第20話 聖女たちのスティング

 赤い夕陽が揺らめきながら地平線に沈む。聖都や七大都市に比べれば簡素な低い壁に囲われた町が見えてきて、一同はほっとした。何とか夜になる前にたどり着くことが出来た。


 「もうすぐ町に入ります」


 馬車の窓に近づき、聖騎士の一人が大声で中の人物に声を掛ける。修道服を着た二人の少女は頷き、労をねぎらうように頭を下げた。


 「大丈夫ですか?」


 年長の方の聖女が目の前の少女に訊く。問いかけられた少女は緊張した面持ちでゆっくりと頷いた。


 「この度、聖都で大司教に任命されたアリエル・ビビルーク様の馬車である。開門をお願いしたい」


 馬車に付き添う聖騎士の一人が聖教会の任命書を門番に見せて言う。門番は深く一礼し、ザペングの町に入る門を開けた。


 「マクナール卿がおもてなしをしたいとおっしゃっておられますが」


 宿に入った一行に卿の使いと名乗る男が訪ねてきてそう告げる。護衛の責任者を務める聖騎士の男が応対し、別の者に大司教にお知らせするように命じた。


 「大司教様は長旅でお疲れでいらっしゃいます。できれば今夜はゆっくりお休みいただきたいのですが」


 二階の大司教が泊まる部屋から下りてきた聖騎士がその意向を伝える。


 「それは承知しておりますが、一目だけでもお目にかかりたいとのことでして」


 「分かりました。再度申し上げます。で、どちらに行けばよろしいですかな?」


 「すぐ近くにマクナール卿の所有するホールがございます。そちらで歓迎の用意がしてございますので」


 「出来るだけ短い時間でお願いします」


 「心得ております」


 聖騎士が二階に戻りしばらくすると修道服の少女が二人下りてきた。背の低い方の少女は上に砂除けのフードを被っていて、顔が良く見えない。


 「ご足労をおかけします。こちらです」


 男の案内で宿を出た二人は聖騎士数人を引き連れ、夜の町を歩く。七大都市ほどではないが街灯が明るく、人通りも多い。


 「どうぞ」


 男が案内したのは表通りから一つ裏に入った目に付きにくい場所にある建物だった。ホールというより小さな芝居小屋といった雰囲気の場所だ。


 「中はあまり広くありませんので、お付きの方は入り口でお待ち願えますか?」


 「お聞き及びかもしれんが、大司教様は先日襲撃を受けておられる。お一人にでは出来ん。せめてお付きの聖女と聖騎士一人くらいは中に入らせてもらいたい」


 男の言葉にフルフェイスの兜をかぶった聖騎士の一人が反論する。


 「分かりました。では」


 男は渋々と言う感じで聖騎士の言葉に従う。二人の少女と兜をかぶった聖騎士が男に招かれ建物の中に入った。大きな一つの部屋に丸テーブルが数個並べられ、食事や飲み物が置いてある。聖騎士はぐるりと部屋を見渡し、背の低い方の少女にぴたりと張り付く。部屋には数人の男が立っていた。


 「ようこそおいで下さいました、大司教様」


 口ひげを生やした中年の男が一同を出迎える。顔は笑っているが、細い目は蛇のように冷たく、ぞっとするような印象を与えた。


 「マクナール卿でいらっしゃいますか?」


 年長の方の聖女が訪ねる。


 「はい。マクナールでございます。お目にかかれて光栄です」


 「私はお世話係のエーリファと申します。こちらが……」


 エーリファがフードを被ったままの少女を手で示す。室内でもフードを外さない少女に怪訝な顔をしながらも、マクナールが膝を付き挨拶をする。


 「ようこそおいでいただきました、アリエル様」


 「わ、わざわざの歓迎、痛み入ります」


 少女がやや上ずった声で返事をする。


 「お疲れでしょう。まずは喉を潤されてはいかがですか?」


 マクナールがそう言って指を鳴らすと、若い男が一人、トレイに飲み物の入ったグラスを載せて近づいてくる。その顔を見上げた少女が一瞬、息を呑んだ。そして隣の聖騎士の手を掴んで軽く引き、合図を送る。聖騎士は首をゆっくり横に振り、それから男を睨み付けた。


 「どうぞ、大司教様」


 男が差し出したグラスを少女が恐る恐る受け取る。


 「アルコールは入っておりませんのでご安心を」


 マクナールが薄っぺらい笑みを浮かべて言う。少女がもう一度聖騎士を見ると、彼は今度は頷き、エーリファの肩を軽く叩く。エーリファも頷き、少女に親指を立てて見せた。


 「ふ~ん、いつから名士様にお仕えするようになったの?出世したね、マクル」


 フードの下からそれまでとは明らかに雰囲気の違う声が響き、男がぎょっとする。と、少女はフードをばっ、と払いのけ、グラスの液体を男の顔に向かってぶちまけた。


 「ぎゃあっ!な、なにしやがる!?」


 男が悲鳴を上げ、慌てて口の周りをぬぐう。滑稽なほどの狼狽ぶりだ。


 「その反応、やはり毒か。アルコールなんかよりよっぽど体に悪いじゃないか」


 聖騎士が腰の剣を抜き、マクナールを睨み付ける。マクナールは動揺し、周りの男たちに合図を送った。男たちは隠していた刃物を抜き、聖騎士たちに殺意を露わにする。


 「て、てめえ、ティア!」


 液体をかけられた男、マクルがフードを取った少女の顔を見て驚きの声を上げる。そう、修道服を着ていた小さい方の少女はアリエルになりすましたティアだったのだ。


 「何でお前がここに?ってことは本物の大司教は……」


 「まだフランシスだ。まんまとひっかかってくれて助かったぜ」


 聖騎士が兜を脱いで言う。その下にはアルの顔があった。


 「ティア、こいつは間違いなくビッグサムの手下なんだな?」


 「うん、周りの連中も見たことがあるよ。みんなボスの部下だよ」


 「この裏切り者が!」


 マクルがティアに襲い掛かる。しかしアルの剣の柄が一瞬で鳩尾に叩き込まれ、マクルはうめき声を上げてその場に崩れ落ちた。


 「マクナール卿、あなたが裏社会と繋がっていることは証明されました。このことは聖教会本部及び教義委員会に報告させていただきます」


 エーリファがマクナールを睨みながら言う。


 「何をしている!早く殺せ!」


 マクナールが慌てて叫ぶ。同時に奥のドアが開き、数人の男が入ってきた。


 「てめえ、よくもぬけぬけと」


 その中に見知った顔があった。ゼグだ。


 「お前もいたか。ビッグサムはどこだ?」


 「やかましい!何回も邪魔しやがって!」

 

 ゼグたちがアルに迫る。アルはエーリファにティアを守るよう手で示し、剣を構えた。部屋がそれほど広くないので一気に襲い掛かることが出来ず、アルは一人ずつ確実に迎え撃つ。エーリファは聖器レリックの加護を発動してティアを庇いながらドアを開け、外にいる聖騎士たちに助けを求めた。


 「逃がすな!」


 慌てふためくマクナールの声が虚しく響く。エーリファとティアを追って何人かの男が外へ出るが、待ち構えていた聖騎士に阻まれ、さらに室内から出たアルの剣で倒されていく。ほんの数分でマクナール以外に残っている敵はゼグを含めた三名のみになっていた。


 「くそっ!これじゃボスに合わせる顔がねえ。せめて貴様だけは」


 ゼグが剣をアルに向けて叫ぶ。残りの二人が聖騎士に制圧されたのを見ながら、アルがそれに応えるように向かい合う。


 「大司教襲撃の話を持ち込んだのはマクナールか?あの魔蛇サーペント使いはお前たちが用意したわけじゃなかろう」


 「貴様に話すことなど何一つない!」


 素早い動きで突っ込んでくるゼグ。アルは身を躱すが、聖騎士の甲冑を身に着けているためいつもより動きが遅くなってしまっていた。


 「ちっ」


 肩口から頬にかけてゼグの剣が掠め、頬から流血するアル。しかしゼグの腕が伸びきった瞬間を逃さずその肘に拳を叩き付ける。


 「がっ!」


肘に痺れが走り、ゼグが剣を落とす。その隙をついてアルが背後に回り、ゼグを羽交い絞めにして首を絞める。


 「き、さま……」


 「このまま絞殺されたくなければ答えろ。ビッグサムはどこだ?マクナールに情報を与えた聖教会の人間を知っているか?」


 「く、たばれ……」


 顔を歪めながらゼグが声を絞り出す。


 「アル!無暗な殺生はいけませんよ!」


 ゼグの顔が青ざめていくのを見てエーリファが慌てて飛んでくる。


 「やれやれ、相変わらずだなお前は」


 苦笑するアルの手にぐっと力が込められる。と、ゼグの体から一気に力が抜け、そのままずるずると地面に倒れこんでいく。


 「アル!」


 エーリファが悲鳴を上げる。


 「騒ぐな。殺しちゃいない。気絶させただけだ」


 アルはそう言ってゼグを寝かせ、聖騎士たちに捕縛を頼む。そして再び建物の中に入って行った。


 「マクナール!」


 叫んで中を見渡すが、部屋には倒れている男たちしかいなかった。マクナールの姿はどこにもない。


 「ちっ、逃げたか」


 アルは奥のドアを開け、裏手に飛び出した。明かりがなく、辺りは真っ暗だ。どちらへ逃げたかも見当が付かない。


 「くそっ!」


 建物に戻り、また表に出る。


 「おい、マクナールの屋敷はどこだ?」


ゼグたちを拘束している聖騎士の一人を捕まえて尋ねる。


 「く、詳しくは知らん。この町にも聖騎士の詰所はあるはずだ。そこで聞いた方が早い」


 「俺がいきなり言っても話を聞いてはくれんだろう。誰か一緒に来てくれ」


 「わ、分かった」


 「エーリファ、ティアを頼むぞ」


 「う、うん。アル、無茶しないでね」


 「いい加減聞き飽きたな。俺も何度も言うが相手次第だ」


 不安そうな顔をする二人の少女を置いて、アルは聖騎士の一人と走り出した。

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