第10話 アル、潜入する
少女がアルを案内したのは表通りから一本奥に入った路地の一角にある、ひっそり営業している感じの店だった。軽食と酒を出すパブのような形式らしい。
「お、こんな早くに珍しいなティア。腹が減ったか?」
でっぷりと突き出した太鼓腹の親父が少女に声を掛ける。禿頭にタオルを巻き、白い前掛けをしているところを見るとこの店のマスターか何かだろう。
「はは、ちょ、ちょっとね。……うちの連中はいないか」
ティアと呼ばれた少女は店を見回し、落胆の色を浮かべる。
「いや、そうでもないようだぞ」
「え?」
アルがそう言うのと同時に素早くショートソードを抜く。その切っ先がいつの間にかすぐ背後に立っていた男の腰に当てられるのと、その男が持ったナイフがアルの喉元に当てられるのはほぼ同時だった。
「ほう、俺の気配に気づくとは中々やるな」
ナイフを握った男が薄笑いを浮かべる。歳はアルより少し上か。無造作に伸ばした髪を後ろで束ね、その頬には大きな傷跡がある。
「お前こそ俺が抜くのと同時にナイフを喉元まで当てるとは中々素早いな」
「何者だ?なぜそんな殺気を放ちながらティアとここに来た」
「このガキの仲間か。丁度いい。こいつが俺の財布をスリやがったんでな」
「落とし前を付けろとでも?失敗するようなドジのためにしてやることなんかねえぜ」
男がティアを睨みながら言う。
「うう、ひどいよゼグ」
「うるせえ!仕事に失敗した上にどこの馬の骨とも知れねえ奴を連れてきやがって。ボスに知られたらどうする気だ!?」
「そのボスとやらに用があるから案内してもらったのさ。どうだ、俺を仲間に入れてくれないか?」
「何だと?」
「食い扶持を探して彷徨ってるんだが、上手い話がなくてな。ここならでかい町だし、それなりに仕事があるんじゃないかと思ってな」
「仕事が欲しけりゃ役所か教会にでも行きな」
「笑わせるなよ。俺がお前らと同類だってのはすぐ分かっただろう?」
「そういうことか。確かに腕は立ちそうだが、身元のはっきりしない奴をいきなり仲間に出来るわけがねえだろう」
「まあそうだろうな。だからボスとやらに連絡してほしいのさ。面接希望ってやつだ」
「ふざけた野郎だ。で、お前は何が出来る?」
「剣の腕はちっとばかり自信がある。簡単な錠前破りもよくやってるな」
「人をバラしたことはあるのか?」
「まあな。お前ら、そんなことまでやってるのか?」
「時と場合によりけりだ。……丁度ボスが人を集めたがってからな。話くらいはしてやってもいい」
「恩に着る」
「ならそろそろそのショートソードを引っ込めてくれねえか」
「お前が喉元のナイフを仕舞ってくれたらな」
ゼグと呼ばれた男は舌打ちをしてナイフを引く。それに合わせてアルがショートソードを鞘に戻した。
「ティア、お前がボスの所に行って知らせて来い。俺はこいつを見張っている」
「わ、分かった」
ティアがアルを怖そうに見つめながらそそくさと店を出ていく。アルはふん、と鼻を鳴らして店のカウンター席に腰を下ろした。
「茶をもらおう」
「ストレートでいいかい?」
マスターの問いに無言で頷くアル。その隣の席に警戒しながらゼグが座る。
「お前らはこのフランシスを縄張りにしているのか?」
「余計なことは訊くな。ボスの許しが出るまでは一切何も話さん」
「つれないな。まあ男と話しても面白くはないが」
アルはぶっきらぼうに言って出された紅茶を口に運ぶ。
「良い茶葉だ。見た目よりまともな店のようだな」
「見た目よりとはご挨拶だな、兄ちゃん」
マスターがぎろりと睨む。
「怒るなよ。褒めてるのさ。さっきのやり取りを見ても何も言わないってことはあんたもこいつらの一味ってことか」
「言ったはずだ。余計なことは訊くなとな」
ゼグが鋭い目で睨み、アルは肩をすくめてまた茶をすする。
『さて、うまいこと潜り込めればいいが』
心の中でそう呟き、しばらく待っていると筋肉隆々の禿頭の男がやって来た。その人影を見た瞬間アルに緊張が走ったが、すぐ目当ての人間ではないと悟り、平静を装う。
「ゼグ、こいつか。お頭に会いてえってのは」
ガラガラの声で禿げ頭が言う。
「ああ。ふざけた野郎だが腕は立つようだ」
「お頭が会うとおっしゃってる。二番だ」
「分かった。よかったな坊主。ボスがお会いして下さるとよ」
「ありがたい。案内してくれるんだろうな?」
「俺が案内する。付いて来い」
禿げ頭が背を向けながら抑揚のない調子で言う。
「あの子はどうした?」
「お前には関係ない」
アルの方を見ることもなく、男はさっさと歩き出す。愛想のない野郎だ、と毒づきながらアルはその後を付いていった。
街中をしばらく歩き、徐々に人気のない場所に出る。着いたのは長いこと使われてい無さそうな崩れかけた倉庫だった。
「入んな」
禿げ頭に促され、倉庫の中に足を踏み入れる。中は意外なほどこざっぱりしていて、テーブルやソファが並べられていた。一番奥のソファに褐色の肌をした白髪頭の男が座っており、その周りにいかにもヤバそうな雰囲気の若い男が三人立っている。さらにその後方、壁に張り付くようにして立っているティアの姿もあった。
「よく来たな、兄ちゃん。まあ座れ」
白髪頭の男が手でアルに向かいのソファを薦める。
「あんたがボスか」
アルは男に近づきながら腰は下ろさず尋ねる。
「てめえ!その態度はなんだ!」
周りの取り巻きが気色ばんで怒鳴る。
「やめろ、てめえら!……そうだ。俺がこの辺りのシマを取り仕切っている。名を聞かせてもらおうか」
「ア……アクセルだ」
「ふん、ティアの話じゃかなり腕が立つらしいな。俺たちは今即戦力になる奴を求めててな。お前がその気なら雇ってやらんこともない」
「その前に聞きたい。ティアの腕はどうした?」
アルが壁の前で震えているティアに目をやって尋ねる。ティアの両腕は先ほどまでと違い、真っ赤にはれ上がっていた。それが鞭による殴打の跡だと、アルはすぐに気づいた。
「お仕置きだよ。お前さんを連れてきたことは褒めてやってもいいが、その前に仕事に失敗したのも事実だ。他の者の手前、見せしめは必要なのでな」
「そうか」
それを聞いてアルはくるりと回転し、男に背を向けて歩き出す。
「お、おい!どこへ行く!?」
「気が変わった。あんたらの仲間になるのは願い下げだ。邪魔をしたな」
「何だと!?」
「俺は部下を大切にしない奴は信用しない。ましてそんな子供をな」
「てめえ!ふざけたことぬかしてんじゃねえ!!」
取り巻きの若い連中が激昂し、刃物を抜いてアルに襲い掛かる。アルは素早くショートソードを抜くと、刃を逆にして三人の男を瞬く間に叩きのめす。
「があっ!!」
悲鳴を上げて倒れこむ三人。それを見たボスが思わず「おお」と声を上げる。
「てめえっ!」
アルを案内してきた禿げ頭が殴りかかろうとする。が、それをボスが制した。
「やめねえかガルド!お前の叶う相手じゃねえ」
ボスに一喝され、ガルドは唇を噛みしめながら動きを止める。
「こっちから手間を取らせた侘びだ。骨は折れたかもしれんが命に別状はないだろう」
「いや、思った以上の腕だ。気に障ることがあったのは謝る。改めて俺を手伝ってくれねえか?」
ボスが立ち上がり、アルを引き留める。
「部下には不足してなさそうだが、なぜそんなに焦って俺を雇おうとする?」
「ちっと事情があってな。腕の立つ奴を揃えなきゃいけねえんだ。お前ほどの腕の奴をみすみす逃がしたとあっちゃあの方に……あ、いや、とにかくお前さんのような人間が必要なんだ」
あの方?腕利きを集めろというのは誰かの命令か。ここらのボスだというこの男に命令できるとなるとかなりの大物ということか。獲物がかかったかもしれないな、とアルは心の中で呟く。
「いいだろう。元々こっちからの頼み事だ。もう子供に手を挙げないと約束するならな」
「わ、分かった。約束しよう」
アルの言葉にティアがぽかんとした顔で彼を見つめる。アルはそんなティアに一瞥をくれると、気付かないほどわずかに微笑み、すぐにボスに視線を戻す。
「腕の傷を手当てしてやれ。それくらい出来るだろう禿げ頭」
「何だと!?」
「文句があるならお前の方を手当てが必要な状態にしてやってもいいぞ。そこに転がってる三人と同じくな」
「てめえいい加減に!」
「よせと言ってるのが分からねえのかガルド!ティアの手当てをしてやれ」
ボスの言葉に怒りを噛みしめながら、ガルドは奥へ行き薬箱を持ってくる。
「さて、それで俺は何をすればいい?」
「今日の所はこれで帰ってもらって結構だ。明日の昼前にまたここに来てくれ。他の連中と顔合わせをする。仕事の内容はその時話す。だが言っておくが話を聞いたらもう下りるとは言わせないぜ」
「いいだろう。子供を殺せとか言う話でない限りは仕事はきっちりやってやる」
「随分ガキに甘いんだな」
「自分より弱い奴を嬲り殺すのは趣味じゃ無くてな」
「ふ、それだけの腕があれば言い訳には聞こえねえな。期待してるぜ、兄ちゃん」
「そう言えばあんたの名前をまだ聞いてなかったな。俺は名前も知らん奴に仕える気はない」
「おっと、そうだな。この町じゃビッグサムで通ってる。この辺りでこの名を知らねえ奴はいねえぜ」
「そうか。まあよろしく頼むぜ、ボス」
アルはそう言って倉庫を後にする。その後ろ姿をガルドや取り巻きたちが憎しみを込めた目で見送った。
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