レストラン準備(接客・お酒)

 次の日、リナはみんなを集めて接客7大用語を教えることにした。


「いらっしゃいませ、かしこまりました。少々お待ちください、お待たせいたしました。失礼致します。申し訳ございません、ありがとうございました」とどこかの怪しい講習会のように何度も令嬢たちに言わせていた。初めは真剣に取り組んでいたが、途中から小さい声だったり、口パクの子もでていた。そろそろやめようかと思っていたころに、ルーミーがミスをした。


「ルーミーちょっとお辞儀の角度が浅すぎるわよ」

「え?あぁーめんどくさい。こんなことが必要なのか?」

「あのね、接客ってものはね、心でするものなの。今指導している言葉が自然と出るようになって初めて接客できるのよ。わかる?お客様は神様だとまでは言わないけど、お客様がいるおかげで私たちは生活できると思いなさい。わかった?」

「はーい」

「はいは短くね」


 リナが真面目に指導したことで意識が高まったようだ。島の人たちも小さい声で練習していた。だいたい言葉遣いも覚えてきたので、実際にお客役をテーブルにつかせて料理も出してみることにした。


お客役は島の夫婦二組に頼むことにした。


「ねぇ、あなたたち今思ったけど名前聞いてなかったわ」

「あーわしらはゲイツです」

「うちらはラクノです」

「わかったわ。ゲイツ夫妻とラクノ夫妻にはお客役をお願いします」

「えっ、はい」


ゲイツ夫妻が座ろうとした。


「ちょっと、ゲイツお客って言ったでしょ?ほら?入口からスタートね」

「あーすみません。はい」


それを見ていたラクノ夫妻は座ろうとしたことがバレないようにそっと入口へと向かった。


リナは令嬢たちに喝を入れる。


「レストラン内では私語禁止ね。あと、ミス1回につきペナルティを与えます。各自集中して接客に当たってください」

「はい。一つ質問が……」

「どうぞ、サラなに?」

「接客と言っても普通に料理を運べばいいんですよね?」

「はじめはそうね。もし、お客様がお酌しろって言われたらチャージと言って追加料金上乗せすることを話してくれる?お触りはビリビリってまだ準備できていないけど、今回は貴族様だからそんな危険もないと思うわ」

「そうですか……なら安心です」

「よしっ、始めるわよ」

「「「はい」」


みんないい返事だった。入り口からお客が来たことを合図する鈴の音が鳴った。


リンリンリン


「いっ、……いらっしゃーい」

「ちょっとタイム」


リナは思わず師匠のモノマネのような挨拶に笑いを堪えて注意する。


「今のなに、ルーミー」

「いやっ……なんか急に緊張してしまって」

「ここはお笑いでもなんでもないのよ。落語家さんとか必要ないから」

「らくごか?」

「ごめん、今のは忘れて。やり直し」


この入店だけで何度やりなおしただろうか。ルーミーの次は、ジェシーだった。


「いらっしゃいませ」

「ジェシー、あなたは未来のナンバーワンよ?なんで急に男みたいに低い声になるのよ。やり直し」

「すみません」


涙一杯のジェシーはかわいいのだ。そのあざとさをちゃんと出さないと意味がない。


「いらしゃい、いらっしゃい」

「ミーシャ、商店で魚を売ってるおっちゃんじゃないのよ。もうやり直し。もういい。私が見本するわね」


リンリン。


「いっらしゃいませ。何名様でしょうか」


華麗な立ち振る舞いで終始皆が圧倒されてしまう。普段のリナとは全く想像がつかない。ゲイツ夫妻も言葉が出ない。その美しい笑顔にゲイツの旦那は見とれてしまう。奥さんに頭を叩かれて現実に戻ってきたようだ。


「えっと、4人です」

「4名様ですね。ようこそ、いらっしゃいました。こちらの席にどうぞってこんな感じよ。簡単でしょ?」

「おぉー」


みんながリナに拍手をしている。


「ちょっと、やめてよ」


恥ずかしながらも嬉しいリナだった。



 そして、リナは大事なことに今気づいてしまった。


「ねぇ、ここのレストランの名前決めていなかった」

「あーそうですね」

「どうしましょうか」

「リル・ジサチミはどうでしょう?」


チェリが言った。


「どういう意味なの?」

「えっ、はい。単純なのですが私たち令嬢の名前を1字ずつ使用しただけなのですけど……」

「なら言いにくいから、リル・チジサミにしましょう」

「なんかいい響きだな」


ルーミーはなぜか嬉しそうだ。


「なら、決まりね。ラクノ夫妻悪いんだけど書くものとかある?メニュー表も作っていなかったから」

「はい。少々お待ちください」

「あらやだ、ちゃんと使えてるようになってるじゃない。嬉しいわね」


 リナは早速の練習の効果を感じていた。ラクノ夫妻がペンと紙を準備した。こんなの本来ならパソコンとプリンターなんかあったら、すぐにできるのに。1枚ずつ手書きなのが面倒よね。テーブルは10卓あるのだ。誰か絵の上手な人がいないかしら。


「ちょっと誰か絵とか上手な人いない?」

「ルーミーが上手いです」

「え?サルにも特技があるのね」

「うっさいなー。なら書かないぞ」

「うそよ。この島の緑と海をコントラストにあとはいい感じにお願いね」

「相変わらずアバウトすぎる指示だな」

「芸術家は自分の肌で感じたものを再現するんでしょ?これくらいの情報で問題ないでしょ」

「なんか求められているレベルが高そうで怖いけどやってみる」

「3日でよろしくね。そこにメニュー書くから」

「わかった」


ルーミーは不貞腐れながらも絵を描くのは嫌いじゃないので内心喜んでいた。


「よしっ、今日は遅いしみんなに賄いをお願い。ゲイツ夫妻とラクノ夫妻悪いけど作ってくれる」

「はい。了解です」

「ふふふ、そこでかしこまりましたが言えたら100点だったけどね」

「すまねぇ」

「いや、いいのよ。初めから完璧な人などいないもの」

「リナ様が女神様のように見える」

「ちょっとボン今まで何していたのよ?」

「家畜にえさをあげてました。死んでしまったらだめでしょうに」

「そうねぇー。ありがとう」

「えっ?お礼とか言えるんですか?リナ様がおかしい」

「はいはい。あんたもご飯食べて行きなさい」

「はーい」


今夜のまかない料理は豚丼のようなものだった。美味しい。これはこれでランチの定食とかで出せそうよね。リナは1人構想を練っていたのだった。


 2日目、ホールとして料理を運ばせる特訓をした。もちろん料理は乗せずにお皿のみでやっていたのだけど、まぁ、令嬢たちは軽い物しか持ったことないのかパリンパリンと皿を落としまくる。


グラスもいくつ割ったかわからない。途中からは海で拾ったもので対応して、なんとかみな料理を運べそうな状態になってきた。


ドリンクにおいてはまぁワインについては詳しいものは多かったがあいにくここにはワインなどない。ココナッツミルクのような観光用のジュースやとれたて果汁くらいしかないのだ。ここの住人はお酒は飲まないのだろうか。リナはボンに尋ねた。


「ボンこの島の人はお酒飲まないの?」

「いえ?飲みますよ……あぁ、一般的なお酒とは違うからわからなかったのでしょう」

「ゲイツ、あれをリナ様に」

「はいはい」


ゲイツは厨房に何かを取りに行った。持ってきたのは安いおっさんたちが飲んでいそうな大きなボトル入りの焼酎のようなものだった。


「これ、なに?」

「あーこれはですねウィスと言って、ウィス木から採れたものです。ウィス木には多くの水分が含まれているので木の皮をはがして、抽出機を差し込めばあら不思議。お酒が出てくるんですよ。この島特有の酒ですな」

「いいじゃないの! もっと早く言いなさいよ。どんな味なの?」


リナは舐めてみることにした。


「ぺっ、なにこれ?アルコール度数が高いっていうレベルじゃないわよ」

「はぁ?わしらは普通に飲んでいましたが?」

「この島の人はどこまでのんべぇなのよ。まぁいいわ。これを少量加えて果実を絞ってグラスに果物を添えればおしゃれなカクテルの出来上がりね。よしっ、売れるわよ」

「リナ様が気に入ってもらえてよかったですが、足フラフラですけど?」

「……ほとんど飲まなかったのにこれ何度なのかしら。テキーラで40パーセントくらいよね?スピリッツが消毒に使えるレベルで66パーセントでしょ」


リナは1人過去の記憶を呼び起こす。


「あぁ、これは原液そのものですから100パーセントですよ」

「だからよ……これは取扱注意ね。ちょっと魔道具で蒸留酒とかにして何とかしなくちゃ……頭いたっ」


リナはボンに倒れこんでしまう。


「大丈夫ですか、リナ様」

「ふー、今日はもうやめにしましょう。明日は本番同様にヘアセットや化粧もして8時に集合ね。ボン寝室まで運んでもらえる?」

「え……いいんですか」

「何考えてるのかわからないけど早くしてくれる」

「は……はいっ」


虚ろ気な目で見つめるリナにボンは心臓がドキドキと高鳴っていた。

ゲイツは、にやにやとボンに言った。


「ファイトだ。ボン。頑張れよ」

「……おぅ」


ボンはリナを抱きかかえて寝室まで連れて行くことにした。


ボンはリナをベッドに横たわらせる。真っ赤で火照った顔は色っぽい何物でもない。思わず生唾を飲み込んでしまう。


「リナ様、水をお持ちしましょうか?」

「え……だめぇ……ボンそばにいて?」


いつもの勝気な態度とは真逆な少女のようなかわらしい様子にボンは堪えるのが辛くなる。


「はい……でも俺だって男ですぜ?」

「………」


リナはボンの手を握りながら眠ってしまった。


「リナ様……さすがです。これがじらしプレイというやつですね。さすがはドSな姫様だな。はぁ」


ため息をつきながら、ボンは布団をかけて部屋を後にしたのだった。

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