第8話 エーリファ、同僚と再会する

 「え~と、この人はアル。一昨日のアガレスの回収時にお世話になったの」


 「こんな子供が?」


 ユリナが怪訝な目でアルを見つめる。


 「見た目で判断するな。少なくともあんた方よりは戦闘力はあるつもりだ」


 「言うわね。腰に下げてるものは伊達じゃないってわけ?」


 「ふん、マントの上からでもショートソードの存在に気付くとはこいつよりは大分マシのようだな」


 「ひどいですよ!アル!」


 「当たり前でしょ。エリーなんかと一緒にしないで」


 「ユリナもひどーい!」


 「それにしても何であんたみたいな子供がエリーの任務の場にいたのよ?確かあんたが行ったのって酒場だったんでしょ?」


 「よく知ってるな」


 「当たり前だよ。あそこの情報を掴んだのはユリナなんだから」


 「あんた!部外者に何しゃべってんのよ!!」


 ユリナが血相を変えてテーブルを叩く。


 「ああ、心配ないよ。アルは私が『非正写本焚書特別隊アポクリファル・イレイザー』なのは知ってるし」


 「そういう問題じゃない!って、本当にこの子は何なの?」


 「ええとね、アルは私たちと同じで非正写本アポクリファル、じゃなくてそれを広めてる人を追ってるの。仇みたい」


 「仇?非正写本アポクリファルを作ってる奴は今やあちこちにいるわよ」


 「知っている。だが俺が追っているのはおそらく『黒の書』から最初の非正写本アポクリファルを作った奴だ」


 「何ですって!?」


 ユリナの目の色が変わる。


 「あなた、そいつが誰か知ってるの!?」


 「正体は俺も知らん。だがこの目で見た」


 「信じられない。あなた、本当に何者なの?」


 「お前たちの持つ情報を俺にも寄越すというなら協力してやる。俺は『黒の書』や非正写本アポクリファル自体に興味はない。奴を殺せればそれでいい」


 「ダメよ。『黒の書』がどうやって外に持ち出されたか明らかにするためにも生きて捕まえる必要がある……ってあなた『黒の書』のことまで知ってるの?私でさえ知らされたのは入隊してからなのに」


 「生きて捕まえられるもんならやってみるがいい。俺は最終的にそいつの息の根をこの手で止められれば構わん」


 「あなたはそいつを殺す腕があるってこと?」


 「魔獣ビーストの力を使うつもりならダメですよ。それにアルをみすみす人殺しになんかさせません!」


 エーリファが身を乗り出してアルに迫る。


 「魔獣ビーストですって!?まさかあなた召喚を!?}


 「ああ」


 「何てこと!あなたそれがどういうことか……」


 「やはりお前も聖女だな。こいつと同じことを言う。勿論分かっている。召喚、まして憑依は自分の意思によってのみ可能だということくらいは当然知っているだろう」


 「ええ。他人に強制されて魔界の生物を自分に憑依させることは出来ない。非正写本アポクリファルにもそれは記述してあるわね」


 「つまり俺は覚悟を持ってこいつを召喚したということだ」


 アルはマントをめくり、包帯に覆われた右腕を露にする。それを見て目を細めたユリナがふう、と息を吐き、手近な椅子を引き寄せて二人の間に腰を下ろした。


 「魔喰痕マークは?」


 「それがもう肩口まで伸びてるの」


 エーリファが悲しそうな顔で呟く。


 「猶予はないわね。……一応言っておくわ。実際に魔獣ビーストクラスを憑依した人間は見たことないけど、おそらくあと数回も召喚魔法を使えば……」


 「分かっている。だから情報が欲しい」


 「私も一応聖女よ。子供が人を殺そうとしているのを黙って見過ごすわけにはいかないわ」


 「だがお前はこのポンコツと違って任務のためなら他人を利用する冷徹さも持ち合わせていると見た。俺たちが昨夜刺客に襲われたことはまだ知らんだろう?」


 「誰がポンコツなのよ!アル!?」


 エーリファが泣きそうな顔で抗議するが、アルとユリナはそれをあっさり無視して話を続ける。


 「刺客に?」


 「ああ。あの町の酒場のオヤジに非正写本アポクリファルを売りつけた男だ。不覚を取って自決させてしまったがな。こいつは今まで襲われたことはないと言っていたが、そうなると狙いは俺か、あそこで作っていた非正写本アポクリファルのどちらかだ。しかし俺が一昨日あそこを訪れることは誰も知り様がなかったはず。非正写本アポクリファルを回収した翌日に刺客が襲ってきた手際の良さからして、おそらくこいつがあそこに乗り込むことは敵にばれていたんだろう」


 「まさか!私たちの動きが漏れていると?」


 「そう考えなければあそこに居ついていたわけでもないあの男がタイミングよく襲ってこれたはずもない」


 「そんな……。まさか聖教会に内通者が?」


 「そもそも『黒の書』を持ち出した奴がいるんだ。不思議な事じゃないだろう」


 「あなた、どうしてそこまで知っているの?」


 「あの男を殺せたなら全てを話してもいい。俺に情報を寄越せ。そうしたらこいつの用心棒をやってやる」


 「取り引きか。エリーが回収した非正写本アポクリファルは本部に送られてるはずね。あれを調べれば今まで回収した物と何か違いがあるかが分かるはず。あなたの言う通り個人で動いてるあなたのことを知る術はないですからね」


 「襲ってきた奴は全部で四人いたが一人は逃がした。そいつが仲間の所に戻れば俺のことも報告するだろう。酒場のオヤジには召喚紋も見られてるからな。魔獣ビーストを召喚している俺の存在は奴らにとっても鬱陶しいと思うだろう」


 「エリーとあなたが一緒にいれば内通者、ひいては『黒の書』を持ち出した張本人を探るための餌になるか……」


 「な、何言ってるのユリナ!アルを囮にするつもり!?」


 「黙りなさいエリー。私たちの任務を忘れたの?非正写本アポクリファルがこれ以上広がれば国そのものの乱れを引き起こす恐れもあるのよ。それにこいつは自らそれを望んでる」


 「そういうことだ。話が通じる相手で助かる」


 「ダメです!いくら任務のためでもそんな子供を危険にさらすなんて!」


 「じゃああんたは何でこいつとここに来たのよ?」


 「アルに召喚魔法を使わせないために決まってるでしょ!」


 「確かに無暗に召喚魔法を使うのはやめさせるべきだけど、あんたが止めたってこいつは使う時は使うでしょ。少しは抑止効果はあるかもしれないけど」


 「本当に話しが早いな。こいつの代わりにあんたに俺と来てほしいくらいだ」


 「残念だけど私の主任務は情報収集だから。実際の回収のような荒事は向いてないの。エリーはこんなだけど聖器レリックの加護だけは人並み以上に発揮できるから」


 「こんなってどういう意味よ!?ユリナ!」


 「聖器レリックの加護ってのは個人差があるのか?」


 「ええ。残念ながらね」


 「さっきから二人ともひどくない?」


 いよいよ本当に泣きそうな顔になるエーリファ。アルとユリナはそんな彼女を見て同時にため息を吐く。


 「いいわ。一応本部の許可を取る必要があるけど、あなたがこれからもエリーと行動を共にしてくれるなら私からの情報は共有させてあげる。そのかわりそっちのことも逐一報告してもらうわ」


 「いいだろう。言っておくが万が一俺が追っている男を捕えても俺の知らぬところで処断することは許さない」


 「正体が分からないんじゃどうしようもないわ。何か特徴はないの?」


 「筋肉の塊のような大男だ。そして俺と同じく右腕に魔獣ビーストを憑依させている」


 「何ですって!?」


 「だから言ったんだ。生きて捕まえられるもんならやってみろとな」


 「あなた、それに対抗するために自分も魔獣ビーストを……」


 「まあな」


 「聖女としてはあなたを止めるべきなんでしょうけど、その執念は感心するわ」


 「何言ってるのよ、ユリナ!止めなきゃダメに決まってるでしょ!」


 「お前は少し黙れ」


 「もう!アルのバカ!!」


 エーリファが涙を溜め頬を膨らませてそっぽを向く。まるで駄々っ子だな、とアルは苦笑する。


 「本当、なんであんたがうちの隊に入れたのかしらね。まあいいわ。改めて自己紹介するわね。私はユリーネス・アスポルト。本来の所属は聖都のマリアス教会。助祭を拝命しているわ」


 「こいつと同じか。しかしアスポルトと言えば二十聖家ヴァン・ファミリエの一つ。家柄的には上だな」


 「よく知ってるわね。でも家は関係ない。私は自分の力で助祭になったの」


 「まあそんなことはどうでもいい。とりあえずいい情報を頼む」


 「私は絶対止めますからね……」


 エーリファはふてくされたまま、握手をするアルとユリナに呟いた。




 

 「で、お前は一人でおめおめ逃げてきたわけか」


 湿った石壁がランプの灯に浮かび上がる。薄暗い地下室でその大男は目の前で亀のように縮こまる男を見下ろしながら低い声で言った。


 「も、申し訳ありません!」


 がたがたと震えながら目の前の大男を見上げるそいつは昨夜アルたちの宿に侵入して逃げ去った男だった。


 「クーリィの奴まで差し向けたってのに返り討ちとはな。そのガキ、何者なにもんだ?」


 「く、詳しいことは何も……。ただ酒場のオヤジの話では右腕に魔獣ビーストの召喚紋があったと……」


 「ほう、魔獣ビーストの召喚者か。確か十五くらいのガキだって話だな」


 「は、はい」


 「もしかしたらあの時の……。だとしたら面白え」


 「ボ、ボス?」


 「いいことを教えてくれた。褒めてやる」


 「じゃ、じゃあ……」


 「だが失敗は失敗だ。他の奴らの手前、けじめは付けねえとな」


 「お、お許しを……」

 

 小便をちびりながら涙で顔をぐしゃぐしゃにして男は命乞いをする。大男は薄笑いを浮かべたまま、ゆっくり大きな右の手のひらを男に向けて差し出す。


 「ひいい!」


 「ほら、エサだ。食え」


 大男の言葉に応えるように、左肩がいきなりぶくっと盛り上がる。大きなこぶが出来たように見えたかと思うと、そのこぶが割れ、甲高い声を上げる。


 「ギヘエエエッ!」


 それはまるで人間の口そのものだった。大男の肩にもう一つの口が現れたのだ。


 「あああっ!」


 恐怖に駆られた男があたふたと逃げ出そうとする。だがそれより早く大男の掌に黒い穴が開き、その中に向かって強烈な風が吹きこんだ。逃げようとした男はその風に捉えられ、掌に吸い寄せられていく。


 「た、助けて!!」


 悲鳴を上げる男。しかしその体はまるで何かに押しつぶされるように小さくなっていき、掌の穴に吸い込まれてしまった。


 「くく、少しは楽しめそうだな」


 黒い穴の閉じた掌を握り、ほくそ笑む大男。その手の甲には黒い獣の紋様が浮かび上がっていた。


 

 


 

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