第17話 ユリナ、呼ばれ方に憤慨する
「おお、アリエル様。よくご無事で」
アリエルを出迎えたエランド中央教会のマスチフ司教が安どの表情で彼女に頭を下げた。もし自分の管轄する町で大司教に何かあれば
「おやめください、マスチフ司教。聖都に行くまではまだ私は司祭の身。あなた様の方が上役なのですよ」
「いえ、
「はあ……。却って恐縮してしまいますね。ところでハンス司祭の容態は?」
「収容した病院の連絡では腕の骨が折れており、肋骨にもひびが入っているそうですが、とりあえず命は危険はないとのことで」
「そうですか。とりあえず安心しました。ところで私たちを助けてくれたあの少年ですが、彼はどこに?」
「はっきりとはしていませんが、どうも『
「回収隊の者と?彼は
「まずは体をお休めください。こちらから使いを出しておきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
アリエルはため息を吐き、教会に用意された客室に向かった。
一方、そのアルは聖騎士団の詰所で捕らえた髭男と面会していた。拘束された檻の前に椅子を置き、腕を組んで話を聞いている。
「やはりあの
アルが憮然とした表情で呟く。
「ふん、あんな男がいるなど気付きもしなかったわ。どうやら俺たちは囮に使われたようなものらしいな」
「よく分かってるじゃないか。奴はビッグサムに聖女襲撃を指示した黒幕が送り込んだとみていい。お前、その黒幕に心当たりはないか?」
「あの爺さんのことも知らんのだ。分かるわけがなかろう。そもそも俺はビッグサムの部下じゃない。この町でスカウトされたんだからな。奴の部下に聞いた方が早かろう」
「さっき尋問したが、捕まえた奴らは下っ端ばかりで黒幕のことなど何も知らん。知っているのはビッグサム本人と、腹心くらいだろう」
「ならさっさと捕まえることだな。聖女襲撃の指示を出したことは分かってるんだからな」
「聖騎士団や自警団はもう動いてるだろう。捕まえられるかどうかは分からんがな」
「貴様、聖教会の者なのか?そうは見えんが」
「いや、連中に雇われたようなものだ。それなら
「ないな。俺は見たこともない。話くらいは聞いたことがあるがな。お前の腕にあるのは召喚紋とかいうやつだろう?」
「そうだ。これ以上は質問しても無駄のようだな」
アルは立ち上がって聖騎士の一人に面会させてもらった礼を述べる。そこへユリナが詰所に入ってきた。
「アル!無事でよかったわ。よくアリエル様を守ってくれたわね」
「俺一人では危なかった。聖騎士が機転を利かせてくれたおかげで何とかなったが」
「でもあなたがいなかったらアリエル様は無事ではいられなかったって聖騎士の隊長が言ってたわ。ありがとう」
「礼はいらん。契約した上での仕事をしたまでだ。それよりビッグサムの方はどうなってる?」
「聖騎士団と自警団が拘束のために動いてるわ。今回のアリエル様襲撃の関与は確実だし、今度こそ一味は終わりよ」
「奴は自警団と通じていると言っていた。内通者がいれば逃げられる恐れもあるぞ」
「疑いのある自警団員はある程度目星が付いてるわ。自警団長と打ち合わせをしてそう言う連中にはわざと偽の捜索情報を与えて泳がせることにする」
「ふん、抜け目ないな。団長自身が内通してなきゃいいがな」
「そんなことになったらシャレにならないわ。このフランシスの治安が全く機能して無いことになるもの。流石にその可能性はないと思いたいわね」
「奴らやけくそになって街中で聖女を襲うなんて真似はしないだろうな」
「アリエル様がお泊りのエランド中央教会は聖騎士団が固めているわ。彼女には指一本だって触れさせるもんですか」
「予想通り黒幕が送り込んできた刺客は召喚者だった。目的は分からんが、あのガキ大司教をどうしても殺したいならまた召喚者を送ってくる可能性もある。ここを無事に離れたとしても聖都に着くまで、いや聖都についても安心は出来んかもしれんぞ。聖教会に内通者、もしくは黒幕そのものがいる限りはな」
「ガキとは何よ!大司教様に向かって不敬もいいところだわ」
「ガキはガキだろう。まさか俺より年下とは思わなかったぜ」
「確かに思っていたよりお若かったけど、あの方が立派な聖職者なのは確かよ」
「まあ俺にはどうでもいいことだ。相手がガキだろうと赤ん坊だろうとな」
「そのうち神罰が下るわよ、あなた」
「それより先にあの男を殺して俺も……」
「アル!!」
その時、ドアが乱暴に開かれ、エーリファが姿を現した。息を切らし、顔は紅潮している。ここまで全速力で走ってでもきたようだ。
「あら、エリー」
「ユリナもいたの。アリエル様が無事でよかったわね。それはそれとして……」
エーリファがアルを睨み付け、鼻息を荒くしながら近づく。
「どうした?面白い顔をして」
「ふざけないでください!あれほど言ったのにまた召喚魔法を使ったんですって!?」
「耳が早いな。誰から聞いた?」
「聖騎士の方からです!!今、町中アルエル様の襲撃事件のことでもちきりですから」
「そんなに騒ぎになってるの?ビッグサムを指名手配したから目立ったかしら」
「どうして言うことを聞いてくれないんですか!これ以上魔法を使ったら……」
「しかし召喚魔法を使わなければ大司教は死んでいたぞ」
「で、ですが」
「まあ今回は私が依頼したことだし、強く非難は出来ないわね。でも魔法を使うたびにあなたの寿命が縮んでいくのは事実よ。出来るだけ自重してほしいわ」
「俺だってバカじゃない。魂が食われるまでのリミットは大体分かっている。あの男を殺す前に死ぬような真似はしない」
「そういう問題じゃありません!もう二度と使わないでくださいと言ってるんです」
「そいつは無理な話だ。少なくともあの男を殺すにはこの力が必要だからな」
「だからですね!」
「よしなさいエリー。今こいつにそんなことを言っても意味がないわ。神の教えだけでは人の気持ちを鎮めることが出来ない時もある。聖女が言うセリフじゃないけどね」
「でも……」
「メガネの言うとおりだ。お前が何を言おうと俺は復讐をやめる気はない。……意外だな。お前のセリフじゃないが聖女がそんなことを言うとはな」
「メガネとか呼ぶのやめてくれる?私にはユリーネスって名前があるんだから」
「それよりエーリファ。ティアはどうした?」
「エリーは名前で呼んでるじゃない!」
「うるさいメガネ。で、どうなんだ?」
「西部教会で保護してるわ。ひどく怯えていて、アルに会いたがってる」
「そうか」
ビッグサムが捕まるまでティアは不安でしかたないだろう。一度顔を見せてやった方がいいかもしれんな、とアルは心の中で呟いた。
「失敗しただと?」
静謐とした部屋でその男はグラスを傾けながら配下の者の報告を聞き、眉間に皺を寄せた。
「はい。聖騎士と正体不明の子供に邪魔をされたとのことで」
「フランシスには偽の情報を流したのであろうな?」
「はい。アリエル大司教が着くのは明日だと教会便にて」
「どこで漏れたか知らぬが手抜かりだったな」
「申し訳ございません」
「アリエルはフランシスにおるのだな?」
「はっ」
「『
「かしこまりました」
「『
男は苦々しい顔で呟き、グラスの酒を一気に飲み干した。
「アクセル!」
アルの顔を見て、沈んでいたティアの顔が一気に明るくなる。アルの胸に飛び込んで満面の笑顔を浮かべるティアの頭を撫でながら、アルは傍にいた西部教会の聖職者に礼を言う。
「無事に逃げられてよかったな。ビッグサムは今やお尋ね者だ。捕まるまでここにじっとしてろ」
「うん。アクセルも無事でよかった」
「あー、それなんだがアクセルというのは偽名だ。本名はアルマー。アルでいい」
「そうなの?分かったよ、アル」
「とりあえずビッグサムが捕まるまではここで保護してもらうよう頼んであるが、それから先のことを考えなきゃならんな。行く当てはないんだったな」
「うん。親方が死んでからはボスのアジトで寝起きしてたし」
「そうだ!そのアジトだ!俺が連れて行かれた倉庫は二番と言っていたな。一番のアジトはどこだ?」
「えっと、中央教会の近くの建物の地下」
「中央教会だと!?」
「うん、地下の下水道があちこちのアジトに繋がってるの。幹部クラスしか下水道から入る入り口のカギを持ってないから私は使ったことがないけど」
「下水道か!ちっ、ぬかった」
「アル?」
「ここでじっとしてろよ」
アルは教会を後にし、聖騎士団の詰所へ走った。
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