第9話 アル、スリを捕まえる
「とりあえず今のところ次の
ユリナが顔をしかめて辺りを見回す。近くに誰もいないことを確認しているようだ。
「何か面倒事か?」
「本来は部外者に話していいことじゃないんだけどね」
「余計なことを口外したりはしない。お前たちが俺を裏切らない限りはな」
「物騒なこと言わないでよ」
「そうよ、アル。聖女を信用できないの?」
「聖女がみんなお前の様だったらそんな心配もしなくていいかもしれんがな」
「えへへ。そう?」
「エリー、言っとくけど褒められてないわよ」
「そうなの!?」
「話が進まんな。お前の苦手な荒事か?」
「まあね。エリー、あんたも聞いてるでしょ?新しい大司教様の話」
「ああ。えっと確か……ビビルーク大司教様だっけ?」
「ビビルーク家か。
「ええ。『
「ふん、別に珍しいことでもあるまい。ビビルーク家の娘なら生まれた時から既定路線だろう」
「ええ。それはいいのよ。問題はそのアリエル様を襲撃しようとしている連中がいるらしい、ってこと」
「ええーっ!?アリエル様を!?」
「バカ!声が大きい!!」
ユリナが慌ててエーリファの口を手で塞ぐ。
「解せんな。
「目的も何も分からないわ。そう言う動きがあるって情報を得ただけで」
「信用できる情報なのか?」
「いつも
「ということはその大司教様はここに来るのか?」
「ええ。アリエル様は今までこの近くのマストラの教会に務めてらしたの。司祭としてね。それが大司教に抜擢されて、聖都の中央大聖堂に移ることになった。恐らく何年後かには
「それまで生きていられればな」
「不吉な事言わないでよ!アル」
「全くよ。それで聖都に行く前にこのフランシスで一泊なさる予定なの」
「マストラか。確かにそこそこ大きな町ではあるが、
「ご本人の意思よ。家柄だけでいきなり聖都や七大都市の大きな教会に勤めるのはいけないっておっしゃったらしいわ」
「ふえ~。お偉いね。さすが名家の方ね。私も見習わなくちゃ」
「あんたはいきなりマリアス教会に勤めたじゃないの。分不相応にね」
「うう……ひどい」
「冗談よ。あんたの信仰心だけは私も大したものだと認めてるわ」
「ユリナ!」
エーリファの顔がパッと明るくなり、ユリナに抱きつく。
「こら、離しなさい!うっとうしい!」
「女同士でいちゃつくのは後にして話を進めてくれ。で、その大司教様を襲おうとしている連中を見つけて捕えたいということか」
「だ、誰がいちゃついてるのよ!……こほん、ええ、そうよ。襲撃なんてさせるわけにはいかないからね」
顔を赤らめたユリナが取り繕うようにして言う。
「情報を掴んでるなら聖騎士団や自警団を動員すればいいだろう」
聖騎士団は一部の聖職者と、雇われた剣士による教会直属の戦闘部隊である。基本的に平和な聖クリノア教国であるが、それでも犯罪は起きる。町の住人で作る自警団では対応できないような組織的な犯罪に対処するため、各都市に置かれている。
「勿論、動いてもらってるわ。さっき言ったでしょ。何人か拘束したって。でも連中を雇っている黒幕の正体がどうにも掴めないのよ。タレこんでくれた情報筋にも頼んでるんだけど」
「ちゃんと裏の連中にもルートを持ってるんだな。安心したぜ。街頭で神の教えを説きながら情報を聞き出そうとしてるんじゃなくて」
「エリーじゃあるまいし、そんな真似するわけないでしょ」
「さっきから私、苛められてるよね……」
また泣きそうになりながらエーリファが呟く。全くころころとよく表情が変わるものだ、とアルは嘆息する。
「とはいっても正直私たち聖女ではなかなか踏み込めない場所があるのも事実なのよ。それで……」
「いかにも裏の世界に出入りしていそうな俺に情報収集をしろということか」
「まあそういうこと。同じ情報筋に引っかかったってことは黒幕は
「ふん、うまく俺を使えそうだと思ったわけか。抜け目ないな。まあそれくらいでないと手を組む意味がない。いいだろう。怪しそうなところを当たってみるとしよう」
「感謝するわ。その代りと言ってはなんだけど、ここで泊まる宿は手配してあげる」
「それはありがたいが、教会の名前で取ったりするなよ。俺とあんたらが繋がっていると知れたら意味がない」
「そうね。気を付けるわ。あなたも流石ね」
「じゃあここからは一緒に行動しない方がいいだろう。宿の名前だけ教えてくれ。俺の名で予約してもらおう」
「分かった。でも予約するのにファーストネームだけじゃ無理よ。ファミリーネームも教えてちょうだい」
「う、そうだな。アルマー……ガルムスで頼む」
「あからさまに偽名ね。まあいいわ。宿はファンクル・ホテル。町の西にあるわ」
「分かった」
アルはそう言って席を立つ。出て行こうとする彼をエーリファが飛びとめた。
「アル、無理しちゃダメよ。召喚魔法を使うのは禁止!」
「お前は俺の母親か。お前に心配して貰わなくても大丈夫だ」
やれやれと言った顔でアルは食堂を後にする。ユリナが宿を取るまでどこかで時間を潰すしかない。早速裏の連中が集まりそうな場所を探ってみるか……。
「おっと!」
考え込みながら歩いていたアルに、前から走ってきた少女がぶつかる。歳は十歳くらいか。小麦色の肌にボサボサの赤毛が特徴的だ。
「ごめんよ、兄さん!」
そう言って少女は立ち去ろうとする。が、その手をアルがぐっと捉えて握りしめた。
「痛てて!何するんだよ!」
「中々いい腕だが、相手が悪かったな」
少女の手首を握りしめると、その手から皮袋が落ちて、ガチャンと石畳に音を立てた。アルの小銭入れだ。
「あ……」
「スリか。その歳でよく仕込まれているようだな」
「畜生!離せ!!」
アルに掴まれた手をぶんぶんと振りながら少女が叫ぶ。
「このまま自警団に突き出してもいいが」
「や、やめろよ!や、やめてください。お願いします」
少女が泣きそうな顔で懇願する。やれやれやたら泣き顔を見る日だな今日は。とアルは口を曲げる。
「泣き真似も上手いじゃないか。そいつも仕込まれたか?ところでお前、一人でやってるのか?それともグループか?」
「か、関係ないだろ、そんなこと!」
「口のきき方に気を付けろ。自警団に突き出すだけじゃなく、この場で腕を斬り落としてもいいんだぞ」
アルが少女の手を掴んでいるのとは反対の手でマントをめくり、ショートソードを見せる。少女がひっ、と息を呑んで絶句した。
「た、助けて……」
震えながら今度は心底怯えた様子で少女が懇願する。
「実は俺も食いっぱぐれてこの町に流れ着いたタチでな。お前がどこかの組織に入ってるんなら紹介してもらいたいんだが、どうだ?」
「な、何だ、そういうことか。う~ん、いきなり見ず知らずの人を連れて行くわけにはいかないけど、兄さんが腕の立つ人なら紹介してもいいかな」
「一瞬でお前の腕を斬り落として腕を証明してやろうか?」
「や、やめて!分かったから。ボスに連絡して許可を取ってみるよ。後で連絡する」
「ふざけるな。ここでお前を逃がすわけがないだろう。このまま連絡を取れ。いきなりアジトに連れて行けとは言わん」
「ええ~!ど、どうしよう。う~ん、分かった。いつもたむろしている店があるからそこなら連れて行ってもいいかな。多分誰かいると思うし」
「決まりだ。言っておくが逃げようなんて考えるなよ。お前が俺の剣の間合いより遠くに行く前にお前の背中を切り裂くくらい何でもないんだからな」
「わ、分かったよ。脅かさないでおくれよ」
少女は怯えながらアルを案内して歩き始めた。
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