第11話 アル、尾行者を謀る

 倉庫を出たアルは辺りを見渡し、風景を確認する。何しろ始めてくる場所だ。明日来ようとしたら道に迷ったというのではシャレにならない。


 『俺の勘が正しければ奴が言う仕事とはおそらく……」


 ティアに会ったのは偶然だが、運が向いているようだ、とアルは思った。後はどうやってビッグサムの後ろにいる黒幕までたどり着くかだが。


 「ん?」


 帰り道を確認しながら歩いていると、不穏な気配がした。振り返ることなく立ち止まり、街路図の看板を見るふりをする。


 『尾行さつけられているな……』


 自分を追っている人間の存在に気付き、アルは逡巡した。いくら腕の立つ人間が急に必要だと言っても身元の分からない奴を完全に信用するほどあのビッグサムは間抜けではあるまい。後を付けて不審な点がないか探ろうとするのは当然だ。このままユリナが取ったホテルに向かうつもりだったが、少し考える必要がありそうだ。


 「さて」


 とりあえずユリナが言っていたファンクル・ホテルは町の西らしいし、そちらに向かいながら追っ手をごまかすしかないな、とアルは考えをめぐらす。風来坊だと言っていた自分が迷いなく宿に入ったら警戒されるかもしれない。


 「ふむ」


 アルはとりあえず歩きながら目に付いたホテルに足を踏み入れると、尾行している人間がホテル内に入らず入り口付近で様子を伺っていることを確認し、受付で適当な会話をする。それからロビーを出ると、視線を送らないよう注意しながら視界の端で尾行者を捉えた。小柄な男だ。ビッグサムの部下なのは間違いないだろう。


 「ちっ、一泊1500マナとかぼったくりだろ」


 わざと尾行者に聞こえるように独り言ちる。そのまま空を見上げてため息を吐き、ゆっくりとまた歩き出した。案の定、尾行している小男はまだ付いてくる。


 『本命のファンクル・ホテルに着けなくちゃシャレにならんからな』


 あちこちの道案内の看板に目をやりながらファンクル・ホテルの場所を確認し、また途中の別の宿に入る。またも値段が折り合わない風を装いながらそこを出ると、わざとらしく革袋を取り出して残金を確認するふりをした。


 「前金をもらっておくんだったぜ」


 またも聞こえるように独り言ち、歩き出す。自然に見えるよう西に進み、目当てのファンクル・ホテルに到着した。思っていたより綺麗な宿だ。


 「アルマ―・ガルムスだ。予約が入っているはずだが」


 受付で名乗ると、対応した女性が「承っております」と営業スマイルを向ける。


 「ここは部外者に宿泊客のことを話したりはしないだろうな?」


 「勿論でございます。お客様のプライバシーを口外するような真似は決して致しません」


 「ならいい。ついでに頼みがあるんだが、もしこの後俺のことを訊きに来る奴がいたら、俺は予約ではなく飛び込みの客だと答えてくれ」


 「はあ?」


 「名前などは明かせないで通るだろうが、それくらいは答えても支障がないだろうと言われるかもしれんからな。いいか?」


 「は、はい。かしこまりました」


 アルはそれを聞いて頷き、ユリナが手配した部屋を確認した。二階の端の部屋らしい。


 「じゃあ頼む」


 ロビーから階段に向かい、二階に上がったところで身を隠して様子を伺うと、案の定尾行してきた男が入って来て受付の女性に何やら話しかける。短い応答の後、男は出て行った。疑っていたような様子は見られない。


 「よし」


 アルはそれを見届けてから自分の部屋に向かった。廊下の突き当りで、隣には非常口があり、外階段に続いているようだ。中はそこそこの広さがあり、トイレも個別に付いている。


 「久々にまともな所で寝られそうだ」


 荷物を下ろし、アルはベッドに横になった。




 どれくらい経っただろう。いつの間にかうたた寝していたようだ。ドアをノックする音で目が覚めたのだ。


 「誰だ?」


 緊張しながらドアの横に立つ。いつでも抜けるようショートソードに手を添える。


 「私よ、ユリーネス」


 緊張を解き、ゆっくりドアを開く。ユリナが何も言わず部屋に足を踏み入れた。修道服ではなく、地味なシャツとスカート姿だ。


 「直接会いに来るとは迂闊じゃないか?」


 「心配しなくても周囲には気を付けたわ。それに入って来たのはロビーからじゃなく、隣の外階段からよ」


 「最初からそのためにこの部屋を指定したか」


 「ええ。ここは私が諜報活動をするときに使っているホテルよ。無論非公式にね。知ってるのはオーナーだけ」


 「そんなことまで話して大丈夫なのか?」


 「あんたに依頼したのは私の独断だし、本来ならその時点で教義審判にかけられてもおかしくない立場だもの。ここまで来たら同じことよ」


 「肝が据わっているな。気に行った」


 「お褒めにあずかり光栄だわ」

 

 「皮肉もうまいな。あのお節介は一緒じゃないのか?」


 「エリーは必要以上に騒がしくて目立つから。こういう時連れてくるのはリスクでしかないわ」


 「同感だな。さすが同僚だ」


 「で、どのあたりから聞きこむつもり?」


 「聞きこむも何も向こうからやって来てくれた」


 「え?」


 アルはティアに財布をスラれそうになったところからビッグサムに雇われたことまでを簡潔に話す。


 「凄いわね。もうそんなことになってるの?思った以上にいい腕ね」


 「ティアにあったのは偶然だがな。運がよかった」


 「それにしてもビッグサムか。確かに彼はここら辺の裏社会を牛耳るボスよ。その彼に命令を下すとなると、かなりの大物ね。あんたの見立て通り例の大司教様襲撃のための人集めと見てよさそうね」


 「ああ。しかし大司教には当然聖騎士団が護衛についてるんだろう?」


 「勿論よ。それも聖都から派遣された選抜部隊が付くはず」


 「そいつらを向こうに回して大司教を襲おうというんだ。言っちゃなんだがさっき見たビッグサムの手下なんぞが何人いようが歯が立つまい」


 「だから腕利きを集めているんじゃ?」


 「にしてもその黒幕がビッグサムのことをよく知っているならそうそう腕の立つならず者を早急に集められるとは思っていないんじゃないか?」


 「どういうこと?」


 「ビッグサムの手の者は数合わせの陽動か、盾替わりにしか思ってないのかもしれん。本気で大司教を襲うつもりならそれなりの腕の奴を自分で揃えると考える方が自然だ」


 「あなたたちは護衛の目を引き付けるための囮ということか」


 「ビッグサムの手下が派手に暴れればやつらに大司教襲撃の罪をなすりつけることも出来るだろうしな」


 「そうなると厄介ね。聖騎士団に対抗できる腕利きが向こうには複数いる可能性があるということか」


 「明日仕事の話をすると言っていたが、黒幕の用意した奴らは来ないだろう。本番まで来ないかもしれん」


 「襲撃のその場を押さえる必要があるわね」


 「大司教が来るのはいつだ?」


 「明後日の予定よ。朝早くマストラを発って夕方に着くらしいわ」


 「マストラで襲われる危険はないのか?」


 「私が情報を得た時点ですでにマストラには聖騎士団が派遣されていたし、現に今日までマストラで変事が起きたという報告はないわ」


 「ふん。そのアリエルとかいう娘が大司教に任命されたのは最近なんだな?」


 「ええ。確かつい一週間くらい前よ」


 「マストラで襲うには時間がなさ過ぎたか。ならやはり襲撃はマストラを出た後。それもこのフランシスに入る直前だろうな」


 「どうして?」


 「町に入ってしまえば聖騎士団も自警団も大勢いるし、そもそも人が多くてやりづらい。かといって砂嵐ハーブーブの強いこの時期待ち伏せして途中で襲うのはリスクが高い。町に入る直前なら砂嵐ハーブーブに紛れて近づくのはたやすいし、隙も突けるだろう」


 「護衛の数も限られているしね」


 「明後日の夕方、町を出る奴に注意するよう聖騎士団に言っておけ」


 「分かったわ。入り口の検問を強化しましょう」


 「向こうもそれくらいは考えていると思うがな。どういう手で来るか……」


 「それを探ってもらうためにあなたに依頼したのよ」


 「ふん、宿代くらいは働いてやるさ」

 

 アルはそう言ってショートソードに手をやった。




 「怪しい動きはなかったんだな?」


 ビッグサムの問いに、アルを尾けていた小男は頷く。


 「宿を探していたようですが、値段が高かったようで、三件目でやっと決めました」


 「どうしてそう思う?」


 「最初の宿を出た時に文句を言ってましたから。1500マナはぼったくりだと」


 「それで結局奴はどこに泊まってるんだ?」


 パブでアルとやり合ったゼグが尋ねる。


 「西のファンクル・ホテルです」


 「ファンクル・ホテル?確かか?」


 「へい」


 「何か気になることでもあるのか?ゼグ」


 ビッグサムが怪訝な顔をする。


 「いえ、ちょっと……」


 ゼグは顎に手をやり、思案気な顔で何かをぶつぶつと呟いた。

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