第18話 アル、心配されすぎる

 「あったぞ!」


 ビッグサムのアジトの一つ、アルが連れて行かれた倉庫跡で聖騎士の一人が声を上げる。アルからの情報で下水道に続く入り口を発見したのだ。別の聖騎士が大きな木づちを持ってきて入口の鉄扉を破壊する。


 「確かに下水道に続いているな。ここから逃げたのか」


 「下水はメニウス川に流れている。一番端まで行けばそのままフランシスから出ることも可能だな」


 「馬車でも用意してなきゃこの時期他の町まで逃げるってのは難しいと思うが」


 「とにかくこの下水道を捜索しよう。まだ中にいるかもしれん」


 「応援を呼んでこよう。下水局に連絡して他からも入れるようにしてもらう」


 「頼む」


 聖騎士の一人が倉庫跡から走り去り、残りの者は地下に下りて行った。



 「中央教会の守りは固めてあるんだな?」


 聖騎士団の詰所でユリナにアルが尋ねる。下水道がビッグサムのアジトを繋いでいると報告してから何人もの聖騎士が出入りを繰り返していて慌ただしい。


 「ええ。召喚者でも現れない限りアリエル様に危害が及ぶことはないと思うわ」


 「その可能性もゼロではないがな。ビッグサムの手下にいないのは確かだと思うが」


 「それにしても中央教会のすぐそばにアジトがあったなんて」


 「そっちの捜索も進めてるんだろう?」


 「勿論よ。すぐ見つけられると思う」


 「まあ奴が非正写本アポクリファルに関与してないなら俺がこれ以上関わる必要はない。依頼は果たしたからな」


 「ええ。助かったわ。でもあなたの言う通りまだ完全に安全になったわけじゃない。聖都に着くまでまた刺客が来る可能性がある」


 「だろうな。何のためにあのお子様大司教を狙うのかが分からんうちは危険は続くだろう」


 「ガキの次はお子様?本当に罰当たりね」


 「何とでも言え。それでこれからお前たちが掴んだ情報をどうやって受け取るかだが……」


 「私たちはあまり表立って動く任務じゃないから情報伝達の手段は限られるわ。聖職者じゃないと立ち入れない場所もあるし」


 「私が一緒にいます!!」


 いきなりエーリファが大声で叫ぶ。


 「耳元で怒鳴らないでよ、エリー」


 「私と一緒にいれば情報を受け取れるでしょう?ね、アル」


 「これからもお前と行動を共にしろと?」

 

 「あら、ボディーガードをしてくれると言ったじゃないですか」

  

 「む、それはそうだが」


 「そうね。エリーと一緒にいればこちらでも状況を把握しやすいし、都合がいいわ」


 「ちっ、ことあるごとに召喚魔法を使うなと言われそうだな」


 「勿論です!私の目の黒いうちは魔法なんか使わせません!」


 はあ、とアルはため息を吐く。


 「で、早速だけどアリエル様の身がまだ危険だというなら聖都まで護衛をお願い出来ないかしら。聖騎士団には私から話しておくから」


 「ちょっと!ユリナ、まさかアルに魔法を使ってアリエル様を守らせる気?」


 「そうは言ってないわ。でも彼の剣の腕は確かみたいだし、それに聖教会に内通者がいるなら、聖職者ではない外部の人間がいた方が臨機応変な対応が出来ると思うの」


 「同感だ。内通者なり黒幕なりがそれなりの地位にいる奴だとしたらまた偽情報に踊らされる可能性がある。不自然な命令が届くことも考えられる。俺なら自分の判断で自由に行動できるしな」


 「そういうことね。残念ながら聖教会は内部監査に関してはあまり積極的とはいえないし、内通者が誰か見つけるのは容易じゃないと思うわ」


 「神の使いは身内を疑ったりはしないということか。おめでたい話だ」


 「ひどい言い方しないでよ、アル」


 「聖女がみんなお前のようにお花畑な頭をしてるならその必要もないんだろうがな」


 「本当にひどい~」


 「『黒の書』が流出した時点で徹底的な内部監査を行う部署を創るべきだったんだ。それをなあなあで済ますからこういう事態を招く」


 「耳が痛いわね。これでも私たち『非正写本焚書特別隊アポクリファル・イレイザー』はその性格をもって組織されたんだけど」


 「無くなった本を探すのが内部監査か?本を持ち出した奴を見つける方が大事だろうに」


 「犯人捜しは教主様の命令で中止になっちゃったんだもの。最高法院ホーリーコートの命を無視してまで捜査は出来ないわよ」


 「まあ俺にとっては『黒の書』から非正写本アポクリファルを作った奴が見つかればそれでいいがな」


 「で、引き受けてくれる?」


 「こいつと一緒にいなきゃならんのなら仕方ないだろう。それに大司教を狙う奴を待っていれば俺の目的も果たせるかもしれんからな」


 「じゃあ私は大司教様に何も起こらないことを祈るわ。そうしたらアルが魔法を使うこともないし」


 エーリファが祈りのポーズを取りながら言う。


 「そうね。それに越したことはないけど」


 「甘い期待はしない方がいい。それにそれじゃ俺が協力する意味がない」


 「何かあっても魔法は使わせませんからね!」


 「ふん、お子様が殺られてもいいんなら好きにしろ」


 「はいはい、起きてもいないことで言い争ってもしょうがないでしょ。問題はアリエル様があなたたちの護衛を認めてくれるかだけど」


 「話を通してないのか?いい加減だな」


 「今決めたんだから当たり前でしょ!」


 「すいません、ユリーネス助祭」


 その時一人の聖騎士が近づいてきてユリナに声を掛ける。


 「はい」


 「エランド中央教会から使いのものが参りまして、アルエル様が自分を助けた少年と面会を希望しておられるとのことです」


 「俺に?」


 「あら、渡りに船じゃない。行ってらっしゃい、アル君」


 「私も付いて行っていいかしら?」


 「まあアリエル様が嫌がらなければいいんじゃない?一応あんたも聖女なんだし」


 「一応って何よ!私、ユリナの同僚なのよ!」


 「あーはいはい。とにかく行ってらっしゃい。アル君、くれぐれも失礼のないようにね」


 「こいつに言った方がいいんじゃないか?」


 「どういう意味よ!?アル」


 「そうね。あんたも気を付けなさいよ」


 「私を何だと思ってるのよ!二人とも」


 「「天然ボケ」」


 アルとユリナのセリフが見事にシンクロした。




 「お呼びだてして申し訳ありません」


 アリエルが頭を下げる。


 「と、と、とんでもございません。アリエル様」


 エーリファがあたふたと手を振って何度もお辞儀する。


 「呼ばれたのは俺だ。お前はおまけだろう」


 「ア、アル!」


 「ふふ、まさかあなたが聖女の依頼を受けていらしたとは思いませんでした。エーリファ助祭、ご足労をおかけしました」


 「お、恐れ多いお言葉」


 「ユリーネス助祭にも謝意をお伝えください」


 「は、はい。必ず」


 「そう固くならないでください。私はまだまだ未熟者です。大司教などと言う大任を拝命して困っているくらいです」


 「ビビルークという家名で大司教に任じられたことは自覚しているらしいな」


 「ア、アル!なんてこと言うの!!も、申し訳ございません、アリエル様」


 「良いのです、エーリファ助祭。事実ですから。どう見ても私のような若輩者が大司教として聖都の中央大聖堂に赴任するなど異常です」


 「全くだ。お前何歳なんだ?」


 「来月で12になります」


 「11歳か。その歳でわざわざ聖都に呼び寄せるということは最高法院ホーリーコートに入れることまで考えてるんだろうな。本部で何か焦る原因でもあるのか?」


 「鋭いですね。それに聖教会の内情にお詳しいと見ました」


 「好きで詳しくなったわけじゃないがな」


 「その理由をお聞かせ願いませんか?」


 「こいつらにも言ったが、面倒な話なんでな。俺の目的が果たされてまだ俺が生きていたら教えてやる」


 「みすみす死なせたりしませんからね!!」


 エーリファがずい、とアルの前に顔を寄せて言う。


 「アルさんは召喚者なのですね。私は襲われた時の状況をよく分かっていませんが、私を殺そうとした男がいきなり悲鳴を上げたのは覚えています」


 「ああ。俺の召喚魔法で腕を消し飛ばしてやった」


 「あれほど使わないでって言ったのに!」


 「自らの命を縮める召喚魔法。そもそも魔界の門を開いてかの地の魔物と接触することは禁忌とされています。アルさんの身を案じ、魔法の使用を止めようとしているエーリファさんは聖女として立派に務めをはたしていらっしゃいますね」


 「いえ、それほどでも」


 「調子に乗るな。しかしそれならなぜそんな禁忌が聖典の一つである『黒の書』に記されている?七原書は形を変えずにずっと写されてきたんだろう」


 「分かりません。正直申し上げて『ミルノア写本』の『黒の書』が流出するまで私もそこに魔界へのコンタクト方法が書いてあるなど知らなかったのです。七原書の存在自体、『二十聖家ヴァン・ファミリエ』かそれに準ずるような代々の聖職者の家にしか知らされていませんでしたし」


 「非正写本アポクリファルが出回るようになって慌てて魔界への接触を禁忌だと触れ回った。聖教会が一般に知らせていない聖典を持っていると分かったら信仰心が薄らぐかもしれないからな」


 「知らせる必要がないのだと私は理解しています。神の教えを伝道するのは『白の書』だけでよいのだと父からは教わりました」


 「父親は最高法院ホーリーコートか?」


 「はい。昨年病気で亡くなりましたが」


 「それでお前が呼ばれたわけか。それにしても神の教えを説くのに必要ないなら他の六つの聖典は何のためにある?」


 「分かりません。先ほども申しました通り、私は七原書に目を通してはおりませんので」


 「知っているのは最高法院ホーリーコートの聖職者、そして教主のみ、か」


 「そういうことになります」


 「まあいい。とにかく俺の目的はお前を護衛して聖都まで連れて行くことだ。俺の追っている男に繋がる奴が来てくれるとありがたい」


 「物騒なこと言わないでよ!」


 「そうですね。何事も無い方がいいですが、おそらくそうはいかないのでしょうね」


 「ほう、覚悟が出来ているようだな。見直した。さすが自分を殺そうとした男まで説得しようとしただけのことはある」


 「あなたに魔法を使って欲しくないのは私もエーリファ助祭と同じです。護衛をしていただくのはありがたいですが、あなたを危険にさらすのは望むところではありません」


 「召喚者が襲ってきたらそんなことは言ってられんぞ。まあ俺とて魔法を乱発するようなバカな真似はしないが」


 「そうよ!自重してね、アル」


 「お前が大司教の盾になるなら少しはこっちの負担も減るがな」


 「勿論私はそのつもりよ!」


 「いけません!あなたも大切な聖女なのですよ。命を粗末にすることは神の教えに背きます」


 「は、はい。それはそうですが」

 

 「面倒な奴らだな。心配しなくても聖騎士と俺が守ってやる」


 「くれぐれも無理はなさらないでくださいね」


 心配そうな顔のアリエルを見ながら、アルはやれやれといった風に頷いた。

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