第16話 アル、召喚者と対峙する

 「ぐああああっ!!」


 血の噴き出る右手を押さえながらひょろりが絶叫する。体を叩きつける砂に顔をしかめながら、アルがゆっくりと倒れた幌へ近づく。


 「何だ、奴は!?」


 聖騎士と襲撃者たちがひょろりの悲鳴を聞いてアルに注目する。互いの攻防に必死でいつのまにかやって来ていた彼に気付かなかった。


 「出血多量で死ぬ前に聞かせろ。お前、どこで非正写本アポクリファルを見た?誰から見せてもらった?」


 「ぐあああっ!」


 しかし激痛で苦しむひょろりはとても質問に答えらえるような状態ではなかった。舌打ちしてさらに幌に近づこうとした時、アルは強烈な殺気を感じて飛びのいた。


 「むっ!」


 今まで自分が立っていた場所の地下から何かが勢いよく飛び出す。見るとそれは漆黒の細長いロープのようなものだった。


 「召喚魔法!」


 しかしアルはすぐそれが魔法で召喚された魔物であると認識した。飛び出したそれは宙を舞った後、ひょろりに向けて落下し、その体に巻き付く。


 「魔蛇サーペントか!」


 うねうねと動くそれは確かに巨大な蛇のように見えた。悲鳴を上げるひょろりの体が締め付けられ、黒い煙が立ち上る。


 「ああああああっ!!」


 断末魔の叫びを上げ、ひょろりが魔蛇サーペントに吸収されて消えていく。あっという間の惨劇に聖騎士や髭男たちも唖然として動きを止めてしまっていた。


 「本命が来たか」


 アルが吹きすさぶ風の向こうに視線を送る。その先にフード付きのマントを羽織った人間の姿があった。


 「我が魔法に気付くとはよい勘をしておる。それにその右腕の魔狼ガルム……。あのお方が言っておられたのはそなたのようじゃな」


 しわがれた声で男が呟く。


 「俺のことを知っている、となれば先日の件とも関わりがありそうだな。お前をここに送り込んできた奴が今回の襲撃計画の黒幕と考えていいんだろうな?」


 「ほほ、そこまで考えてここに来たわけか。……そなたの言う通りであるかもしれんし、そうではないかもしれん」


 「素直に教える気はないんだろう?あの痩せぎすを殺したのも口封じのためだな?」


 「さてさて、あのお方が楽しみにしておったが、儂が殺してしまっても大丈夫かのう?後で咎められるのは勘弁してもらいところじゃが」


 敵がそう言ってマントを脱ぐ。声のイメージ通りの初老の男で、顔に大きな傷がある。そして左腕には巻きつくように黒い蛇の紋章が浮かび上がっていた。


 「心配するな。お前を殺すのは俺だ」


 「出来るかな?今さっき召喚魔法を放ったばかりであろう。魔獣ビーストの力を使った後で今は体中を激痛が駆け巡っているはず。連発はできまい?」


 「それはお前も同じだろう」


 「そうかな?……闇に蜷局どぐろを巻きしもの。悪意の螺旋をもって我が敵をにえとせん……」


 「何だと!?」


 詠唱を始めた男に驚き、アルがショートソードを抜いて駆けこもうとする。が、男の言う通り召喚魔法を使った後の痛みのせいでいつものような動きが出来ない。


 「黒蛇絞殺巻デス・ワインド!!」


 男の叫びと共に漆黒の蛇が地面から飛び出す。すんでのところで躱し、ショートソードを払うが、手ごたえはない。


 「無駄じゃ。召喚されし魔物を物理攻撃で倒せぬことはそなたもよく知っておろう」


 「魔蟲バグならまだしも魔爬虫レプタイル級の召喚魔法を連続詠唱とは。俺より命知らずのようだな」


 「くく、貴様のような子供とは覚悟が違うのじゃよ。すでに痛みなど超越しておる」


 「ボケて痛覚が鈍くなっているだけだろう、爺さん」


 「口先だけは達者じゃのう。ほれ、そんな無駄口を聞いていてよいのか?」


 男の言う通り、攻撃をかわされた魔の蛇は一度地面に潜った後、また宙に飛び上がり、アルを狙う。


 「ちっ、追尾攻撃の魔法か。厄介だな」


 「威力ではそなたの魔狼ガルムに及ばぬかもしれんが、応用の範囲は遥かに広い。一度放たれれば獲物を捕らえるまで追い続ける。逃げられはせん」


 「やむを得ん。こっちも覚悟を決めるしかなさそうだ」


 アルはそう言って蛇の攻撃を躱しながら呪文を詠唱する。


 「我が手に宿りし魔界の獣よ。我が意に応え我に仇なすものを漆黒の牙にて喰らえ」


 「ほう、放つ気か」


 「いけません!」


 まさに魔法を解放しようとしたその時、凛とした声が響く。視線を向けると倒れた幌からアリエルが外へ出てアルの方を見つめている。


 「ほう、標的が向こうから出てきてくれたわ」


 「引っ込んでろ!こいつらの狙いはお前なんだぞ!」


 「私のために見も知らぬ方を犠牲には出来ません。まして魔界の召喚魔法など、己の身をおろそかにするような真似を見過ごすわけには……」


 「全く、聖女ってやつは!」


 「くく、いやいや流石は神の御使い。儂らのような者にまで慈悲を与えようとおっしゃるのですかな?」


 「貴様にかける慈悲などあるか!」


 いきなり背後で声が響き、男が振り向……こうとした。が、それより早く、聖騎士の一人が突き出した剣がその胸を背後から刺し貫く。


 「があっ!」


 「俺と聖女に気を取られて注意が散漫になったな。強がってはいても魔法の連発で痛みが走っていたのもあるだろうがな」


 「ふ、不覚。聖騎士が近づいているのに気付いて自分に意識を向けさせたか。聖女と思うて油断したわ」


 「わ、私はそんなつもりでは……」


 アリエルが青い顔で震えながら呟く。


 「そうだろうな。俺は気付いていたが、この聖女様はそんなことは考えていなかったろうよ」


 「ふ、まったく、調子が……狂う……わ」


 男はそう言って地面に倒れた。荒れた大地が同じ色の血を吸っていく。それと同時に放たれた黒蛇も煙のように消えていった。


 「いくら暴漢とはいえ、後ろから人を刺すとは聖騎士にあるまじき行い。これは神の教えに背くことですよ」


 アリエルの言葉に男を刺した聖騎士が膝を付いて首を垂れる。


 「申し訳ございません。しかし我らの任務は大司教様の警護。大司教様の命を狙う者は放っては置けません」


 「そういうことだ。神の教えも大事だろうが、自分の命も大切にすることだな。さて、残りはあの髭だけか」


 アルが砂の吹きすさぶ無効を見つめて言う。視線の先では聖騎士の隊長がまだ何とか髭男の猛攻に耐えていた。他のビッグサムの手下はあらかた他の聖騎士が制圧したようだ。


 「こいつに口を割らせることが出来なくなった以上、あいつを捕まえるしかないな。まあ大したことは知らんだろうが」


 アルはそう言って走り出す。痛みは大分和らいできている。


 「くっ!思った以上に耐えおる!」


 大剣を振るい続ける髭男がイラつきながら吐き捨てるように言う。さすがに体力が尽きてきている。さらに他の襲撃者を撃退した聖騎士たちが加勢にはせ参じようとしていた。そこにアルが駆け込んでくる。


 「ええい!鬱陶しい!」


 隊長を仕留めようと渾身の力で大剣を振り上げる髭男。しかし疲れが出てきた状態でその大振りの構えはアルにとっては隙だらけといってよかった。


 「はあっ!」


 髭男が大剣を振り下ろす前にアルのショートソードがその右腕の腱を切りつけた。飛び散る血と共に髭男の顔が歪む。


 「ぐうっ!」


 傷ついた腕で重い剣を持ち続けることは到底無理である。大剣は男の背後に音を立てて落ち、間髪入れずアルが男のみぞおちに拳を叩きつける。


 「がはっ!」


 九の字に崩れ落ちる髭男。その身柄を駆けつけた聖騎士たちが捕縛する。


 「きつく縛っておけ!少年、誰かは存ぜぬが協力に感謝する」


 隊長が息をついてアルに礼を述べる。


 「礼はいらん。契約で助けたまでだ」


 「契約?」


 「町に戻ってから聞け。それより早く聖女様を助けたらどうだ?この砂嵐ハーブーブの中を歩かせるのはきつかろう」


 「お、おお。そうだな。アリエル様!ご無事ですか!?」


 隊長が呆然と立ち尽くすアリエルの元に向かう。


 「私は大丈夫です。それよりハンス司祭を」


 アリエルの言葉に隊長が馬を下り、幌の中からハンスを連れ出す。


 「ハンス司祭!しっかりしてください」


 「う、うう……」


 「よかった。息がある。誰か!町へ行き、応援を呼んで来い!聖騎士団の詰所へ知らせるんだ!襲撃者たちを護送する馬車も出させろ!」


 隊長が叫び、聖騎士の一人が馬を走らせる。


 「アリエル様、とりあえず私の馬の後ろにお乗りください。このまま町へお送りいたします」


 「ですが……」


 「いいから言う通りにしろ。敵がまだいないとも限らん。奴らの狙いがあんただということを忘れるな」


 アルの言葉にアリエルは少し悲しい顔をして頷き、隊長の馬の後ろに跨った。

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