第13話 アル、急襲される

 「早く!」


 ティアは脇目も振らず人一人がやっと通れるような路地を駆けていく。アルはその後を追って走った。さらに背後からはゼグたちが追って来ている。


 「待ちやがれ!」


 男たちの怒号が響く。この狭い路地で召喚魔法を放てば追っ手は一網打尽に出来るだろう。しかし包帯の巻かれた右腕に目をやったアルは何故かそれをためらった。


 『ちっ、まさかあのお節介の言葉を気にしてるんじゃないだろうな』


エーリファの顔が脳裏をよぎったことに自分で驚きながらアルは心の中で呟く。


 「ええ、っと、こっちへ!」


しばらく走り少し広い道に出たティアが左右を見渡し、左手を差す。続いて飛び出したアルは今出てきた路地の横に木箱が積まれているのを見つけ、それを路地の出口を塞ぐように崩す。


 「早く!」


 急かすティアに付いて再び走り出す。背後から出口を塞がれた男たちの怒号が聞こえる。少しは時間が稼げるだろう。


 「ふう」


 再び細い路地に入ってしばらく進んだティアはくすんだ壁の建物の裏口らしきドアを開け、中を見渡してから足を踏み入れる。中は暗く、人の気配はない。


 「少し前に潰れた店なんだ。ゼグたちもここのことは知らないはずだから、静かにしてれば見つからないよ」


 ティアはそう言って埃をかぶった椅子に腰かける。曇りガラスの窓から差し込む僅かな光を頼りにアルもそれに続いた。


 「どうして俺を助けた?」


 アルの問いにティアは少し戸惑ったような顔をし、目を伏せる。


 「あ、あの……昨日私のために怒ってくれたでしょ。あんなことしてくれた人初めてだったから嬉しかったんだ。で、昨夜ゼグたちがあなたを捕まえて尋問するって言ってたのを聞いちゃって……放っておけなくて」


 「だからってビッグサムを裏切るような真似をしてどうする?このままじゃお前、奴らの所には戻れないぞ」


 「そ、そうだよね。……この町でボスに睨まれたら生きていけないもん」


 「それが分かっててわざわざ俺を助けたのか?もう少し後先考えて行動しろ」


 「うう……」


 「とは言ってもお前のお蔭で助かったのは事実だ。礼は言っておく」


 「う、うん」


 ティアの顔がようやく少し明るくなった。


 「さて、これからどうするかだな。とりあえずお前、ここ以外にどこか行く当てはあるのか?」


 「ううん。私は物心ついたときからここで暮らしてきたから。他に行く当てなんて……」


 「家族はいないのか?」


 「私、捨て子だったの。両親の顔も知らない。スリの親方に拾われて技を仕込まれたの。親方はボスの部下だったんだけど、私の腕をボスが気に入ってくれて、ファミリーに入ったんだ」


 「俺と同じか」


 「え?」


 アルの呟きにティアが怪訝な顔をする。


 「何でもない。その親方はどうした?」


 「病気で死んじゃった。去年」


 「そうか……」


 アルは考え込んだ。裏社会の組織でしか生きることが出来なかった少女。しかも昨日の仕打ちを見てもお世辞にもまともな扱いを受けて来たとは思えない。他人に同情するような心など持ちあわせていないと思っていたアルだったが、一度優しくしてやっただけの自分のために組織を裏切るような危険な真似をしたティアをこのままにしておくわけにはいかないと考えていた。


 「お前、スリから足を洗う気はあるか?」


 「え?わ、私今までそれしかやってこなかったし、スリをやめたらどうやって生きていっていいか分かんないよ」


 「どちらにしろもうここでスリは出来んだろう。のこのこ戻れば昨日のような折檻で済むはずもない。下手をすれば殺されるぞ」


 「そ、それはそう、だけど……」


 「助けてもらった人間を見殺しにするのは俺も寝覚めが悪い。お前を奴らに渡すわけにはいかんからな。……気は進まんがあいつらの手を借りるしかないか」


 「あいつら?」


 「とにかくここから出て味方に接触しなければな。時間が経てば奴らも俺たちの捜索に人数を出してくるだろう」


 「もうこの辺りは包囲されてると思うよ」


 「だろうな。ここの表のドアは何処に出るんだ?」


 「西の大通りだよ」


 「この時間なら人出も多いだろう。そこまで手荒な真似もしにくいはずだ。ここから一番近い教会はどこだ?」


 「教会?う~ん、西部教会かな。大通りの先を曲がってしばらく行ったとこ」


 「どれくらいで行ける?」


 「走れば10分くらいかな」


 「決まりだ。出るぞ」


 アルは表側のドアに近づき、慎重に外の様子を伺う。細く開けたドアの向こうにはたくさんの人間が往来しており、変わった様子は見られない。少しずつドアを大きく開き辺りを見渡したアルは不審な人物がいないことを確かめてティアを手招きした。


 「行くぞ。教会まで走れ!」


 アルの言葉に頷き、ティアがドアから飛び出す。それにぴったりと付き、周囲に目を配りながら怪しい人間を警戒するアルが続く。


 「ちっ、見るからに怪しい野郎が何人もいやがるな」


 アルが呟くのを聞いていたかのように、通りの向こう側で男が一人、こちらを指差す。隣の男が頷き、二人でこちらに駆けよってきた。


 「ティア、止まるな!」


 アルが小さく叫び、腰のショートソードに手を掛ける。得物を抜いて襲いかかる二人の男に素早く剣を振りぬき、それを叩き落とした。


 「がっ!」


 悲鳴を上げてうずくまる二人に通行人の視線が集まる。その間にもアルとティアは走り続けた。


 「あそこの角を右!」


 ティアが行く先のT字路を指差す。その瞬間、殺気を感じたアルが地を蹴り、ティアの前に飛びだした。


 ガキッ!


 「ふええっ!?」


 円形の金属板がショートソードに弾かれ地面に落ちる。目の前に突き刺さったその物体を見てティアが腰を抜かしたようにへたり込む。円盤の外側は鋭い刃になっているようだ。


 「俺の円斬刃サークルエッジを弾くとは中々やるな」


 そう言ってぬらりと現れたのは先ほど倉庫にいたひょろりとした男だった。手には今弾かれたものと同じ円形の金属板を持っている。


 「貴様か。どうやら俺の始末を依頼されたらしいな」


 「ああ。本番の方に遅れちゃ洒落にならんからな。さっさと片付けさせてもらう」


 「本番?聖女の襲撃は明日だろう」


 「ああ、そうか。口が滑ったな。まあいい、ここで始末すれば同じことだ」


  ひょろり男はそう言って両手で金属板を投げる。二枚の鋭い円刃が回転しながらやや時間差をもって左右からアルに迫った。


 「ティア、伏せてろ!」


 アルが叫んで右から来た円刃をショートソードで弾く。が、やや遅れて飛んできた左側の円刃は迎撃が間に合わず、左肩を掠める。


 「ちっ!」


 「きゃああっ!!」


 鮮血が飛び散り、ティアが悲鳴を上げる。アルの左肩を切り裂いた円刃は弧を描きブーメランのようにひょろり男の元に戻っていった。


 「な、何だ何だ!?」


 ティアの悲鳴を聞いた通行人がざわざわと騒ぎ出す。肩から血を流すアルを見て、悲鳴を上げる女性もいた。


 「ふん、さすがに大通りの真ん中では人目に付くな」


 ひょろりが舌打ちし、戻ってきた円刃を器用に片手で受け止める。


 「ティア、通行人が騒いでいる間に走って教会まで逃げろ。こいつは俺が足止めする」


 傷口を押さえながらアルがティアに囁く。


 「で、でも……」


 「いいから言うとおりにしろ。正直お前を庇ってやる余裕がない。うろうろされると気が散る」


 アルの言葉に悲しそうな顔をするティアだったが、小さく頷くと立ち上がり、そのまま駆け出す。


 「むっ?逃げるか。まあいい、俺の仕事はお前の確保、もしくは始末だ」


 ひょろりが薄笑いを浮かべ、円刃を構える。


 「お前ら、巻き添えを喰らいたくなかったら俺から離れてろ!」


 ティアが周りで騒ぐ人波に紛れて逃げたのを確認し、アルが叫ぶ。悲鳴を上げながら皆が後ずさった。


 「さて、次は足を止めさせてもらうか」


 ひょろりがそう言って投擲体勢を取る。アルは痛む左肩を押さえながらショートソードを構えた。


 「何をしてるんですか!やめて下さい!」


 今まさに円刃が放たれようとしたその時、女性の声が響いた。その迫力にひょろりの動きが止まる。


 「お、お前!」


 声の方を見たアルは思わず叫んだ。声の主はエーリファだったのだ。


 「天下の往来でそのような危険なものを投げるなど、神の教えに反します!すぐにやめてください!……ってアルじゃないですか!大丈夫ですか!?」


 「……バカ」


 アルは思わず頭を抱えそうになった。せっかく偽名で潜入したのにこれでは意味がないではないか。まあこいつは俺の潜入を知らなかっただろうし、知っていたとしてもそういう機転を期待する方が間違っているだろうが。


 「ほう、お前、この聖女と知り合いか。ということはお前の雇い主は聖教会か」


 案の定、あっさりバレた。仕方ない。俺が内通者なのはもう分かっているし、今更それを知られても大きな差はないだろう。アルはそう前向きに考え、意識を集中する。


 「どちらにせよ、こいつはここで仕留める」


 アルはそう呟き、ゆっくり右腕の包帯に手をかけた。


 


 


 


 

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