第2話 小田原評定


「おはようございますリゼスタ様。朝食の準備が整っておりますがお持ち致しましょうか?」


 侍女のその言葉を聞き私は壁にかかっている時計に目をやった。


 時刻は朝の6時。朝食には早いがどうしようかと少し考える。


「……今、食卓には誰がいますか?」


「メイ様、アルテナ様、マクリル様が食卓に着いております」


 第1王女、第2王子、第5王子の3人。


 いつもならば自室で朝食を食べるのだが、継承争いに興味が湧いてきた今、王女であるメイ姉さんは置いといて継承争いに大きく絡んでいる第2王子のアルテナ兄さんが居るのならば広間の方へ出るのも悪くないと私は考える。


 魔族領土の在り方を変えようと決意はしたが、言っても魔王の継承者を決める争い。10歳の第16王位継承資格者が急に出て行って戦えるような緩い継承争いではなく、家臣を集め他の継承資格者に根回しもしなくてはならないのだ。


「ところで、父はどこに?」


「旦那様は昨晩アルザース領土にいらっしゃる第2夫人キャリオット・アルザース様の元へ向かわれました」


「そうですか……私も食卓に向かいます。兄様たちに伝えておいてください」


「かしこまりました」と、言い残し侍女は部屋を後にした。


 さて、どうしたものか。


 侍女の気配がなくなったのを確認して私は顎をさすった。


 アルテナ兄さんは温厚で優しい性格だが、優しいからこそ私が急に出て行っても軽くあしらわれるだけだろう。かと言って継承争いのライバルに見られ警戒されるのも避けなければならない。


 丁度良い具合のネタが何かあればスムーズに話が進むのだが難しいところだ。


 そう思いながら私は自室を後にする。


 赤いカーペットが敷かれた長い廊下を歩き、屋敷の中央にある階段を降りた先にある広間の食卓へ続くドアの前に立った。


 私は一つ大きく息を吐く。


 ここまで来る数十秒である程度話のネタを考えたが正直どう転ぶかは分からない。もしかするとアルテナ兄さんやマクリル兄さんを敵に回してしまうかもしれず、下手をすれば私の人生は厳しく険しいものとなるだろう。


 それに対して恐怖心がないわけではないが、それに対しての自問自答はもう済ませた。


 迷っていては始まらない。決意を決めたなら後は一歩を踏み出すだけだ。


 そうして私が広間のドアを開くと、バターの香りと共に女性の小さな笑い声が聞こえてきた。


「おはようございます」


 広間に入った私は食卓に座る3人に向かって深く頭を下げてから挨拶をする。


「やあ、おはよう。珍しいねリゼスタが食卓に来るなんて」


 少しの間を置き返事を返したのはアルテナ兄さんである。


「はい、少し兄さんたちに聞きたいことがあったので……ご迷惑でしたか?」


「……いくらお前でもここに来ることの意味を知らない訳じゃないだろ。食卓は世間話の場、つまりは情報交換の場でもある。そんな場所で聞きたいこととは、お前はどんな世間話をしようと言うんだ? 場違いだ。自室に戻った方が身の為だぞ」と、私の発言に対し釘を刺すのはマクリル兄さんであった。


 予想通りの反応だ。


 温厚なアルテナ兄さんはこれまで敵意の見せたことのない私に対して子供を相手にするようにして接し、冷徹なマクリル兄さんは思ったことを容赦なく言ってくる。


 一見すると面倒なのはマクリル兄さんに見えるが、マクリル兄さんはあくまでも損得で動く人物だ。意味のないことを嫌う性格だからこそ今まで継承争いに興味を持たなかった私に対して情報交換の価値がなく時間の無駄だと判断したのである。しかしながら、それは私が自分の価値を示せればすぐに興味を持ってくれると言うことでもあるのだ。


 気難しいが、だからこそ分かりやすい。


 ならば私が言うべき発言は1つしかない。


「そう邪険にしないでくださいマクリル兄さん。僕も継承争いに興味が出てきたので少しお話を聞きたいと思ったのですが、駄目でしょうか?」


 私の口から継承争いと言う言葉にマクリル兄さんが顔色を変える。


「急だなリゼスタ。しかし、継承という言葉を些か軽く捉えているんじゃないか? ここでその言い方をするとまるで継承争いに参加する、と言っているように聞こえてしまうぞ」


 穏やかな食卓に緊張感が満ちる。マクリル兄さんは明らかに私に圧をかけにきていた。その意図はおそらく見極め。継承争いに参加するだけの決意が本当にあるのかを試しているのだ。


「……その通りですマクリル兄さん。僕も継承争いに参加しようと考えています。それで兄さんたちにお話をと思ったのですが」


「お前に継承争いの話をして私たちに何の意味がある」


「まず勘違いして欲しくないのは、僕は兄さんたちの味方、補助として継承争いに参加してみたいと思っていることです。敵対することは絶対になく、憧れのアルテナ兄さんの力になりたいと思っているんです」


「お前がアルテナの力に? 無駄だと思うが、一応聞いてみようか。どうやって力になるつもりだ」


 喋り続けるマクリル兄さんとは違い傍観するアルテナ兄さんとメイ姉さん。2人が何を考えているのかは分からないが、ここの答えを2人も気にしていることだろう。


 あとは私が自身の価値をどれだけアピールできるかだが、問題ない。


 彼らは所詮私の事を勉強が出来るだけの子供だと思っている。人と人との駆け引きは素人。そういう思いが兄さん達の中にあるからこそ私はその隙を少しつついてあげるだけでいいのだ。


 あくまでも賢くなり過ぎないように、賢さの片鱗を見せるだけで兄さんは面白がって食いついてくれる。


 手札は揃っている。


「兄さんたちも知っているように僕には父である魔王ドルディアナ・カーヴァインの血が濃く流れています。第1王子であり第1王位継承資格者アザゼス兄さんをも凌ぐ血統。今までは僕の幼さゆえにアザゼス兄さんの王位が揺らぐことはありませんでしたが、決意を持った僕が第2王位継承資格者であるアルテナ兄さんの陣営に加わることでアルテナ兄さんの持つ不利はなくなるんじゃないでしょうか。また、父やアザゼス兄さんのように僕にも魔眼が出現すれば力でもアザゼス兄さんと対等に渡り合えるようになります。……これでどうでしょうか?」


 一息に話し終え私が3人を見回すと、アルテナ兄さんが拍手をした。


「素晴らしいね。まるで人が変わったみたい、いや、成長したと言った方が正しいかもしれないね。とにかく、今のは良い回答だった。僕がリザスタに求めるのはそれ以外ないからね。でも魔眼も発動していない今の状態での君の価値はそこまで高くはない。何より、僕やアザゼスに求められているのはカーヴァイン家の地位を守ることだ。カーヴァイン家の中で争って他の血族に王位を奪われてしまっては元も子もないからね」


 あくまでもカーヴァイン家の為に。アルテナ兄さんらしい返答だがそれを言われては私にはどうすることも出来ない。


 どうすることも出来ないがここで引き下がっては意味がない。


 そう思い私は再び口を開く。


「そうであったとしても、僕は力のアザゼス兄さんよりも知恵のアルテナ兄さんの方がカーヴァイン家当主、延いては次世代の魔王にふさわしいと思っています」


「ストップリゼスタ。喋り過ぎだよ」と、口を挟んだのはメイ姉さんであった。


 第1王女メイ・カーヴァイン。男性よりも女性の方が魔力の弱い魔族にあって、他の血族を含め唯一王女でありながら魔王になれる素質を持ったメイ姉さんは、しかし、魔王に興味がないと明言している。


 曰く、血に縛られず自由に生きたいとの事で、そのためメイ姉さんは継承争いに対し常に中立を維持していた。


 興味がないと言っても第1王女。自らが動けばパワーバランスが崩れることを理解しているのだ。


 しかし、私が動いたことでそのバランス崩壊する。彼女はそれを良しとはしなかったのである。


「リゼスタ。君が成長したのは嬉しいけど、今の言葉は聞き捨てならない。私が王女としての責務を放棄したのはアザゼスが魔王になると宣言したからよ。他の誰でもない、アザゼスだからこそ私は自由に生きることが出来た。だからもしもあなたがアルテナと手を組んで魔王になろうとするなら、私も王女として対応することになるわ」


 あまり関わりがなかった為にメイ姉さんのことは自由奔放な女性だと思っていたが、どうやら認識を間違えていたようだ。


 彼女は王位に興味がないのではなく、アザゼスに絶対的な信頼を置いている完全なアザゼス派の人間である。


 こうなると厄介だ。


 魔族とは、この世界が生まれると同時に発生した13体の悪魔の血を継ぐ人間のことを言うが、メイ姉さんはカーヴァイン家が継ぐ【破壊】の悪魔の血ではなく既に絶滅した筈であった【因果】の悪魔の血を継ぐ人間なのだ。


 所謂、先祖返り。


 600年ほど昔、カーヴァイン家は消えそうになった【因果】の悪魔の血族を迎え入れたのである。結果として血はカーヴァイン家には受け継がれず、【因果】の悪魔の血族は絶滅したのだが、今になってその血がメイ姉さんに現れたのだ。


 つまりメイ姉さんは【破壊】と【因果】の悪魔の力を継承している。


 もちろん、その力の全てが使える訳ではない。


 魔眼は出現しておらず、力も私にすら遠く及ばない。しかし、同じく絶滅した【事象】の悪魔の力と対になって最強と言われた【因果】の悪魔の力を持つ唯一の魔族であるメイ姉さんの影響力は絶大だ。


 もしもアザゼス兄さんと手を組まれると付け入る隙は無くなってしまう。


 それだけは何とか阻止しなくてはいけない。


「良いんですか? 姉さんがアザゼス兄さんに加担したとなれば色々と荒れますよ」


「それは君も同じでしょ。血に愛された君が序列第2位のアルテナを支持すれば私のようにアザゼス派が黙ってないわ」


「そこまでにしましょう、メイさん」と、アルテナが持っていたティーカップを机に置きながら話を遮った。


「メイさんもご存知の通り僕は別にアザゼスを出し抜こうなんて思っていませんから安心してください。リゼスタも、状況をしっかりと理解できていない内から滅多なことを言うのは駄目だ。……とにかくメイさんもリゼスタも血族の特異点なんですから発言には気をつけてくださいね。では、僕はそろそろ自室に戻ります」


 言い終えると同時にアルテナ兄さんは立ち上がってその場を後にし、それに続いてマクリル兄さんとメイ姉さんも部屋を出たのだった。



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