第8話 君子は豹変する
あぁ、どうしてこうなってしまったのだろうか。無情な現状の前で私は絶望を感じていた。
世界はいつも私から全てを奪っていく。努力も、地位も、家族も、全て奪われる。
これが私の運命なのだろうか。
だとしたらミーナは私のその運命に巻き込まれてしまったということだ。
私が元凶。私という人間が不幸を呼び寄せる。
……私に、幸せは掴めない。
そう諦めかけた瞬間、ミーナの顔が目に移りその姿が前世で好きだった女性に重なった。
軍医として私の居る戦場について来ていた前世の想い人。彼女もまた私について来た為に爆撃に巻き込まれ悲惨な死を遂げた。それを思うと途端に私の胸に再び大きな怒りがこみ上げて来た。
なぜ私だけでなく私の周りまで悲惨な目に遭うのか。
目の前の大切な女性1人助けることが出来ないこんなクソったれな運命なんか必要ない。
誰でもいい。私に力を。力をくれ。
そう願った瞬間であった。
私の左目が熱を帯び、『力が欲しいか?』と、頭の中で声が響く。
『世界の改変を誓うのならば、私はお前に力を貸そう。革命の力をお前に授けよう。選べ。このまま運命を受け入れるか、私と契約し世界を造り変えるか。貴様はどうする』
その声が一体何物なのかは分からない。
もしかすると熱を帯びた私の脳が発した幻聴なのかもしれない。
しかし、それでも私はその声に縋った。
疼く魔眼に力を願った。
「契約する。魔眼よ、私に力を。この残酷な運命を、残酷な世界を変える力をくれ!!」
次の瞬間、私の左目が赤く光り膨大な魔力が漏れ出す。
魔眼の覚醒。
魔眼から溢れ出す魔力は私の全身に染み渡り傷や疲労はみるみるうちに回復する。
「貴様何をしている!!」
それに気づいた男がこちらに剣を向けるが時は既に遅い。
魔眼が生み出す魔力を纏った私は力尽くで縄を引きちぎり、男の顔面に拳を叩き込んだのであった。
吹き飛ばされ倒れこむ男は血が流れる鼻を押さえ混乱を顔に浮かべる。
俺は男が床に落とした剣を持ちゆっくりと男に歩み寄る。
「ま、待ってくれ! 俺が悪かった! この通りだ助けてくれ!」
「今更もう遅い。お前だけは許さない。覚悟しろ」
そして私は逃げようとする男の背中から心臓めがけて剣を突き刺したのであった。
「ミーナは」
私は男が死んだのを確認してからすぐにミーナの元へと走った。
倒れるミーナを抱き寄せ彼女の体に魔力を注ぎ込む。
呼吸も心臓も止まり、力なく腕の中で横たわるミーナ。普通ならば人間がその状態から回復するということはあり得ないが、私は彼女を助けることが出来ると確信していた。
直感。
魔眼が完全に私の一部となることで、この魔眼にはその力があると私は感覚的に理解していたのだ。
【破壊】の魔眼の力だけではなく、【再生】の力も宿るこの魔眼ならばやれる。
「私はミーナを死なせはしない」
言うと同時に魔眼の光は大きくなり、まるで燃え盛る炎のようにして私とミーナを包み込んでいったのであった。
赤い魔力に包まれたミーナの傷は徐々に塞がっていき、私は彼女の体のあちこちに刺さったナイフを抜いていく。
そうして3分ほどの時間が経過した頃、ついに彼女は目を覚ましたのであった。
「お兄……ちゃん」
それはまさに魔眼の奇跡であった。死んだ人間の蘇生。回復術師が長年課題にしてきたその奇跡を私は成し遂げたのである。しかし、精神的負担が大きかったのかミーナはそのまま気を失ってしまう。
そのミーナの体を抱きしめながら私は涙した。
それと同時に「何がどうなってやがる」と、男の声が倉庫の入り口の方から聞こえてくる。
目を向けるとそこには先ほど見た隊長と呼ばれる男が立っており、男は私とミーナを一瞥してから足元に倒れる仲間を見た。
「……妙な魔力を感じたと思って見にきたらまさかこんな面倒な事になってるとはな。それにその左目……お前、まさか純血か?」
その問いに私は答えず、ミーナを藁の上に寝かせながら破かれた衣服をそっと体に掛けた。
「おい、その女の右太ももには俺が刺した傷があったはずだ。それがないって事は治癒魔法を使ったって話だが、そんな高度な魔術を使える奴がどうしてここまで大人しくしくしてやがったんだ?」
私はその問いにも答えず、ミーナの頭を撫でて立ち上がり男を見た。
「了解、答えないのならそれで結構だ。殺した後にやっぱお前は監視役の純血魔族だったって事で解決させればいいだけだからな」
言うと同時に男は動く。
腰の剣を抜き、身を屈めながら私の喉元に向かって一直線に剣の切っ先を滑らせる。
その動きは元軍人である私から見ても見事であり男がかなりの使い手であることが分かったが、私はその勢いよく飛んでくる剣を魔力の帯びた左手で掴んで受け止めて見せたのであった。
私はそのまま、まるで鉛筆でも折るかのようにして剣を折った。
驚きを顔に浮かべる男。その隙に私は一気に距離を詰めて相手の顔に向けて拳を放った。
しかし、男はそれを躱し逆にこちらに向かって拳を振るう。
男の拳は正確に私の顎に向けて飛んできていたが私はさらにその拳を右へ受け流し、体勢の崩れた男の顔を掴んで魔眼を発動させたのであった。
魔眼が光り、それと同時に私の右手から流れ込んだ魔力によって男の顔中からはまるで潰れた果実の果汁のように血が吹き出る。
これこそが【破壊】の力。万物全てを破壊する絶対の力であった。
男は顔の組織を破壊され死に至る。
農業で培った筋肉質の体と、魔眼の魔力、そして前世で学んだ近接戦闘。地面に崩れ落ちる男を見ながら、私はこれまで積み重ねてきた全ての歯車が噛み合うのを感じていた。
数秒後、物音を聞きつけてか家の中からさらに6人の野盗が飛び出してくるのを見て私はそちらに体を向けた。
「隊長!! 貴様隊長に何をした!」
地面に倒れる男を見て、野盗達の一人が声を荒げる。
6人の野盗。いや、先ほどの隊長と呼ばれる男の言動を見るにおそらくこの野盗は何者かに雇われたプロの集団なのだろう。
それは相手の立ち姿を見てもそれは分かる。
軍人として前線に立っていた時に幾度となく戦った特殊部隊と似た威圧感が彼らにはあったのだ。
だが、魔眼を持つ今の私にそんなことは関係ない。
赤く光る魔眼と漏れ出す魔力。
その異変を感じ取ったのか、6人の男は剣を構え私の出方を窺った。
緊張感が満ち、それが頂点に達した瞬間に私は動く。
左目から溢れだす魔力。私は血管を通してその魔力を全身に巡らせ、そして力強く左足で地面を踏みしめたのであった。
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