第26話 <回答編2>長谷川さんが見たもの

「未来で、何故おれは啓を見つけられなかったのか。その鍵は、長谷川さんの言葉にあったんだ」

「「橋本さんいたのね」ってやつ?」


 啓は藤山の部屋で郵便屋さんと対面していた。解き明かした謎を、説明するために。


「そう。この言葉、別に橋本啓に対してでなくても使えるんだよね。例えばそう、家族とか、家族じゃなくても、家族になるような人――恋人とか」

「つまり、君はこう言いたいわけだ。あの二〇二号室にいたのは、駿、と」

「その通りだ。なら誰がいたのか?藤山駿之介の世界から消えた人物は二人いる。藤山本人と、花梨ちゃんだ。もし、花梨ちゃんが死んでいなかったとしたら?」


 言葉を区切り、郵便屋さんの反応を見る。郵便屋さんに表情はなかった。啓は話を続ける。 


「恐らく、花梨ちゃんは自分を殺そうとした藤山に復讐しようとしたんだ。そこで藤山の行動を辿る内に、藤山がそっくりな男と二人で会っていることを知った。そして今回の計画を思いついた。橋本啓と入れ替わって二〇二号室に住み着いていたのは、藤山ではなくて、んだ」

「つまり君は、花梨ちゃんが恋人のふりをして二〇二号室に腰を据えていたと言いたいわけだ。けれど、橋本啓と入れ替わるようにして、橋本啓の恋人を名乗る女が二〇二号室に住み着いたりしたら、長谷川さんも流石に不審がるんじゃないかい?」

「その通り。だから花梨ちゃんは、事前に手を打っておいた。ヒントは猫の消失にあったんだ」


 続きを促すように郵便屋さんは軽く頷いた。


「入れ替わりの前日くらいに、猫が消えたんだ。けれど出入り口であるベランダと玄関には鍵がかかっていた。どうやって猫は消えたのか?おれの持っていた鍵は、一つもなくならずに家の中に置きっぱなしだった」啓は息を吸ってから、言葉を続ける。「答えは簡単だ。猫を外に出した犯人は、んだ。猫を部屋から出した後は、内側から鍵を掛けてしまえばいい。それだけのことだ」

「つまり花梨ちゃんは、啓の部屋に事前に侵入していたってことかい?」

「そう。おれはクリーニングに行く時とか、結構鍵を掛けずに出かけることがあったから、そのタイミングで侵入したんだろう。後は台所の上の戸棚とか、ロフトの隅とか、おれが調べ無さそうなところに隠れておく。そしておれが寝ている時とか、出かけている時とかに長谷川さんがやってきたらこっそり対応する。そうしたら、おれと花梨ちゃんは同時に二〇二号室に存在していることになる」

「へえ、なるほどね」

「それなら、長谷川さんも何の疑問も抱かないだろう。橋本啓は具合が悪いからそっとしておいてくれとでも言っておけば、長谷川さんと橋本啓の接触も減らせる。おれの住んでいた部屋には、実はもう一人住民がいたんだ」

「では、何故わざわざ猫を外に出す必要があったんだい?」

「隠れていても猫にはばれるかもしれないと危惧したんだろう。だから猫は部屋から出す必要があった」


 啓は藤山の部屋をぐるりと見渡した。生活感の希薄な、モデルルームのような美しい部屋。この部屋にはもう帰ってこられないだろう。


「だからこの世にもういないのは――おれの予想が正しければ、藤山さんの方なんだ。花梨ちゃんが藤山を殺しても「藤山駿之介」は存在している。そして、「橋本啓」がいなくなったとしても、入れ替わりを知る唯一の人間であるおれは、藤山さんが罪の発覚を恐れて逃亡したとしか思わない。後はほとぼりが冷めた後に花梨ちゃんは戻ってくる。そうしたら花梨ちゃんが藤山を殺したとは誰も思わないはずだった」


 啓はベランダから飛び降りてきた花梨ちゃんを取り押さえた。花梨ちゃんは驚いたような表情のまま、抵抗もせず素直に従ってくれた。飛び降りた時に足を挫いたらしく、逃げ出すような素振りもなかった。

 花梨ちゃんは、二〇二号室で藤山の到着を待ち、背後から襲いかかって彼を撲殺したらしい。その後は死体をトランクケースの中に詰めて、岐阜の山中にあるホテルに発送した。後は岐阜に行き荷物を受け取り、それを人気のない山奥に捨ててくる予定だったそうだ。


「災難だったね。君はせっかく新しい人生を歩み直そうとしたのに」


 郵便屋さんは浜松から横浜まで、事の顛末を見届けるためについてきてくれた。啓は答えた。

「大丈夫だよ。確かに、藤山駿之介としての人生は終わってしまったけれど……おれは、橋本啓としての人生を続けられるんだ」

「やけに前向きじゃないか。君らしくない」

 郵便屋さんの言葉に、啓は肩を竦めた。


「おれは気がついたんだよ。橋本啓の人生が、案外悪くないってことに」

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