第14話 ユリナ、困惑する
「アル!まさか……ダメです!」
右腕の包帯に手を掛けたアルにエーリファが叫ぶ。
「止めるな。こいつに関わっている暇はない」
「ダメったらダメです!大体こんなところで魔法を使うつもりですか!」
エーリファは必死の表情で周りを見渡す。アルたちの周囲にはまだやじ馬たちが集まっていた。
「巻き添えになりたくなかったら離れろと警告はした。被害を受けたら自己責任だ」
包帯をするするとほどき、魔獣の召喚紋が浮き出た右手が露わになる。それを見てひょろり男の表情が変わった。
「召喚紋!?しかも
「ほう、知っていたか。お前、
「見たことくらいはな」
「そうか。始末するつもりだったが、訊いておくことが出来たな。命は取らないでいておいてやる」
「ありがたい、とでも言うと思ったか?」
ひょろりはちらりとエーリファの方を見やり、手に持った円刃を投げる。
「エーリファ!」
アルが叫ぶ。回転しながらエーリファに向かって飛んで行った円刃は、その体の手前で何かにぶつかったように止まり、そのまま地面に落下した。
「何?」
ひょろりがまた驚きの表情を見せる。
「焦らすな。
「あら、心配してくれたんですか?アル」
「ふん、怪我でもされてこいつを取り逃がしたら困ると思っただけだ」
「くそっ!」
ひょろりはやけくそのようにもう一つの円刃をアルに向かって投げると、そのまま背を向けて駆け出す。
「待て!」
円刃をショートソードで弾いてアルがひょろりを追う。しかしひょろりは野次馬に紛れ、あっという間にその姿をくらましてしまった。
「くっ!不覚」
アルが歯ぎしりをして悔しがる。
「ええ、っと逃げられちゃいましたね」
エーリファがバツの悪そうな顔で恐る恐る話しかける。
「ああ。せっかくの手掛かりがパーだ」
「ええと……なんかすいません」
「いや、別にお前のせいじゃない。俺の爪が甘かったというだけだ。しかしあいつ気になることを言っていたな。……おい、あのメガネはどこにいる?」
「メガネ?ああ、ユリナですか。さあ。このフランシスの聖教会本部であるエランド中央教会か、聖騎士団支部でしょうか?」
「地図はあるか?」
「あ、持ってますよ」
エーリファは懐からこの町の地図を取り出す。
「少し借りるぞ。それからこの先の西部教会にティアという少女が逃げ込んでいるはずだ。お前たちの方で保護しておいてくれ」
「ティアちゃん、ですか?」
「この町の組織に狙われている。くれぐれも奴らに攫われるな」
「わ、分かりました」
アルの真剣な口調に気圧されながらエーリファが頷く。アルは地図を見ながらとりあえず中央教会に向かって走り出した。
結果的にアルの判断は正解だった。中央教会の入口で彼はユリナとばったり出会ったのだ。
「アルさん!よかった。ホテルにいないのでどうやって連絡を取ろうかと……」
「何があった?」
ユリナの顔を見て只ならぬことが起こったことを察したアルが尋ねる。
「実は先ほど、夜明け前にマストラを出立した行商人と会ったんだけど、彼が言うにはアリエル様たちが今朝早くマストラを出られると言っていたというのよ」
「何?出立は明日のはずじゃなかったのか?」
「ええ。私たちは確かにそう聞いていたのだけど、その行商人の話では確かに出立の準備がされていたって」
「あいつが言っていた本番に間に合わないとはそういう意味か」
「え?」
「早朝にマストラを出たとするとここに着くのはいつくらいになる?」
「馬車の速度にもよるでしょうけど、早ければもうそろそろ着いてもおかしくないかもしれないわね」
「すぐに正門の門番に使いを出せ。誰も町から出すなとな」
「あいつらが動くの!?」
「もう動いてる。俺の潜入は奴らにバレた。さっき襲われたばかりだ」
「何ですって!?」
「お前たちは偽情報を掴まされたんだ。襲撃を邪魔されないようにな」
「そんな!聖都からの教会便で連絡があったのよ!?」
「言ったろう、聖教会に内通者がいる。いや、下手をするとそいつが大司教襲撃の指示を出している可能性だってある」
「信じられないわ!そんなこと……」
「事実として大司教は一日早く発ったんだろう。ところでそのビビルーク家の大司教とやらは
「分からないわ。聖女が皆受けているわけじゃないから。私やエーリファたちは
「加護もない聖女など奴らにとっては籠の中の鳥と同じだ。とにかく急げ!俺は聖騎士団を連れて奴らのアジトに乗り込む」
「わ、分かったわ」
ユリナが弾かれたように駆けだす。アルはエーリファに借りた地図を見ながら聖騎士団の詰所へ走った。
『空振りだろうがな』
アルは心の中で呟いた。初めてあの倉庫跡に連れて行かれた時、案内した禿げ頭―ガルドとかいったか―は「二番」と口にしていた。おそらく二つ目のアジトということだろう。アルを取り逃がした今、あそこに奴らがいるとは思えなかった。
「やはりか」
詰所に行き、ユリナの名前を出して数人の聖騎士団を連れだしたアルは倉庫跡で呟いた。思った通り、人っ子一人いない。
「ここがビッグサムのアジトというのは本当なのか?」
聖騎士団の一人が胡散臭そうにアルを見ながら尋ねる。
「ああ。しかしもうここに戻ってくることはないだろうな。急いで正面門に行って怪しい奴らが出ていかないか監視してくれ」
「さっきのお前の言葉を全面的に信用するわけにはいかんが、大司教様のことを知っていたとなるとまんざら出鱈目でもないんだろうな。すでに他の者が向かっている」
「俺も向かう。おそらく襲撃に参加するのはビッグサムの手の物だけじゃないだろうからな」
さっきのひょろり男はそこそこの腕の持ち主だったようだが、正直昨日やり合った感じではビッグサムの手下にはそれほどの手練れがいるようには思えなかった。もう一人のムキムキがひょろりと同程度以上の腕だったとしても、おそらく精鋭を選んだであろう大司教護衛の聖騎士団を倒せるとは思えない。
『おそらく黒幕が雇った本命がいる』
アルはそう確信していた。もしかしたら自分と同じ召喚者かもしれない。そして教会がらみということは奴の可能性もある。
「ちっ!」
門に向かって走っていたアルの前にいかつい男共が立ちはだかる。ビッグサムの手下だろう。自分の捕獲、あるいは足止めかもしれないが、それに人員を裂く余裕があるということはやはり門での陽動は必要はないということか。下手をすると襲撃部隊はもう町を出てしまっているかもしれない。
「どけ!」
得物を振りかざして襲ってくる男たちをショートソードで薙ぎ払う。全員アルの敵ではない雑魚ばかりだ。しかしそれは裏を返せば腕の立つ連中は襲撃部隊の方に配属されている可能性が高いことを示している。
「くそっ!間に合え」
別に大司教を助ける義理はないが、奴が出てくる可能性が僅かでもあるのなら行かないわけにはいかない。アルはスピードを上げて正面門に向かった。
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