第19話 アル、策を練る

 「出発は明日の早朝。馬車を代えて聖騎士を補充します。明日は隣町に泊まり、明後日には聖都に入る予定です」


 エランド中央教会の司祭がやや緊張した面持ちで話す。アリエルは神妙な顔で頷き、「手間をかけます」と頭を下げる。


 「いえ、そのような」


 「お二人は私と馬車に乗って下さい。同伴してくれていたハンス司祭は入院することになってしまいましたので」


 「恐れ入ります」


 エーリファが恐縮して頭を下げる。


 「馬車の中にいると敵が急襲してきたとき対応が遅れる。聖騎士の甲冑を借りられんか?馬と一緒にな」


 「頼んでみましょう」


 「馬に乗れるの?アル」


 「人並みにはな」


 「その歳でどんな生き方してきたの?」


 「まあ色々あってな。ところでアリエル。お前は聖器レリックの加護は受けてないのか?」


 「はい」


 「襲われる危険があるなら受けておくべきだろう」


 「ですが加護を受けるには聖都に行かなければなりません」


 「他では受けられないのか」


 「聖器レリックはそもそも聖都にしかありませんから」


 「何?」


 「どうかしましたか?」


 「いや……何でもない」


 アルが考え込むような顔をするのをアリエルは不思議そうに見つめる。エーリファはそんな二人を見て首をかしげた。


 「とにかく警護は厳重にすることだ。ビッグサムが逃げている現状で今日また襲撃がある可能性は低いと思うがな」


 「はい」


 司祭が神妙な顔で頷く。


 「アルは今日これからどうするの?」


 「ビッグサムの捜索に参加する。奴を捕らえて聞きたいことがあるんでな」


 「無茶はしないでね」


 「召喚者でも出てこない限りそんな必要はない」


 「召喚者が相手でも無茶しないで!」


 「時と場合による」


 「エーリファ助祭の言う通りです。無茶な真似は控えてください、アルさん」


 「本当にお節介な人種だな、聖女というのは」


 アルは苦笑し、聖騎士団の詰所へ向かった。



 「下水道を川に注ぐ先端まで行ってみましたが、ビッグサムたちの姿は発見できませんでした。町の外へ出た可能性もありますが、この砂嵐ハーブーブですので」


 聖騎士の一人がこの町の聖騎士団隊長に報告する。丁度そこにアルが詰所に入って来てそれを聞いた。


 「おう、アル君。さっきは貴重な情報をありがとう」


 隊長がアルに気づき声を掛ける。


 「礼はいい。それより下水道に奴らの痕跡は無かったんだな?」


 「ああ。町を出たのだとすればこの砂嵐ハーブーブの中、隣町まで行きつけるとは思えないが」


 「馬車を使えば可能だろう」


 「それはそうだが、アリエル様襲撃後は全ての門で監視を強めている。怪しいものが馬車で出ようとすれば必ず止められるはずだ」


 「怪しいものでなければ素通りさせているってことか」


 「それは……身元のはっきりしている者であれば……。記録は全てつけているが」


 「ここ数時間のうちに町を出た馬車を全部チェックしてくれ」


 「あ、ああ、分かった」


 隊長が指示を出し、各門の門番に記録を提出させるよう部下に命じる。それが到着する間、アルは詰所を出て町を歩いてみることにした。裏通りの、いかにも連中がたむろしそうな場所を探しながら、ビッグサムの目撃情報を聞きこむ。しかしそれらしい目撃談は一向に得られなかった。


 「やはりもうここにはいないか」


 アルは呟き、詰所に戻った。各門からの記録がすでに届いており、隊長の許可をもらってそれに目を通す。


 「ほとんどが行商の荷馬車だな。これに紛れたという可能性は?」


 「どうだろうな。記録を見るとほとんど荷台はいっぱいだったようだし、一人くらいならまだしも何人も紛れ込むのは難しいんじゃないか?商人は裏の世界の連中に金を取られていたりしてビッグサムのことはよく思ってないだろうしな」


 「捕まったのは下っ端だけでゼグたち幹部は見つかっていない。ビッグサムと一緒に逃げたと思うのが自然だ。となると……うん?」


 アルの目がリストの一部で止まる。


 「このマクナール卿というのは?」


 「ああ。隣町のザペングの名士だ。この町の聖教会と繋がりがあってよくこのフランシスを訪れている」


 「大人数でやって来るのか?」


 「いや、いつもはお付きのものが数名だが」


 「それなのに出て行った馬車は三台だ。多すぎると思わないか?」


 「そうだな。……おい、何を考えてる?」


 「お前たちやここの聖女たちは偽情報を掴まされた。大司教が来るのが明日だとな。しかしビッグサムは正確な情報を掴んでいた。誰から聞いた?それはおそらく聖教会の内通者だろう。だが聖教会から直接裏社会のビッグサムに連絡を付けたとは考えにくい。?」


 「おい、まさかマクナール卿を疑ってるのか?バカな!卿は聖都でも教会に多額の寄進をするなど名士として名高い人物だぞ」


 「人目をはばかるには絶好の隠れ蓑だ。金をばらまくというのはな」


 「ふ、不敬にもほどがあるぞ!アリエル様を救ってくれたから大目に見ていればいい気になって!」


 「ふん、確かめてみればいい。……少し待っていろ」


 アルはそう言って憮然とした表情の隊長を後に部屋を出て行った。そのまま西部教会に向かう。


 「ティア、いるか?」


 西部教会に着いたアルは保護されているティアを連れ出し、詰所に戻る。聖騎士団の元に行くと言われ、怯えていたティアだったが、アルが「心配ない」と断言したため、少し安心したようだった。


 「ティア、ビッグサムかゼグたち幹部の口からマクナールとかザペングという言葉を聞いたことはないか?」


 詰所の中でアルがティアに尋ねる。ティアは少し考え込むが、はっと思い出したように顔を上げた。


 「そういえば一度、マクルって幹部の人がザペングの何とか卿って口にしたことがあって、私たちが傍にいたからか、ボスがすごく怒ったことがあった」


 「本当なのか、それは!?」


 隊長が気色ばんでティアに尋ねる。思わずひっ、と息を呑むティアの頭をアルがぽんぽんと叩く。


 「そう怖い顔をするな。ティアが怯えているだろう」


 「あ、ああ。すまん。しかしそれが本当なら大変なことだ。まさかマクナール卿ほどの人物がビッグサムに通じているなど」


 「公には調べられんか」


 「あれほどの人物となると少なくとも聖教会本部か教義委員会の許可がいる」


 「教会内に内通者がいる以上、申請しても無駄だろうな。それにビッグサムたちはおそらくもうマクナールと一緒にザペングに向かっているだろう」


 「もしそうなら大変だぞ。アリエル様は明日ここを発ってザペングで一泊する予定になっている。しかもマクナール卿がもてなしの準備をしてな」


 「魔獣の巣にひな鳥を放り込むようなものだな」


 「むう。だが今更ルートの変更というのも」


 「みすみす罠の中にあのお子様を放り込みたいなら構わんがな」


 「やむをえん。しかしここから一日で行ける町となるとあとはマストラくらいだ。それでは元にの町に戻ることになる」


 「ならそうするか、もうしばらくこの町に留まるしかないだろうな。ビッグサムたちがザペングに逃げたのなら、そこへ行くよりここにいた方が安全だ」


 「だがいつまでもここにいるわけには……」


 「だから。マクナールの化けの皮をはがすためにもな」


 「何を言ってる?今、罠の中に飛び込むようなものだと……」


 「考えがある。あんたらにも協力してもらうぞ」


 そう言ってアルはニヤリと笑った。





 「本気なのですか?アルさん」


 話を聞いたアリエルが目を丸くする。隣のエーリファも驚きを隠せない様子だ。ユリナは黙って考え込んでいる。


 「あまりにも危険です。それにその少女は納得しているのですか?」


 「ああ。俺が必ず守ると約束してな」


 「ですがやはり承服しかねます。それなら私が……」


 「俺としちゃどっちでもいいが、そこの二人は納得しないんじゃないか?」


 エーリファとユリナを見ながらアルが言う。


 「勿論よ。アリエル様を危険に晒すわけにはいかないわ」


 「でも本当なの?マクナール卿がビッグサムと繋がってるって」


 「ほぼ間違いないと俺は睨んでる。マクナール一行の馬車が出ていくのを見た門番の話では、通常のルートから外れ川の方へ向かっていったと言うんだ。恐らく下水道の出口でビッグサムたちを拾ったんだろう」


 「私が掴んだ情報でもマクナール卿は予定を切り上げ、急いで出立したそうよ。すぐにここを離れる必要があったんでしょうね」


 ユリナの言葉にアリエルが悲しげな顔をする。


 「マクナール卿と言えばマストラでも名を知られた名士であられるのに……。信じられません」


 「とにかくマクナールの懐に飛び込めばビッグサムたちが釣れるだろう。俺が追っている奴に繋がるかもしれん。で、最後に確認しておくがマクナールはお前の顔を知らないんだな?」


 「はい。私が赴任している間、マストラにマクナール卿がお見えになったことは無かったですから。面識はありません」


 「よし、好都合だ」


 「それでザペングに向かうのはあんたと聖騎士の他には誰?私が行ってもいいけど」


 ユリナがアルを見ながら尋ねる。


 「いや、お前は万一のためにここに残れ。いざことが起こったら、加護が強いこいつの方が安全だろう」


 「私の事、心配してくれてるの?アル」


 エーリファが嬉しそうに言う。


 「心配なら連れて行かん。自分の身は自分で守れ」


 「うう、ひどい」


 「これでもあてにはしているんだぞ。自分だけじゃなく、あいつも守ってもらいたいからな」


 「分かった。出来るだけのことはするわ。だからアルも無茶しないでね」


 「何度も言うが約束は出来ん。気には留めておく」


 「うん。忘れないでね」


 エーリファはそう言って指を出す。「ガキじゃあるまいし」と閉口するアルだが無理やり手を引っ張られ、指切りをさせられた。


 




 

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