第7話 青天の霹靂

 


 目を覚ますとそこは家の横にある倉庫の中であった。


 私は立ち上がろうとして体が柱にロープで縛られていることに気づく。


「目が覚めたか」


 声のする方向、私の右側には大柄の男が座っていた。


「お前たちは何者だ?」と、私がその男に声をかけると同時に男は私の顔に拳を飛ばした。


 倉庫の中には鈍い音が響き、私の口の中には血の味が広がる。


「急に殴るとは、まるで盗賊だな」


「質問をするのは俺だ。勝手に喋るな。あぁはなりたくはないだろう」


 そう言いながら男が視線を向ける先、藁の上で横たわる2つの人影を見て私は言葉を失う。


 それは紛れもなくおじさんとおばさんであったのだ。


 2人とも首や胸から血を流した跡があり、明らかに瀕死の状態である。


「おじさん! おばさん!」


「やめとけ。もう死んでる」


 2人を呼ぶ私を男は制する。


「何故、何故おじさんたちを殺した」


「殺す理由があったからさ。……さて、お前にはいくつか聞いておかなきゃいけないことがあるんだ。混血魔族がこんなところで一体何をしていたんだ?」


 男は言いながら鋭い目つきを私に向けた。


「何もしていない。行き倒れていた所を拾われ育ててくれていた。それだけだ」


「それを簡単に信じるほど俺は馬鹿じゃないんでな。……おい! 連れてこい!」


 男が外に向かって声を投げる。すると数秒後に別の男が現れ、その隣には両手を縄で縛られたミーナの姿があった。


「お兄ちゃん!」


「ミーナ!」


 ミーナの声は少し掠れていたがその体に大きな傷は見当たらず私は胸をなでおろす。


「感動の対面だが、喜ぶのはまだ早い」と、言って立ち上がった男はミーナを地面に押し倒し、その綺麗な顔に懐から取り出したナイフを近づける。


「俺の質問に答えろ混血。お前は何故ここにいる」


 人質。質問に答えなければミーナを刺すと男は私を脅しているのだ。


 どう答えるのが正しいのか。私は必死に考えを巡らせるが正直に答える以外の対策が思い浮かばない。


「一体何のことを言っているんだ、私はおじさんに拾われただけだ」


 私が答えると同時に男はミーナの太ももにナイフを突き刺したのだった。


 ミーナの悲鳴が倉庫に響く。


 白い太ももからは真っ赤な血が流れ、男は暴れるミーナの体を押さえつけた。


「待て、待ってくれ! お前は一体私に何を聞きたいんだ?」


「……何も言わないなら2人とも死ぬだけだ」


 男はゆっくりとミーナの太ももに刺さるナイフを上下に動かし、それに連れてミーナの悲鳴も大きくなる。


 そんな状況の中で私は必死に考えを巡らせていた。


 この男は一体何を求めているのか。


 こうして尋問らしきことをしている以上、この男たちはただの盗賊ではなく、何か目的を持ってこの家を襲撃しに来たという事となる。


 彼らは私に対して何か聞き出したい情報があるのだ。


 問題なのはその情報だ。


 使節として魔族と交流を持つおじさんを狙うならばその目的はおそらく政治か魔族。そのどちらにしても彼らは魔族に対して何か行動を起こそうとし、その間にいるおじさんが邪魔だったと考えるのが妥当だろう。


 だとすると相手からは私が魔族側の使者のように見えているのかもしれず、ならば私は自らの身分の証明を行い無関係であることを主張しなければならないのだが、この状況でそれは不可能に近い。


 一体どうすればいいのか。


「……口割らせるのも面倒だし喋らねぇならまあいいか。そこまで支障はないだろう。おいお前ら、女と一緒にこの男も殺しとけ」と、口籠る私を見て痺れを切らしたのか男が喋り出した。


「隊長、この女は好きにしても?」


「好きにしろ。1時間後の出発に間に合えばそれでいい」


「了解」


「待ってくれ! ミーナだけは逃がしてくれ!」


 私のその言葉も虚しく隊長と呼ばれた男は眠たそうに欠伸をしながら倉庫を後にし、残った男はミーナと私の前に座った。


「よう混血。この女まだ幼いがいい女じゃねぇか」


 男は横目で私を見ながらミーナの頬を軽くなでる。


「頼む。私はどうなっても構わないからミーナだけは逃がしてやってくれ」


「まぁそう慌てるな。ちゃんと2人とも殺してやるからよ」


 言いながら男はミーナを自分の元へ引き寄せ、腰に付けていた刃渡り10センチほどのナイフをミーナの左腿に突き刺したのであった。


 唸り声を上げながらその場でうずくまるミーナを見て男は笑う。


「ミーナ!」と、名前を呼びながら私はとっさに彼女の元へ近付こうとするが体に巻きつく縄によって阻まれる。


「これだからこの仕事はやめられねぇ。本当に隊長には感謝しかねぇな」


 男は新しいナイフを取り出し今度はうずくまるミーナの肩にそれを突き刺す。


 仰け反って悲鳴を上げるミーナ。白いシャツには血が滲み、それを見ながら男はミーナの腕を掴んで再びその手の平に新しいナイフを突き刺したのであった。


 私は声を荒げ必死に男に止めるよう懇願するが、男の手は止まらない。


 ミーナが悲鳴を上げれば上げるほど、私が声を上げれば上げるほど、男は笑って次々にナイフを突き刺していった。


 そうして数十分が過ぎた頃、反応なくうずくまる裸のミーナの体には20本近くのナイフが刺さり、涙も喉も枯れ果てていた。


 私は自らの無力さに打ちひしがれる。


 何が純血魔族か、何が魔眼か、何が元軍人か。私はこの世界においてはこれほどまでに無力だ。


 私はうなだれ絶望する。


「チッ……反応しなくなっちまったか。まあいい時間だしそろそろ終わらせるか」


 反応のなくなったミーナの髪を掴んで頭を持ち上げた男は一際大きなナイフを懐から取り出し、その心臓を貫いたのであった。






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