4-3

 そして、忘れもしない二年半前――天使狩りが行われた。


 事態を知ったとき、俺はル二カ教会から遠く離れた土地にいた。

 教会がないその地域の連中は、他人事みたいな顔で平穏な日常を送っていて。そんな中俺は、雇い主に挨拶すらせず血相を変えて町を飛び出した。


 無我夢中で走って、走って、足を止めて、また走って。


 通りがかった都市の大教会が骨組みだけになっているのを見た瞬間、背筋が凍った。守護天使だけじゃない、牧師もシスターも殺された――そんな会話が耳に入って、泣き出したくなる。


 どうか、お願いだから。

 唇をかみしめ、そんな願いを何度も、何度も繰り返した。


 そうしてル二カ教会に辿り着いたときには、天使狩り当日から丸二日が経っていた。

 住み慣れた家は、灰になっていた。骨組みすら残っていない。

 シアン牧師、シスターや守護天使たち、そして――ステラの遺体も同じだった。もしかしたら逃げ延びたんじゃないか、そう思ったけど、近隣住人の態度からそれはないと気づいてしまった。


 みな、俺のことをまるで亡霊みたいな目で見る。親しくしてた連中、教会に頻繁に来てた奴らは「残念だったな」、そんなことを言って気まずそうに目をそらす。関わり合いになって処罰されたくなかったんだろう、「近寄るな!」なんて罵声を浴びせてきた奴だっていた。


 そんな中、一人だけ震える手で俺を抱きしめてくれた人がいた。小さい頃から、家族ぐるみで付き合っていた婆さんだった。


『みんな、死んでしまった。遺体を弔う暇すらもらえず、教会ごと焼き払われたんだよ……。ブルネットさんは、なんてむごいことを……っ!』


 天使狩りの首謀者は、勇者だという。

 目の前が真っ白になって、やがて血が沸騰するような怒りがこみ上げた。



 ――あいつを、この手で殺してやる。ステラやみんなと同じように。



 遺体が埋まっていない墓をつくりながら、俺は決意した。左頬を焼いたのは、そのときだ。

 みんなが味わった痛みはこんなものじゃない。ただの欺瞞だとはわかっていたけど、復讐に生きると決めた証がほしかった。


 婆さんはメイの遺体だけは見ていないと言っていたけど、あいつも殺されたものだと思っていた。いくら翼が透明でもそのとき教会にいたはずだし、みんなを見捨てて一人だけ逃げるような真似はしないはずだ。――そう、信じていた。




 旅をしながら情報を集め、勇者を殺すための算段を整える。

 勇者城に天使の羽根を持ち込めば、数によっては勇者との謁見が叶うという噂を聞いて、やるべきことは明確になった。羽根の収集、そして暗器の入手と扱い方の訓練だ。

 謁見に武器の持ち込みは当然許されないだろう。だから、兵士たちの目を欺き確実にあいつの息の根を止められるよう準備をする必要があった。

 仮に成功したとしても、俺は確実に死罪になる。それはわかっていたが、自分の命なんてどうでもよかった。

 





 願掛けで伸ばしはじめた髪が、肩を越したころ。

 羽根の収集のためクロッカス港に降り立った俺は、『ネリネ村の天使』という言葉を耳にすることになった。小さな食堂で働く少女のことらしいが、妙に気になる。


 導かれるようにネリネ村を訪れた俺は、自分の目を疑った。青い屋根が映えた丸太造りの家の前で、数人の男たちと談笑している少女に見覚えがあったからだ。


 髪色は違っていたけど、あまりにメイと似ていた。予感が確信に変わったのは、振り返りざまに背中に生えた透明な翼がはっきりと見えたからだ。

 そのときこみ上げたのは、怒りだった。


 きっと、ステラたちを見捨てて一人で逃げたに違いない。髪を染めてまで意地汚く生き延びているのは、罪悪感なんて抱いていないからだ。

 男たちに穏やかに微笑みかけている横顔も、神経を逆なでした。よく笑っていられるな。そう思った。


 ――復讐してやる。そうだ、羽根をこれ以上集めなくても、メイを勇者に突き出せばいい。


 母さんと体の関わりを持ったことで、勇者にも蕾の子の翼が目視できることは知っていた。だから、あいつの背中を見ればすぐに食いつくだろう。

 メイがどうなろうと知ったことはない。自分が消し去ったはずの天使が残っていたことに気をとられている隙に、暗殺してやる。




 こうして、俺の計画は『メイに取り入り、勇者の元まで連れて行くこと』に変わった。

 顔見知りである方が距離は詰めやすいが、もしステラから話を聞いていた場合、俺が双子の弟だと知られてしまうかもしれない。それは、蕾の子の透明な翼が見えることを明かすようなものだ。 だから、長かった前髪を目元が隠れる程度に切って、初対面の人間を装うことにした。


 だけど、森で倒れたのは演技じゃない。自分でもわからないうちに疲労がたまっていたんだろう。目が覚めた瞬間に、メイの顔が飛び込んできたときには心底驚いた。



『よかった……』



 差し込む朝日の中。瞳を細めて微笑みかけられた瞬間、泣きたくなった。

 ずっと見たかった笑顔なのに、見たくなかったと思う。


 お前、どうしてステラを見捨てたんだよ。

 どうして、俺の前に現れたんだ。――生きているなんて、知りたくなかった。

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