第9話 一葉落ちて天下の秋を知る


 地面を踏みつけるようにして大きく出した一歩。


 その一歩は地面を砕き、破壊する。


 まるで地割れが起こったかのようにひび割れ隆起する地面は野盗の足場を崩し、よろける相手を見て私は一気に跳躍した。


 魔力を全身に巡らせることで強化された身体は普通ではあり得ない程の跳躍力を見せ、私は相手との距離を一気に詰める。


 そして少し離れた場所に居た1人の男の顔を掴み、破壊したのであった。


 倒れた男を前にして私は1つ大きく息を吐く。


 残った5人の男はそんな私を取り囲みながらアイコンタクトを交わしていた。


 彼らにとって私は突如現れたイレギュラーであったが、少年であり、魔力を放つ左目を持ち、純血魔族との架け橋となっていたアバルキンの家に現れたということを考えれば直ぐに純血魔族の何者かだと分かるだろう。


 そして本当に魔眼の覚醒した純血魔族ならばいくら精鋭であったとしてもたった5人では勝つのは難しい。その為に彼らはアイコンタクトを取りながら私の様子を窺っていたのだ。


「どうしたかかって来ないのか? 来ないなら私から行くぞ」


 魔力には底がある。走れば疲れるように使いすぎれば疲労がたまる。その為、無闇矢鱈に使うことは出来ず、だからこそここは武器が欲しい。


 そう思いながら、私を取り囲む5人の内、若干他の4人より前の位置に立っていた男に向かって私は距離を詰める。


 その動きに動揺した男は咄嗟に私に向かって剣を振り下ろすが、私はその剣を躱し男の右手首を掴んだのだった。


 私はそのまま合気道の要領で掴んだ男の右手を手前に引っ張り、体勢の崩れた男の肩を掴んで投げ飛ばすと同時に相手の剣を奪う。


 軍人の時に覚えた太刀取りの応用。相手の武器がナイフであっても剣であっても基礎は同じだ。


 剣を手にした私は目の前に倒れる男の首を刎ねてから直ぐに別の敵の元へ走り出し、並んで立つ二人の敵の胴と首を一瞬で切り落とす。


 残りは2人。


 うまく剣を手に入れられた今なら私に死角はない。


 私は剣に付いた血を振り払って彼らを睨んだ。


 動揺の見える2人だが剣の構えに崩れはなく、毅然として私を見ていた。逃げられないと分かっているのか、それとも任務ゆえなのか。


 そうして覚悟を決め向かって来る2人の敵を、私は物ともせずに一瞬にして斬り伏せたのであった。


 まさに蹂躙。腹と肩を切られ倒れる2つの死体からは血が流れ、私はそれを横目にミーナの居る倉庫に走った。


 倉庫で眠るミーナの無事を確認した私はホッと一息つきながらおじさんの方へ目を向ける。


 血すら枯れ果てたおじさんとおばさんの死体。


 私は2人に手を向けどうにか生き返らせる事はできないかと思い魔眼を発動し魔力を注ぎ込んだ。しかし、10分ほどの時間が経っても2人が生き返る気配はなく魔力が消費されていくだけであり、「生き返ってくれ」と、切に願い溢れる言葉も虚しく2人が再び目を覚ます事はなかった。





 その後、私は家を漁って斜め掛けのカバンの中に詰め込めるだけお金や必需品を詰めてからおじさんとおばさん、そして野盗たちの死体を纏めて家の中へ寝かせて家に火をつけた。


 証拠隠滅。少しでも私の居た痕跡を消す為に私は全てを燃やすことにしたのである。


 火は瞬く間に家を包み込み、死体と共に私の足跡を消していく。


 ミーナを背負いながら、私は燃え盛る家の前で小さく目を瞑って手を合わせる。


 行き倒れていた私を拾い、幸せな家庭というものを教えてくれた恩人。悲しくないと言ったら嘘になるが、軍人として人の死に多く触れてきた私の頭は思ったよりもハッキリとしていた。


 おじさんを狙ったのは一体誰なのかと、炎を見つめながら私は考える。


 あの野盗達、特に隊長と呼ばれていた男は明らかにプロの人間だった。それは前世での経験を持ってして間違いはなく、口ぶりからも何者かに雇われた実行部隊だったのだろう。


 そしておそらくだが、おじさんを狙ったのはリザール共和国だ。


 表向きはおじさんを通して【全知】のライニッヒ・アイザースと親交を持っているリザール共和国だが、その内実は非常に複雑だ。


 前におじさんに教えてもらった話ではリザール共和国を束ねる3人の元帥は魔族に対してそれぞれ親交、無関心、敵対の感情を持っており、外交官をしていたおじさんにアイザースとの架け橋を頼んだのは魔族に親交的感情を持っているアレクセイ・ジラーノフ元帥だと聞いている。


 そして魔族に敵対心を持っている武闘派の元帥バージル・ディオンはそんなジラーノフ元帥に嫌悪を持っており、魔族領土への侵攻案に対して幾度もぶつかり合っているという話であった。


 昼頃私の頭上を飛んで行ったリザール共和国の竜騎士は魔族との争いを続けているパスティオナ王国へ向かっていた。それに加えておじさんの暗殺となると若干の飛躍はあるかもしれないが私には武闘派であり過激派でもあるバージル・ディオン元帥が遂に元帥同士の均衡を破り行動を起こしたとしか思えなかった。


 私の軍人としての直感がそう告げていたのだ。


 問題はもしも本当にディオン元帥がおじさんの命を狙っていた場合目撃者であり撃退者でもある私たちを見逃すとは思えない事だ。


 元帥が送り込んだ刺客を倒す存在。そんなイレギュラーである私を放っておくとは到底思えず、こうして私がいた証拠を燃やしてしまったとしても、検証を行えばいずれは私の存在に気づくだろう。


 そして元帥レベルの人間が本気で探し始めれば見つかるのも時間の問題だ。私1人なら隠れられなくもないが、顔の知られているであろうミーナと一緒だとそう簡単にはいかない。


 だからと言ってミーナを見殺しにする訳には行かず、私はミーナを守りながら逃げ続ける必要があるのだ。


 しかし、そんな逃亡生活を一生続けられる訳が無い。どこかで問題を解決しなければいけないのも事実である。


 私は、自らの安全な生活の為に立ち向かわなければならないのだ。


 巨大な姿の見えない敵を突き止めて倒す。それは一見すると無謀なようにも思えるが今の私には魔眼があり、魔王ドルディアナ・カーヴァインの息子、カーヴァイン家第8王子であり第16王位継承資格者という有用な素性もある。


 特に私の持つこの魔眼は明らかに異質だ。元々の血筋である【破壊】に加え【再生】という聞いたこともない力を持った【破壊】の魔眼の完全な上位互換。


 何故私の魔眼だけこのような変化を遂げたのかはまだ分からないが、この力があれば可能だ。


 今の私ならば出来る。


 たとえ相手が誰であろうと、私たちが平穏に暮らす為にはこの世界を造り変えるしかない。平和な優しい世界に、ミーナが安心して幸せに暮らせる世界にしてみせる。


 私は背中にミーナの温もりを感じながら静かにそう決意したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王戦記 朝乃雨音 @asano-amane281

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ