第3話 魚心あれば水心
その後、食卓に残された私もここでまた誰かに会っても面倒だと思い自室で朝食を食べることにして部屋に戻った。
さて、どうしたものか。
机の前で空になった食器を眺めながら私は考える。
自分の価値を武器にして取り敢えず行動を起こしてみたはいいものの、あまり良い結果にはならなかった。
結果は引き分け。いや、無効試合と言ったところだろうか。つまる話、相手にされなかったのだ。
しかしながら、私はそれほど失敗したとは思っていない。むしろ予想通りの結果ではある。
メイ姉さんの件といい初めから情報が少ないのは理解していたし、今回はその情報の少なさの中で私の継承争い参戦を表明するのが目的だった為、取り合ってもらえなかったとしても私の存在を印象付けられただけで十分だ。
問題はメイ姉さんがアザゼス派であったと言うことである。
カーヴァイン家の長い歴史の中でも歴代最強と名高いアザゼス・カーヴァイン。父の全盛期をも超えると噂されるその実力をこの目でみたことは無いがその強さは確かである。
そこに【因果】の悪魔の血を持つメイ・カーヴァインが加わるとなると正直アルテナ兄さんでは役不足に感じていた。
アルテナ・カーヴァインの持つ力は高い知能と人柄が生み出す人脈だ。一度号令をかければカーヴァイン家と友好を持つ多くの貴族が集まるだろう。だが、アザゼス・カーヴァインの持つ最強という称号はいっときではあるがそれを上回る民衆を味方にするのだ。
強さと存在感が生む圧倒的なカリスマ性。
軍にいた頃もそれには悩まされたものだ。どれだけ根回しをして街を統治下に収めようとしてもカリスマ性を持つ1人の言葉で全てが無に帰すのだ。
それをされれば正直お手上げだ。
民衆の支持を得た人間を倒すことは然程難しくはないのだが、メイ姉さんの存在が非常に厄介なのだ。
奇跡と言われるメイ姉さんの唯一性を持ってすれば落ちたアザゼス兄さんのカリスマ性を引き上げることなど容易であり、倒れた苗木は丈夫になって再び咲き誇る。
一度落ちた後に復活されてはそれこそもう打つ手がなく、完全な詰みとなる。
その為、まずはメイ姉さんをアザゼス兄さんから引き離さなければならないのだ。
私がそんなことを考えていると、不意にノックの音が響いた。
誰だろうかと思いながら返事をすると、部屋に入って来たのはアルテナ兄さんであった。
「失礼するよリザスタ。少し時間を頂いても良いかな」
「はい、大丈夫ですよ。……何かありましたか?」
何かありましたかなどとトボけてはみるがこのタイミングでアルテナ兄さんが私の部屋に来るなど理由は一つしかない。先ほどの話の続きだ。
しかし、ここはそれを私から口にしない方が良いのだ。がっつき過ぎてはいけない。分かっていてもここは相手から聞かされなければならない場面なのである。
「朝の話だけれど、リゼスタは本当に継承争いに参加するつもりかい?」
釣れた。と、思いながらもそれを顔に出さないようにしながら私は心の中でニヤつく。
「はい。そのつもりです」
「そして一時的ではあるが僕の味方に着くと」
「……はい」
暫しの沈黙が訪れる。
壁にもたれ掛かりながら私の目をじっと見るアルテナ兄さんの目は青く美しいが、何を考えているのかは分かりづらい。
こちらから話題を振りたくもなるが、ここも我慢だ。
欲を出せば勘ぐられる。あくまでも私は無邪気な少年でなくてはならない。
私はアルテナ兄さんの目を見つめ返す。
「……なるほど、継承争いというものを君なりに理解はしているようだね。本当に一体全体どうなっているのやら。君の急激な成長には驚かされるよ。……さて、では本題に入ろうか。成長が素晴らしいとは言ったが、君はまだ10歳だ。あのアザゼスを相手どるには些か心配でもあるから一つ君に依頼を与えようと思うんだ」
「依頼……ですか?」
「そう依頼。でもあまり気を張らなくていいよ。そんなに難しいものじゃないからね。アイザース領土まで出向いてライニッヒ・アイザースに手紙を届けて欲しいんだ」
「あのライニッヒ・アイザースですか? ……それはつまり僕を使者として使えるかどうかを見ると同時に、達成出来たならば兄さんと親交の深いライニッヒ殿にも僕の立ち位置が伝わると、そう言う事ですか?」
「そう言う事だね」
話を聞いて実に合理的な課題だと私は思った。
アイザース領土といえば魔獣が彷徨う深淵の森を越えなければならない。その最低限の力があるかどうかを見ると同時に、ライニッヒ殿に私がアルテナ派に加わったと言う現状を秘密に報告することが出来るのだ。
「分かりました。その依頼引き受けます」と、私は考えを悟られないように二つ返事で答えを返す。
「それは良かった。……では早速で申し訳ないが明日立ってもらうよ。馬車と数人の部下は僕が用意する。なに、腕利きを混ぜておくから危険な旅にはならない。ただリゼスタ、君が指揮をとってライニッヒに手紙を届けるんだ。いいね」
「分かりました。認めていただけるように頑張ります」
「それじゃあ、期待しているよ」
アルテナ兄さんが出ていき静かになった部屋で私は覚悟を決める。
アザゼス・カーヴァインと表面的にはそのアザゼスを手助けしているアルテナ・カーヴァイン。さながら信長と秀吉の両者の争いは激流を生む。
ライニッヒ・アイザースがどれほどの男かは分からないが彼に会うと同時に様々な思惑が動き出すだろう。だが、この世界では若輩な私にその流れに逆らうことは出来ない。溺れないように上手く泳がなければならないのだ。
難しいが私なら出来る。前世の経験と知識があれば可能である。そう思いながら私はその日を終えたのであった。
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