練習

 レストランに着くと、すでにゲイツ夫妻とラクノ夫妻が到着していた。


「え……リナ様そちらにいらしゃるのはどなたでしょうか」

「ふふふ、みんなもよく知っている一緒に働く仲間じゃないの」

「もしかして……国から派遣された令嬢たちなのかい?」


ラクノの奥さんが目をまんまるにして、何度も見ている。


「やだなーおばさん」


ルーミーが恥ずかしくなったのか喋りだす。


「あんたルーミーかい。かわいいのにその言葉遣いだと残念でしかないねー」

「ちょっ……それは言わないでくれよ」

「あーごめん。でも、かわいいよ。みんな見違えるように綺麗だ」


リナは鼻高々で言った。


「そうでしょ?これでもう完璧よ。それでは今からデモストレーションを始めます」

「でも……しょんってなんだい?」

「あー練習よ。とりあえず男性をターゲットに考えているから奥さんたちは厨房で前回のコース料理の準備をして。男性たちはお客役になってね。昨日やったから大丈夫よね?」

「あぁ」

「ところで、ボンがいないけど?」

「ありゃ、本当だね?昨夜は一緒じゃなかったのかい?」


にやにやしてゲイツが尋ねる。


「一緒なわけないじゃない」


すると、チリンチリンと大きい音が鳴ったと思い、入口を見てみるとボンが走ってきていた。


「すみません。リナ様遅れました」

「ギリギリ遅れてないからセーフよ」


ボンを見ると目が充血しており、鼻にはティッシュが詰め込まれていた。


「ボンどうしたの? 風邪?」

「いえ……昨夜は眠れなくてすみません」

「ならいいけど……体調管理も仕事のうちだからね。ちゃんとして」

「はい。ところでそちらの女性たちは……まさか、すごい化けたな」

「そうでしょ。あんたも客役だからさっさと入口に待機」

「はい」


ボンは出ていった。


「よし、はじめは年上コンビから練習するわね。ミーシャとチェリ頼むわ」

「はい、かしこまりました」

「いい感じよ。その調子でよろしく」


さすがは年長者たちだ。物腰も柔らかく言葉遣いも完璧である。


「他の3人は厨房で盛り付けの手伝いしてきて」

「はーい」


やはり、これが年の功というものだろうか。のちに教えていけばいいと頭の中にメモを取った。


チリンチリン


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

「……3名でちゅ」


ゲイツが鼻の下を伸ばし、真っ赤な顔で緊張したせいなのか噛んでしまう。笑ってしまうかと思ったが、2人とも笑わずに、席に案内した。


「ようこそ、リル・チジサミ」


と言いながら、ミーシャが椅子を引いてエスコートしていた。さすがは年増は違う。やはり芸歴が違うのだろう。教えていなくてもできるなんてすごい。


それを見ていたチェリもすかさず、他の男性の椅子を下げていた。この二人やるわね。あの3人にも見せておけばよかった。正直ここまでできるとは思っていなかった。


「お飲み物は何になさいますか」

「えーここはなにがおすすめなのかな」


ぶっこんできたのは、ボンだ。さすがというか、社交的なことは彼は長けていそうである。おどおどしてしまうチェリ。リナがフォローに回ろうかと思ったが、その必要はなかった。


「この島は果実が豊富になっておりますので、果汁ジュースはどうでしょうか。それとも、果実を丸ごと味わうことができるココナッシはいかがですか」


完璧よ。ミーシャ。だてに場数踏んでいないわね。感心するリナ。しかし、ボンの暴走はまだ止まらない。


「いやいや、俺は酒を飲みたいんだよ。この店には酒もないのか?」


ボンは暴れだした。リナは怒りに満ち溢れている。こいつ、なんでこんなイレギュラーの役ぶっこんでくるのよ。こんなレアケースもだけど、今の練習に迷惑客とかいらないんだけど……


さすがのミーシャも黙ってしまう。リナは一度やめさせようとしたが、なぜかルーミーが厨房から出てきてボンを殴りつけた。


「あんたいい加減にしろよ。ないものはないんだよ。嫌なら出ていけよ。二度と来るな」


リナは笛があったらピピーと鳴らして、レッドカードを出したいくらいだった。ボンも思わず苦笑いである。


「はい、ちょっと終了ね。ルーミーお客様は何があっても絶対に殴っちゃダメよ。わかった?」

「いや……だって」

「だってじゃない。二度としないで。守れないなら国に帰ってもらいます」

「……すみません。気を付けます」

「そうして。で、ボンはなんでその迷惑客をチョイスしたのよ?」

「え? すみません……ちょっと寝てなくて、イライラしてたもんで。それに、こんなに美女ぞろいならあの手この手で上げ足をとって、いいようにしようと思う輩がいると思ってだな……」


チェリが怖かったのかと泣いている。


「ちょっと、ハゲ? あんたが泣かしたのよ……チェリもこれくらいで泣いてたら接客なんかできないわよ。しっかりして」

「うっ……すみません」

「まぁ、そもそも私がメニュー表用意できていないのも悪かったわね。普通はメニューを見て決めるものね」

「わかった。ならイラスト今日中に完成させるよ」

「ありがとう。ルーミー頼んだわ。よし、次はサラとジェシーよろしく」

「「はい」」

「厨房はそろそろ料理できそう?」

「え……はいっ。あと5分です」


リナはだいたいサラダが出るまで10分くらいだなと頭に叩き込む。あとはドリンクの作り方も教えなくてはならない。まだまだ課題は山済みだった。


初めから、やり直しさせてみるとボンも何も言わなくなり、スムーズに最初の注文を取ることができた。ドリンクも運んだところで、無事にお客役のボンたちも和んできたようで本物らしいお客になってきていた。


料理ができて、ルーミーが厨房から運んできた。その途中にドレスの裾を踏んでしまい料理ごと落としてしまう。


「あぁ」


ばしゃんと床一面に緑の野菜が飛び散った。慌ててルーミーが拾いお皿に入れようとする。


「ちょっと待って。そういう時はお客様に先にお怪我はありませんか。申し訳ございませんと謝罪して、お客様を確認してから片付けに回って」


そして、リナは大声で厨房にまで聞こえるように言った。


「厨房に手の空いている子いるよね?ガチャンととか割れた音とかしたら、すぐにその子たちが片付ける用具を持ってきて」

「すまない、リナ」


ルーミーが謝っていると、サラがやってきて片付けをしていた。


「いいのよ。ただドレスが長いのは正直気になっていたし、魔道具で制服も作るわ」

「制服とは何かわからないけど、動きやすいと助かるよ」


リナは想像する。令嬢でははしたないって言われるかもしれないけど男受けを意識してミニスカートにしようかな。でも、もろミニだと覗き込む客とかいそうだし、膝上くらいがいいかしらね。よしっ、早く魔道具もらわないと。あとで、ランドに連絡しよう。


ルーミーは厨房にもちゃんと謝りに行っていた。


「すみません……せっかく作ったのに」

「いいのよ。今から準備するから」

「その必要はないわ。ちょっと休憩にします。もうお昼だし。賄いお願い」

「はい」


賄いを作り始め、令嬢たちも少し休憩することにした。




 リナはレストランから出て、ランドに連絡することにした。しかしランドは応答しない。どうしたのだろうか。諦めて切ろうかと思っていたとき、


「悪い、会議だった」

「王子もちゃんと仕事しているようで何よりですわ」

「なんだ気持ち悪いな。また頼み事か?」

「察しが早くて助かるわ。魔道具を作りたいから魔石が欲しいのだけど手に入るかしら」

「それは難しい。お前の国しか手に入らない。自分で頼め」

「いやよ……お父様は怖いもの……たくさんいるのよ。頼んだわよ」


リナは言うだけ言って切った。


「あいつ、言い逃げしやがった。どうしようか……やはりテリーに頼むしかないよな」

「ラミレス、テリーを呼んでくれ」

「はい」


ラミレスはテリーを呼びに出かけたのだった。


「はぁ、なんだかおおごとになってきたが本当に大丈夫なのだろうか。心配になってきたな」


ランドの大きな独り言が部屋中に響いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る