! すみません、大丈夫ですはい、すみません!」

 キョトンとしているアレクに、バグったプログラムみたいな返事をする私。いやあの、公務の場では死ぬほどシミュレーションしてるから平気なんですよ。それをこんな、いきなり推しと対面することになったらこうなりますって。バグりますって頭。

 聞けば、今日のアレクは私と同じく非番で、読みたい本を求めて図書館にやって来たらしい。アワアワしながら最低限のあいさつをした私に、アレクは優しく微笑んで「立ち話もなんですし、そちらにこしを下ろしましょうか」と、私たちを手近なテーブルへさそった。

 図書館の中に設けられた、簡素な四人がけの木机。私とソラがとなり同士に座り、対面にはアレクが座る。彼がじょうに置いたのは数冊の政治に関わる本で、それを見たソラは「うわぁ〜」とかんたんの声をあげた。

「アレク様もミレーナ様と同じで、勉強熱心でいらっしゃるんですね! 休みでもこんなにたくさんご本を……!」

「ああ……君は確か、ソラといったか。いつも我々の聖女様を助けてくれてありがとう。これからもよろしくたのむ」

「……!!」

 アレクにそう言われて、らんらんかがやかせて私の方を見るソラ。あーだから、そういうとこやぞアレクくんよ。天下の聖騎士長様が、ただの聖女の付き人に優しい言葉をかけて、あまつさえ名前まで覚えてるとは。

 当然ソラはかんきわみみたいな顔をしてアレクと私をこうに見てくる。うんうん、それもまた尊みだね。私はなまぬるい微笑みを浮かべながらソラの頭を撫でてあげた。

 ただそこで、アレクが私にぽつりと言う。

「ところで……聖女様は、王家の歴史に興味がおありなのですね」

「……あっ」

 バッと、反射的に本の表紙をひっくり返す私。

 いや別に、後ろめたいことはないんですよ? ただアレクから見れば、私の持っていた本は自身のルーツに関わるものでちがいない。『現王家の分家の出』という彼の出自は周知の事実なのだけれど、もしも彼がそれをせんさくされるのをいやがっていたりしたら……私のせいで対面の『推し』が嫌な気持ちになってしまうかもしれない。それはファンとしては切腹級のやらかしだ。

「……分家の歴史、ですか……フフ。私は別に、自分の出自について調べられたからといって、目くじらを立てることはありませんよ、ミレーナ様」

 しかし、ダラダラとあせを流す私に、アレクはふっと笑ってそう言った。

「確かに、私は直系の王族ではありません。神権をたくされ、脈々とその血をつないでいる王のけいではない……けれど、私は今の自分に満足しているのです。聖騎士として、神権の代行者としてけんを振るい、そして貴女あなたがたを……このオーアインという国を守っている。これ以上の名誉を望むのは神への無礼というものでしょう」

「アレクシス様……」


 アアアアアアア尊いいいいいいい!!!!!!!!


 ▲ジョブレベルが上がりました。

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