第4話 上智と下愚とは移らず
次の日、馬車に揺られながら私はサンドイッチを口に運んでいた。
「リザスタ様、もうすぐアイザース領土深淵の森です。魔獣が出現する可能性がありますので備えておいて下さい」
「分かりました」と、返し私は目の前に座るガルフラに目をやった。
アルテナ兄さんが用意してくれたのは馬車2台と部下6人。子供のおつかいと考えれば妥当な数だが忠臣ガルフラを付けてくれるとは思わなかった。
ガルフラはアルテナ兄さんの忠臣のなかで唯一の混血である。
魔族には純血と混血そして魔獣の3種類が存在し、長い歴史の中で人と純血魔族の交配によって生まれた混血魔族は総じて魔力が弱い。
それにも関わらずガルフラは純粋な武力でカーヴァイン家第2王子の忠臣及び魔王軍中佐に成り上がったのである。政治軍事などに興味のない私でも知っている有名人だ。
魔力の多さが強さではないと証明した男。
そんな男をつけるというのは父のお気に入りである私を死なせてしまわないようにと言う事なのだろうが、現役の魔王軍中佐を前にするとその威圧感にどうにも緊張してしまう。
「ガルフラさんはアルテナ兄さんといつ出会ったんですか?」
沈黙した馬車の中で暇を持て余した私は、外に注意を向けつつもアルテナ兄さんと長い付き合いであるガルフラから何か情報を引き出せないかと思い話を振った。
「……私ですか? 私がアルテナ様に初めてお会いしたのは今から約8年ほど前ですかね。当時、純血派の多かった魔王軍を変えようとしたアルテナ様は混血で強い人間をお探しでした。そこで傭兵をしていた私にお声が掛かったんです」
「傭兵……ですか?」
「そうです。先王の意向で混血は基本魔王軍には入れませんでしたから私のようなものは傭兵としてカーヴァイン家の支配の及ばない別の純血魔族の領地や混血魔族の街で雇われるんです」
「純血と混血の確執ですね」
「はい。リゼスタ様の生まれる前の話です。先王アルブレマル・カーヴァインが混血の多くなった魔族に対して純血としての使命を果たすと宣言し純血の軍隊をお作りになられ、その手腕で魔族を制圧し初代魔王を名乗ったことは有名ですが、その思想は過激なものでした。私たち混血は子供の頃によく悪王として話を聞かされたものです」
「僕が言うのも何ですが、それでよく魔王軍に」
「それはアルテナ様のおかげです。魔王軍元帥の説得も私に対する説得も、アルテナ様が自ら動いて下さったために成りました。……アルテナ様は魔族のことを本当によく考えられていらっしゃいます。純血が支配する形ではなく、混血と純血が手を取り合えるようにと動かれているのです」
「手を取り合える世界。……果たしてそれは可能なのでしょうか?」
「ふふ。聞いてはいましたがリゼスタ様は本当に変わられましたね。……しかし、そうですね。そういう風に聞かれるのなら可能だと答えましょうか。私はそう信じています」
少し喋りすぎたかと思い私はガルフラの目を見た。
落ち着いた瞳。焦りは一切見られず、むしろこちらを試しているかのようなそんな瞳。杞憂、ではないようだ。ガルフラはおそらく情報を得たいという私の思惑をある程度見抜いている。
しかしながら敵意はないようで、同じようにして私を推し量っているのだろうと私は思う。いや、そもそも王子である私に対してアルテナ派として対応しているにすぎないだけと思うのが妥当かも知れない。
そうして私が考えていると、ガルフラが口を開いた。
「まるでアルテナ様と対面しているようで楽しくなってしまいましたが、お互い少し喋りすぎたかも知れませんね。そろそろ森の深部に入ります。一層のご注意を」
「分かりました」と、言って私は視線を再び窓の外に向けた。
暗く生い茂った森。
カーヴァイン領とアイザース領の間に広々と広がるこの深淵の森には【深淵】の悪魔の力を持つ唯一の人間であるソクラが暮らしており、その血の匂いに惹かれて魔獣が集まってくると言われている。
現在この世界に2人だけ存在する始祖の魔族でもあるソクラ。
本で読んだ記憶を辿ると、人間に悪魔の血が継承され始祖の魔族が誕生したのが今から約981年前。つまりソクラは981年間生きている魔族であるのだ。
しかしながら、魔族が皆それほど長く生きるという訳ではない。
現存する2人の始祖はそれぞれ【時空】と【深淵】を継承し、その力の特性で半永久的な寿命を獲得したのである。
981年。日本にいた頃を考えると短い歴史に感じるが、歴史書によると魔族が生まれたのがその時だったという話で人間はその遥か昔から生きていたらしい。981年前、魔歴元年にこの世に発生いていた悪魔が何らかの理由で消え、血の継承が行われたということだ。
一体悪魔に何が起こったのか。何故人間に血が継承されたのか。その謎は誰も知らず伝承すら残っていない。個人的には、少なくとも始祖の魔族はその謎の答えを知っているのでないかと思っているが果たしてどうなのか。
もしかすると、これから会う【全知】の悪魔の力を持ったライニッヒ・アイザースもその力の特性上真実を知っているかもしれない。
どちらにしても、いつか解き明かしてみたいものだと私は思う。
その時であった。
「伏せてください!」と、唐突にガルフラが叫ぶと同時に馬車が大きく揺れ横に転倒したのであった。
平衡感覚を失った馬車の中でガルフラに支えられながら私は受け身をとった。
何があったのかと一瞬混乱したがこの森で起こる異変は一つしかないと思いすぐに状況を理解する。
「リザスタ様大丈夫ですか?」
「……何とか。魔獣ですか?」
「はいおそらく。私から離れないようにしてください」
そう言って横に倒れた馬車のドアを蹴り飛ばし外に出たガルフラを追って私も馬車から這い出る。
外に出た途端に息が詰まるような圧迫感が私を襲い、全身から汗が吹き出る。
目の前に立つ人型の魔獣。真っ白で細い骨の浮き出た人の体の上には縦に並んだ3つの目を持った球体の頭。
こいつはヤバいと本能が告げていた。
魔獣とは悪魔がこの世界に発生していたことによりその影響を受け突然変異した獣を指す。その殆どは魔獣の名に等しく獣の見た目をしているのだが、稀に影響を強く受け過ぎた獣が悪魔の姿に近づくことがあるのだ。
それこそが目の前にいる魔獣、上位種であった。
上位種は私たち血の継承者と強さの質が違う。あくまで人間をベースにしている私たちは悪魔の能力を持っていてもその本質は変わらない。しかし、上位種魔獣は突然変異によって産まれた悪魔の構造を持った獣である為、その本質は悪魔である。
悪魔の能力を使うことは出来ないが悪魔が持つ異質な強さを奴らは持っているのだ。
上位種が相手ではたとえガルフラ中佐でも厳しい。
「どうしますかガルフラさん!」
既に交戦している護衛隊の4人を援護しようとするガルフラ中佐に私は助言を求めた。
「正直な所、上位種は厳しいです。申し訳ありませんが至急使い魔でアルテナ様に支援要請を!」
「分かりました」
返事をして私は使い魔を召喚する。
何もない空間から現れたのは真っ黒の小さな虎であった。純血のみが可能な魔獣使役。私の力では子猫くらいの大きさの虎しか召喚出来ないが救援の手紙を届けるくらいは問題ない。
私は懐から取り出したメモに短い救援の文を記し使い魔に持たせた。
「良い子だ。その手紙を早く兄さんに届けてくれよ」
走り出す使い魔を見送って私は再び上位種に目を向ける。
その瞬間、私の首元に刃が突き付けられたのであった。
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