裏メニュー「お酌」練習

  昨夜はどんちゃん騒ぎになってしまったが、みな朝は通常通り各自当番通りに動いていた。


「みんなおはよう。今日からは私の指示なしでも動けるかどうか確認していきます。私は今日はお客役をするからよろしくね」


「えぇ……そんなの無理です」


いつもしっかりしていたミーシャが急に気弱なことを言っている。


「どうしたの? 今後はあなたをリーダーにと考えているのよ? ミーシャにならできるわよ」


「いえ。私ができていたのはリナ様がいるという安心からです。できません」


「はぁ、昔の悪い癖が出たわね。何もしない間からできないなんてふざけないでよ!! 私ができるって言ってんだからできるに決まっているでしょ!! 無理と言ってもやるしか許さないわよ。わかった?」


「……」


そこにルーミが割って入る。


「おい、リナ様今のは言いすぎだ。もっと優しい言い方があるだろう」


「あのね、私だって忙しいのよ。まだまだ作らなきゃいけないものがたくさんあるし、貨幣も考えなきゃいけないのよ。わかる?」


リナはここのところ疲れがたまっていたせいか、ついカッとなり怒ってしまった。


「リナ様申し訳ありません。私年上にもかかわらずリナ様に甘えていました……頑張ってみます」


ミーシャが申し訳なさそうにリナに謝ると、リナも怒鳴ってしまったことを謝罪する。


「……いいえ。私も強く言い過ぎたわ。ごめんなさい。ミーシャを頼りにしているの。だから……」


「はい。頑張ってみます。リナ様のご期待通りにできるかはわかりませんが、やってみますね。見ていて下さい」


ミーシャは拳を握っていた。切り替えが早くて物分かりがいいとか最高じゃないとリナの中で、ミーシャでリーダーは決まった。


(けれど、こうみると綺麗なのにかわいいなぁ。心が綺麗だからだろうか? 私にはない雰囲気ね)


リナはミーシャをうらやましく思った。


 レストランで接客をさせてみると、思っていた以上にミーシャが他の者たちに指示を出していた。やはり、才能があるようだ。私がいなくても問題なさそうである。


他の者たちもミーシャを慕っているせいか、よく動く。料理も美味しくなった。デザートはやはり時間がかかることが発覚したために、変更はやめた。


メニュー表ができ、一気にレストランの雰囲気が出てきた。そろそろ裏メニューバージョンを試す時期だろう。


そう思っていると、ボンがやって来た。ちょうどいい。ボンで実験すべきだろう。


「ちょっと、ボンここに座って」


「えぇ……?」


ボンは驚きながらも内心喜、リナと同じテーブルにつけることに喜んでいた。


「ウィスをお願い」


リナは、お酒を注文をすることにした。


「いや……あれはまだ原液だからリナ様には強すぎますよ」


ボンはリナの酔っぱらい姿を思い出し、頬を赤らめつつも、やんわりと飲まないように説得を試みるが、そんなことでリナの考えが変わるはずもない。


「いいのよ。それにしてもボンはまだお酒も飲んでいないのに、なんでそんなに顔赤いのよ。バカなの?」


「いや違うが……」


2人がやり取りをしていると、チェリがウィスをグラスに入れて運んできた。琥珀色の綺麗な色をしている。


「なぜ、グラスなの? 瓶ごとお願い」


「お客様、誠に申し訳ありませんが、ウィスのお酒は濃度が濃いために初めてのお客様にはグラスでと決まっております」


リナは思わずほくそ笑む。マニュアルをちゃんと覚えて実践できていることに嬉しさと成長を感じた。しかし、今回はその先にチャレンジしたい。


「私はこの島の出身なの。だから、問題ないから早く」


チェリはミーシャにインカムで確認しているようだ。ミーシャは何と答えるだろうか。


「一度確認してまいりますのでもうしばらくお待ちください」


まずは合格ね。客の言われるまま出してしまっていては失格だもの。さて、どうするのかと確認していると厨房の4人たちがごそっとでてきて、私の目の前に立つ。


「このお客様は島の者ではありませんので、ウィスの瓶はお出しできません」


リナは納得した、ゲイツ夫妻とラクノ夫妻に確認させたのだろう。ミーシャは本当に機転が良く回る。


「ふふふ、みんな素晴らしいわ。合格よ。でも、今回は、前話した裏メニューのお酌バージョンの練習させたいから持ってきてくれる」


チェリがホッとしたように、強張っていた肩を落とした。


「はぁ、よかった。どうしようかと思いましたよ」


「ごめんね。でもちゃんとミーシャに確認したのはよかったけど、その確認はお客様のそばを離れてからするようにして。ピアスの声って以外に漏れているから」


「あっ、すみません」


「ほら、ジェシーも固まっていないで瓶をお願い」


「あっはい」


この迷惑客対応のやり取りを見て、泣きそうだったのか目に涙を浮かべていた。なんて純粋な子なのかしら。


かわいいから腹が立たないわね。えこひいきなリナだったのだ。


 ボンがリナに恐る恐る確認する。


「リナ様は、飲んではいけませんよ?」


「あーあれね。頭痛くなるから飲まないわよ。まだカクテルも作ってないし。てかドリンク表もまだだったわね。あーまだまだやることが多すぎる」


「ならいいが……リナ様最近無理していないか……?来た当初よりすごい痩せた気がするが……」


ボンは胸元に視線を向けていた。


「ハゲ、変態。でも、痩せたかもしれないわね。よく動いているし、魔法もガンガン使っているし」


「まぁ……無理するなよ」


「ありがとう、ボンってなんか意外に優しいわね。なぜ彼女いないの?」


「いや……それは……」


ボンが答えに困っていると、どこからともなく現れたアレクが変わりに答える。


「ボンは好きな女性がいるからだよ」


「えぇ、そうなの。誰? やっぱり若い子がいいからジェシーね。そうよ」


「いや……」


「否定しなくてもいいわ。そうなの。でもジェシーは若くてかわいいいからハゲのボンにはもったいなさずぎるわよ。高望みしすぎよ」


ボンは否定したいのに、リナが全く否定させてくれない。わちゃわちゃとしていると瓶をジェシーが運んできた。


「ウィスです。お好みでロックか水割りでお飲みください」


リナは思わず思い人のジェシーが来たことを面白く感じ、最初はミーシャに練習させようと思っていたがジェシーにさせてみることにした。


「ねぇ、あなたかわいいからお酌をお願いするわ」


「えぇっと……10分につき追加料金が別途かかりますがよろしいでしょうか」


「ジェシー違う。15分よ」


「すみません……」


「追加料金はかまわないから、この人にお酌してあげて。あなたのことを気に入ったみたいなの」


リナの言葉に顔を赤らめるジェシーは可愛いなにものでもない。これはイケる。稼げる。リナは勝利を確信していた。


 その一方で、喜ぶだろうと思っていたボンはなぜかワナワナと震えながら何か言いたげな表情でリナを見ていた。嬉しすぎて興奮しているのだろうか。


リナは素知らぬ顔をして、気づかないふりをした。


「失礼します」


 空いていた席に座り、瓶のふたを開け、ボンの目を見て水割りかどうかを聞いていた。その様子がちょうど上目遣いになるから劇的にかわいいのだ。


ボンもさどかしこの可愛さに卒倒しているかと思いきや、なぜかぶっきらぼうに不満そうに答えていた。


「今は腹が立ち、濃いのが飲みたい。ロックで頼む」


横で聞いていたアレクは爆笑していた。


「はい。かしこまりました」


氷をグラスに入れて、ウィスを投入しカラカラとマドラーでかき混ぜる、ウィスのいい香りが広がった。飲みたくなったが、リナはぐっと我慢した。


「どうぞ」


ジェシーがボンに手渡すと、視線も合わさずにグビッと一気飲みした。


「ちょっと……一気したら危ないわよ」


「こんなの問題ない。もう1杯頼む。今日は飲み明かす」


すでに発言が酔っ払いのようだが、実際の客に近いだろう。ジェシーも初めより顔がにこやかになり、作るのも段取りよくできるようになってきた。7杯飲んだところで15分経った。


「お客様15分経ったので失礼します」


「おい、まだ飲み足らないろ。もっろ、酒を……酒……」


ジェシーは困ったように、その場で立ちすくむ。すると、すかさずそこにインカムが入った。


「ジェシーもういいわよ。戻ってきなさい」


ミーシャがジェシーを呼び戻した。ボンはもう何を話しているのかわからないくらいべろべろだった。


この段取りの良い流れを見て、リナはすこぶる微笑ましい気分になっていたが、ピアスのインカムの音量をもう少し絞るべきだと考えていた。


やることが多すぎるが、リナは楽しくて仕方がなかったのだった。

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