第12話 アル、罠にかかる

 「よく来てくれた」


 翌日、倉庫を再び訪れたアルにビッグサムが手を広げて歓待する素振りを見せる。倉庫内には昨日見なかった顔が三人とゼグが既に来ていた。


 「あと二人雇った奴が来る。少し待っててくれ」


 ビッグサムがそう言うのとほぼ同時に二人の人間が倉庫に入ってくる。


 「遅くなったかな?」


 二人のうちの背の高い方の男がアルたちを見ながら呟く。


 「いや、大丈夫だ。こっちへ来てくれ」


 ビッグサムに促され、アルたちはソファに腰掛けた。アルは横目で隣の二人を観察する。背の高い方は窪んだ目とこけた頬、顔色の悪さが陰気な雰囲気を与えるひょろりとした男で、髪が肩まで無造作に伸びている。見た目は三十代くらいに見えるが、案外もう少し若いのかもしれない。もう一人は筋肉質のがっちりした体をして髪をオールバックで固めている。整えられた口ひげと鋭い眼光が目を引いた。歳は四十代だろうか。


 「改めて言っとくが、仕事の話を聞いたらもう降りることは許せねえ。無論口外も禁止だ。いいな?」


 「もったいぶってないでさっさと話せ」


 ひげの方がぶっきらぼうに言う。


 「ボスに生意気な口をきくんじゃねえ!」


 ビッグサムの傍に立つ男の一人が言う。昨日アルが叩きのめした連中の代わりの取り巻きだろう。


 「それじゃ単刀直入に言う。あんたらには明日、町の外で馬車の一団を襲ってもらう。聖騎士団の護衛が付いているが、そいつらを蹴散らして馬車の中の人間を襲ってもらいたい」


 『当たりだな』


 アルは心の中で呟く。


 「聖騎士団の護衛付きの馬車を襲えだって?」


 アルが驚いたふうに叫ぶ。


 「そうだ。町に入る前にな」


 「襲えというのは中の人間を殺せという意味か?」


 ひょろりとした方が訊く。


 「ああ。少なくとも修道服を着た女は殺してくれ」


 「聖女を殺せというのか?」


 アルの質問にビッグサムが頷く。


 「まさか敬虔な信徒だから聖女は殺せないとかいうんじゃないだろうな?坊主」


 ひげがあざ笑うように言う。


 「ふん、神の教えなど生まれる前に母親の胎内に捨ててきた」


 「なら結構。だがまさかこの三人だけで聖騎士団と渡りあえっていうんじゃあるまいな?」


 「心配するな。俺の部下も一緒だ。総勢三十名にはなる」


 「護衛の数は?」


 「多くても五、六人だろう」


 「聖騎士団の護衛付きということはその聖女、かなりの立場と考えていいのか?」


 アルが鎌をかけるように尋ねる。


 「詳しいことを知る必要はない。あんたらはただ標的を殺してくれればいい」


 「分かった。だがそれなりの立場の人間ならこの町の聖騎士団も警戒しているだろう。馬車が来る前にそう簡単に町から出られるとは思えんが」


 「流石鋭いな。だから俺の部下が正面門の近くで騒ぎを起こす。門の護衛番の注意をひきつけている間に外に出てくれ」


 『そういうことか。俺たちが陽動かと思ったが、さらにその陽動を用意していたか』


 「で、その聖女を殺した後はどうするんだ?町に戻れば捕まえてくれと言ってるようなもんじゃねえか」


 ひょろりが顔をしかめる。


 「混乱に乗じて用意した馬車を数台出す。それに乗って隣町に逃げてくれ」


 「だが後であんたが捕まるだろう」


 「襲撃に参加させる部下はこの町の聖騎士団に顔が割れて無い奴を選ぶ。門近くで起こす騒ぎに関しちゃ何か言われるだろうが、聖女殺しについちゃオトボケを決め込むさ。自警団にもつてはあるしな」


 「まあ俺たちが心配する義理はないが」


 「とにかく聖教会の連絡が届く前に隣町に逃げ込んでトンズラしてくれ。報酬は馬車に積んでおく」


 「きちんと払ってもらえるんだろうな?」


 ひげが鋭い目でビッグサムを睨む。


 「無論だ。これから前金も渡す」


 「そいつはありがたい。宿代が心許なくてな」


 ひょろりが陰気な笑いを浮かべる。


 「万が一にも疑いをもたれないよう明日は直接町の正面門に向かってくれ。騒ぎが起きたら外へ強行突破して馬車を襲う。いいな?」


 「その聖女の一団がいつ来るのか分かってるのか?」

 

 「町の高台に見張りを置いている。砂嵐ハーブーブで視界は悪いだろうが、さすがに近くまで来れば分かるさ」


 「分かった。だがいくらなんでも朝からずっと門の前で待ってろと言うんじゃないだろうな?」


 「少なくとも来るのは夕方だ。陽が傾き始めてからでいい」


 「そうか」


 「じゃあとりあえず前金を渡す。今日は美味いもんでも食ってくれ」


 取り巻きが皮袋をアルたち三人に手渡す。そこそこの重みがあった。


 「それじゃよろしく頼む。期待してるぜ」


 前金を受け取った三人は頷いて席を立つ。倉庫から出て行こうとしたアルにゼグが声を掛けた。


 「ちょっと待ってくれ。坊主、お前には明日の本番の前に一つ別の仕事を頼みたい」


 「俺に?他の二人は解放なのに俺だけ仕事をさせるのは納得いかん」


 「その分、お前さんの前金は他の二人より多くしてある。何、簡単な仕事だ」


 「ならお前たちで事足りるだろう」


 「俺たちは顔が割れてるからな。明日の襲撃に参加する奴も聖騎士団に目を付けられたくないんでね」


 「明日ここを去る俺がうってつけというわけか」


 「ああ。俺たちが関わってると知られたくないことなんでな」


 「殺しか?」


 「いや、ある物を奪ってもらうだけだ。行きずりの強盗に見せかけてもらいたい」


 「ふん、まあそれくらいならいいだろう」


 ゼグは満足げに頷き、アルを案内すると言って倉庫を出る。裏路地を進むことしばし、どんどんと人気のない場所に向かっているような感じがした。


 「こんなところに誰か来るのか?」


 不審に思ったアルがゼグに尋ねる。


 「もう少しだ。ほら、あそこ」


 ゼグが指差す先に一人の男が立っている。こちらに背を向けているので顔は分からないが、まだ若そうだ。


 「あいつか?」


 「ああ。近づいて懐の書類を奪ってくれ」


 アルは何か違和感を覚えながらもゼグの言う通り男に近づいていく。もう少しで手が届くという距離まで来たとき、ふいに周囲に強い殺気を感じた。反射的に振り返ったアルの目にナイフを構えたゼグの姿が映る。同時に周りの物陰から数名の男がわらわらと出てくる。


 「ちっ、さすがに鋭いな」


 ゼグが舌打ちをして合図をする。男たちがアルを囲むように散開し、各々武器を取り出す。


 「何の真似だ?」


 アルがショートソードに手を掛ける。と、背後から強い殺気を感じた。反応して振り向く前にアルはさっき近づいていった男に羽交い絞めにされる。


 「ぐっ!騙したな!?」


 「それはお互い様だろう。貴様、どこの手のものだ?」


 ゼグが近づきながら尋ねる。


 「何の話だ?」


 「とぼけるな。上手く誤魔化したつもりだろうがやりすぎたな。俺たちはここらを取りしきってるんだぜ。表も裏もこの町のことはよく知ってる。お前、最初に入った宿で1500マナはぼったくりだと言ったそうじゃないか」


 「それがどうした?」


 「お前を尾行していた奴がいたことには気づいていたんだろう?そいつに思い出させたのさ。お前が入った宿をな。お前は最終的にファンクル・ホテルに泊まった。あそこは確かに一泊1200マナだ。ただし……」


 ゼグがナイフをアルに付きつけ薄笑いを浮かべる。


 「


 「何?」


 「あそこは常連客を大事にするホテルだ。飛び込みの客はお前が最初に入った宿と同じく1500マナを取られる。そしてお前が二番目に入った宿の料金は1400マナだ。おかしいじゃないか。1500マナをぼったくりだと言いながら1400マナの宿に泊まらず同じ額のホテルに泊まるというのは理屈に合わないだろう?つまりお前は最初からファンクル・ホテルを予約していたことになる。もしくは誰かが予約していたか、だ」


 そうだったのか。それならそうと教えておいてくれればよかったのに、とアルはユリナに心の中で呟いた。しかしあの時点でユリナはアルがビッグサムに接触しているのを知らなかったのだから無理はない。


 「最初から俺たちを探るつもりで接触したんだろう?誰の命令だ?もしくは依頼か?」


 「お門違いもいいところだ。そもそもティアが俺の財布をスッたからお前らに接触出来たんだろう。それも俺の仕業だとでも言うつもりか?」


 「確かにそいつは偶然だったかもしれんが、お前はその状況を利用したんだろう。最初からボスに狙いを付けていたわけではないのかもしれんが、裏の世界に探りを入れるためにここに来たんじゃないのか?お前は聖女襲撃計画を知っていたんだろう?」


 思ったより鋭いな、とアルは舌を巻いた。少々侮っていたようだ。


 「どこから情報を得た?聖騎士団か?」


 「しつこい奴だな。俺がお前たちに接触したのは偶然だ。俺が聖騎士団と繋がってるような男に見えるか?」


 アルは白を切り続けた。ユリナやエーリファのことまで気付かれるわけにはいかない。


 「いつまで白を切り続けられるかな?」


 ゼグがナイフを少し押し込む。アルの喉から血が流れる。


 『ちっ!』


 召喚魔法を詠唱しようかとも思ったが、詠唱が終わるまでこいつらが何もしないわけもないだろう。何とか隙を見て脱出したいが……。アルがそう考えたその時、


 チャリン、チャリン


 石畳に何かが跳ねる音が響いた。ゼグや周囲を取り囲む仲間、そしてアルを羽交い絞めにしている後ろの男の意識がそちらに向く。


 「おい!金貨だ!」


 周囲を取り囲む男の一人が声を上げる。それは確かに金貨だった。それが数枚地面に転がっているのだ。


 「何でこんなとこに?」


 男が金貨を拾おうとする。すると再びチャリンと金貨がその近くに投げ出された。反射的に男たちはそれに気を取られ、アルを羽交い絞めにしていた男の腕も少し緩んでしまった。


 「はっ!」


 その隙を付いてアルが後ろの男に肘打ちを食らわす。男はうめき声を上げてくずおれ、ゼグが慌ててナイフを突き出そうとするが、アルはそれより早く身を引いて脱出した。


 「貴様!」


 ゼグの叫びに金貨に気を取られていた男たちもアルへ意識を戻す。アルはショートソードを抜いて男たちの武器を叩き落とすが、ゼグの素早い動きと仲間の連携で追い詰められていく。


 「こっち!」


 アルが召喚魔法を使うことを考え始めたその時、細い路地から声がして、小さな手がアルを手招いた。アルは反射的にその路地に飛び込む。


 「待ちやがれ!」


 男たちの怒号を背に路地を進もうとしたアルの眼前に意外な人物が立っていた。


 「お前……」


 「早く!こっちだよ」


 ティアはそう言ってアルの前を駆け出した。

 

 


 


 


 


 

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