第5話 覆水盆に返らず


「……何の真似ですかガルフラ中佐」


 刃を握るのは上位種ではなくガルフラであったのだ。


 そしてすぐに辺りを見回し納得する。


 こちらに向かってゆっくり近づいてくるアルテナ兄さんの部下と上位種。まるで仲間同士のようなその光景で全てを察した。


「なるほど。私の暗殺が目的でしたか。首謀は……アルテナでしょうね」


「察しが早くて助かります。申し訳ないがリゼスタ様にはここで死んでいただきます」


 しくじったと私は後悔する。


 アルテナ兄さんがここまでの強硬策をとるとは、それこそ情報不足であった。いや、これは私の甘えが生んだ失敗だ。もっと事をゆっくり運べば良かったものを、非現実な現象を経験しまるで小説の主人公にでもなったかのような夢現つで物事に向かってしまった。


 アルテナ兄さんは知将だ。邪魔だと思ったものを暗殺するくらいは簡単に考えられた。しかし、それにしても父のお気に入りである私を暗殺しにかかることはないだろうと思い込んでしまっていた。


 そして、アルテナ兄さんが行動に移すということは私に逃げ道はないのだろう。だが、そう易々と死にたくはない。どうにかして逃げ道を作り出せないか。


 私は必死に思考を重ねた。


「……死ねと言われて死ねるほど私の命は安くないですよ。私を殺せば父が怒りますよ」


「だから私や上位種が出てきたのです。あなたはここで絶対に殺さなければならず失敗は許されない。先程のアルテナ様への手紙もこの状況でなければ即決は出来なかったでしょう。あの手紙があればあなたの死は魔獣での事故になる。この上位種をアルテナ様が使役しているのも数人しか知りませんし、あなたの逃げ道はありません」


「でしょうね。でも私を失ったことで父が癇癪を起こさないと言えますか?」


「アルテナ様が実行を指示した時点で、問題はありません」


「……話し合いはできなさそうですね」


 これは厳しいと判断した私は言うと同時に動いた。


 魔力を込めた右手で突き付けられた剣を弾き、混乱に乗じて森の中へ逃げこむために駆け出した。


 しかし、「アッシュ!」と、体勢を崩したガルフラが叫ぶと同時に上位種の手が動き、次の瞬間私の左腕が吹き飛んだのであった。


 激痛に襲われた私はその場で倒れこむ。


 消えた左腕からは血が吹き出し口からはうめき声が漏れる。


 視界の端で捉える上位種の白い手が動きその指が私を指した瞬間、「殺すな!」と、再びガルフラの声が響いた。


 ジャリジャリと足音が近づいてくる中で激痛を堪えながら思考を伸ばそうと努力する。だが、痛みに支配された頭はそう簡単に動いてはくれない。


「諦めてくださいリゼスタ様。抵抗なさらなければ楽に殺して差し上げます。ただ一点だけ答えてください。あなたの後ろにいるのは誰ですか?」


「……私の……後ろだと? 誰もいるはずがないだろう」


 私は嗚咽に混ぜて言葉を絞り出す。


「継承争いへの参戦、それは誰かが入れ知恵をしたからだとアルテナ様はお考えです。……今更隠しても意味がないでしょう。第6王位継承資格者スタットハイ・クローゼンではないのですか?」


「何を……言ってんだ。私は私の意思で動いた。逆に聞くがなぜアルテナは……私を狙ったんだ。……こんな小僧1人……なぜ?」


 睨む私の目をガルフラは見つめた。


「あながち嘘を言っているように思えませんね。……まあ良いでしょう。冥土の土産でお教えしましょう。アルテナ様は純血を嫌っています。それは魔王含め全ての純血です。つまりあなたはいずれ殺される運命だったのです。素質を持ったあなたの扱いをアルテナ様は悩んでいましたが今回の一件をきっかけに危険とみなし早めに芽を摘むことを選んだに過ぎません」


「何故そこまで……純血を……嫌うんだ」


 かすれ出す意識の中で私は悔いる。


 自らの過ちを、どうしてこんな無残な死を遂げなければいけないのだろうかと、憎しみが込み上げた。


「アルテナ様は、純血ではありません。魔王しか知りませんが混血なのです。だからこそ純血を憎み、私たちはその意思に賛同したのです」


 ガルフラの発言に私は耳を疑った。純血一族に紛れる混血とは、こいつは大スクープだ。馬鹿らしい。つまり俺は血の復讐に巻き込まれたという訳か。


 これが継承争い。これが異世界か。手厚い歓迎だったなぁ。


「それではお覚悟をリゼスタ様」


 剣を振り上げるガルフラ。


「この痛みと……殺された憎しみ……忘れねぇ………から………な」


 振り下ろされるそれを見ながら私は死を悟り、意識を失ったのだった。







 次の瞬間、リゼスタの左目が光り出しガルフラの剣と右手を消しとばした。


 血を散らす右手を抑えながら下がるガルフラと、戦闘態勢を取る上位種。


「動くなアッシュ! 魔眼だ! 覚醒、いや、暴走してるのか」


 リゼスタの眼には赤く光る魔法陣が見える。


「……その魔法陣の模様は一体何だ。【破壊】と似ているが少し違う。お前は、カーヴァインの血族ではなかったのか!」


 その声にリゼスタは答えない。


 リゼスタの左腕は徐々に再生し、向かって来ようとするその姿にガルフラは恐怖を覚えていた。


「その力は何だ。お前は一体何者なんだ」


 そして再び魔眼が強く光った。


「マズい。逃げろお前ら!!」


 その場から逃げ出すガルフラたちだったが、時すでに遅く。数秒後に彼らはこの世から跡形もなく姿を消したのであった。





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