第7話 <回答編1>ここはどこの細道じゃ?

 上の方でくの字に折れ曲がった街灯の光が、コンクリートの地面を照らしている。この辺りまで来ると、車通りも少なくなってきて、街灯の明かりだけがポツポツと夜闇に浮かんでいる。

 夜だった。叶は、しんと静まり返った住宅街を、明里ちゃんと、さっちゃんと、詩織さんと歩いている。明里ちゃんはさっちゃんとばかり話しているため、必然的に叶は詩織さんと横並びになって歩いていた。道路は四人横並びで歩けるほど広くない。

「楽しみだね、肝試し」

 薄いティーシャツに太ももが丸出しになった短パンを履いた明里ちゃんが、振りむきざまに言った。口元には笑みが浮かんでいて、眉毛は柔らかくカーブを描いている。久しぶりに、明里ちゃんに笑顔を向けられた気がする。

「でも、もうこんな時間でしょ……」

 しぶる詩織さんをさっちゃんと明里ちゃんが茶化す。どこかで見たような光景だった。

「叶ちゃんは行くよね?」

 名前を呼ばれて、叶は顔を上げた。自信に満ち溢れた声で、答える。

「私は、行くよ」


 四人で暗い小路を歩いていた。辺りは木に覆われていて、月明かりや街灯の光は全く差し込んでこない。先頭を歩く詩織さんが持っている、スマートフォンの灯りだけが頼りだった。チラチラと揺れ動くそれはひどく朧げで、気を抜くと夜闇に溶け込んでしまいそうだった。

 しばらく無言で歩き続けていた。スニーカーが地面を踏みしめる音しか聞こえてこないその空間は、自分だけ世界から取り残されてしまったかのような不安を抱かせた。

「きゃあっ」

 悲鳴。しかし、叶は驚きもしなかった。こうなることは最初から分かっていたのだ。

 しばらく歩き続けていると、少しだけ明るい開けた空間に出た。石畳の道が伸びていて、その先には石段が続いている。石段の終わりには塗装が剥がれ落ちた赤い鳥居が建てられていた。

 石段の一番上に明里ちゃんが蹲っているのが見えた。その背後で、詩織さんが不安げな表情のまま、明里ちゃんの背中を覗き込んでいた。

 叶はゆっくりと、石段を登った。夜風が火照った体に気持ち良い。頬を伝う汗を指先で拭う。

「叶ちゃん」

 詩織さんは、眉根を寄せた険しい表情で叶のことを見ていた。叶は詩織さんには構わずに、明里ちゃんの目の前までやってきた。

「痛い、痛いよぉ」

 明里ちゃんは顔を伏せたまま、体を震わせている。

「あのね、明里ちゃんが刺されたって言っているの……」

 詩織さんはそう言って、不安げに俯いた。

「そうなんだ」

 叶はそう言って、目の前で蹲っている明里ちゃんの頭頂部を見下ろした。ボリュームのある豊かな黒髪が、明里ちゃんの顔を覆い隠している。

 手を伸ばし、明里ちゃんの肩に手を置く。


「嘘つき」


 耳元で囁くと、明里ちゃんは驚いた表情で顔を上げた。

 叶は明里ちゃんの背後に回ると、強引にそのティーシャツを捲くり上げた。白い背中があらわになる。明里ちゃんは嫌がって体をよじっていたが、叶は構わずに明里ちゃんの体を抑え続けた。

「ちょっとやめてよ!」

 ヒステリックな声を上げて、明里ちゃんが立ち上がる。突き飛ばされ、危うく石段を踏み外しそうになった叶は寸でのところで持ちこたえた。

 叶はうっすらと笑みを浮かべて詩織さんを見た。

「見た?詩織さん。この子はね、刺されてなんていなかったの」

「な、なんで?」

 詩織さんは、訳がわからないという表情のまま呆然としている。

 しかし、それが事実なのだ。傷一つ無い、白い滑らかな背中。つまり、明里ちゃんは刺されてなどいなかったのだ。この時点では。

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