第57話 例え無意味で無価値であったとしても。
そんなこんなで、色々アーデルハイトと色々な相談をエルネスティーネは、はあ、と疲れたため息をつきながら、執務室から退出する。
やるべき事は山積みの上に、さらにやるべき事が増えるのは勘弁してほしい。
過労死ルートだけは嫌だなぁ、と自室へと戻ろうとしたエルネスティーネは、長い眠りから目覚めて屋敷を散歩していたらしいアルシエルとバッタリと出くわす。
「あ、アルシエル。目を覚ましたんですか。体の具合は大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくるエルネスティーネの顔を見て、昔の天秤の女王だった千年間無表情で淡々と業務を過ごす姿、そして、暴力を振るわれ、無残な最期を迎えたあのシーン。
切り落とされて全ての表情が抜け落ちたエルネスティーネの首と、串刺しにされてた胴体がアルシエルの脳裏に蘇り、フラッシュバックする。
その瞬間、アルシエルは無意識にエルネスティーネへと思わず抱き着いていた。
「うわっと、な、何ですか?」
急に抱き着いてきたアルシエルに対して、エルネスティーネは困惑しながらも、抱き返して頭を撫でてやる。
何でいきなりこんなことをするのは分からないが、まあそれは神様の化身だし、そういう事もあるだろう、と深く考えないようにしながらも、エルネスティーネはぽんぽんとアルシエルを抱きしめながら、背中を軽く叩いてあげたり、頭を撫でてあげたりした。
30秒ハグをする事によってストレスを3割減らせるとの研究結果もある。
実際、得体の知れない神の化身と言っても、外見は美少女には違いないのだ。
実際にハグしてみるとこれが非常にストレス解消になるのである。
お互いのためにも定期的にハグするのもありかもしれない、とエルネスティーネは思わず考えてしまう。
しばらくそうしていると、アルシエルも落ち着いたのか離れてエルネスティーネと距離を取る。
「……うむ、無様をさらした。先ほどの事は忘れろ。いいな。」
「はぁ……。まあいいのですが。それで体の具合は大丈夫なんですか?」
「うむ、そちらは問題はない。それで、極秘に話したい事があるのだが、お主の部屋で二人きりになりたい。もちろん、あの妾にいきなり剣を振るってきたゴリラ女やメイドはなしで、だ。いいか?」
「まあ、こちらに拒否権はありませんし……。了解しました。」
エーファにしばらく自室に誰であろうと立ち入り禁止、誰も入れないでほしい、と念を押してアルシエルとエルネスティーネは、自室で二人きりになる。
きちんと鍵もかけておいて、探知のルーン魔術で周囲を魔術的に探知するほどの念の入れようっぷりだ。
そこまで確認しておいて、エルネスティーネはアルシエルに問いかける。
「で、話というのは?」
「うむ、他でもないこの世界の話だ。直球にいうが、この世界はすでに主要な神々から見捨てられている、廃棄世界と言っても過言ではない。」
そう、宇宙には非常に多くの世界、多元世界が存在する。
その中にはすでに滅んだ世界や神々に見捨てられた世界、結界を張って上位存在からの干渉を可能なかぎり防いでいる世界なども存在する。
この世界もその多元世界の中の一つに含まれてはいるが、主要な法と混沌の神には見捨てられ放置されている廃棄世界の一つである。
とはいえ、信仰を捧げれば神々は力を貸したりはするが、すでに管理が放棄されている世界であるため、世界を守るために直々に出撃したりはしてこない。
(天秤は人格や意思を持たない世界維持システムのような物なので例外である)
そのため、小神であるはずのアルシエルが好き勝手に世界を流転し、やり直しを行う事ができるのである。
確かに、もう滅んでいるはずの世界を何度もわざわざ作り直してやり直すなど、そんな面倒な事を神々が行うはずもない。
多元世界はそれこそ無限といえるほど多数の宇宙があるのだ。
滅んだ世界にいちいち干渉するほど暇ではない。
だが、この滅んだ世界を何度も流転させるのを見て、とある法の小神が注意を向けて何かとちょっかいをかけてきているらしい。
その法の小神が何やら自分の使える人間どもに記憶保持の加護をかけて、流転した以前の記憶もずっと保持し続けているのだとか。
正直、なぜそんなことをするのか、アルシエルには理解できない。
滅んだ世界の記憶など、人間が保持していいものではない。
その記憶を使って、法の小神に仕える人間たちは強大な”連合”を作り上げたらしいが、そんな物もっていても、正気を保てず発狂する以外の選択肢がない。
恐らくその連合を作り上げた人間たちは、一見はまともそうに見えても、一人残らず発狂しているだろう。
連合とやらが異常なほど法の勢力に拘り、全世界を存在凍結で覆いつくそうとするのも、人の命や感情など全く意に害さず平気で非人道的行為を行えるのも、完全に発狂しているからに違いない。
いっその事アルシエルが、瞬間転移を行い、連合の中心人物たちを全て殲滅しようとも思ったが、そうなれば法の小神も直接エルネスティーネの命を奪いにくるだろう。
そうなれば、またアルシエルは世界を巻き戻すしかない、という実に不毛な状況になってしまう。
「ともあれ、この世界は法の主神や混沌の主神クラスにとっては価値のない世界だ。
だから、妾のような小神が好き勝手できるが、それは法の神にとっても同じ。
実際、法の小神、セレスティアとやらが干渉を仕掛けてきているらしい。」
「セレスティア?それってどんな神なんですか?」
小首を傾げるエルネスティーネに対して、アルシエルは淡々と答える。
「一言でいうと『秩序の維持』を司る小神だな。
もちろん、秩序の維持は人間にとっても非常に大事だ。だが、それが行き過ぎると停滞と徹底管理世界へと繋がる。狂信者である奴らは、この世界をディストピア世界へと変化させ、やがては世界の破滅に対抗するために全世界を存在凍結で覆いつくそうとしている。存在凍結ならば、人類も文明も滅びる事なく永遠に存続させる事はできる。」
もっともそれは、”生きている”とは言えない。
本当にただ存在しているだけ。大事な物を冷凍保存しているだけの話だ。
世界の滅亡を何度も見てきた”連合”の中心人物たちは、それでもそれが最悪の中でも最善だと信じ込んでいる。
全てが消え去って無に還るよりもマシだと、人類が存続した痕跡はせめて残したいと、そう思っているのだ。
「実際、これを聞いてどう思う?」
「どう……とは?」
アルシエルの問いかけに、思わず腕を組んで小首を傾げるエルネスティーネに対して、アルシエルは言葉を続ける。
「この世界はもう見捨てられた価値のない廃棄世界だ。
そして、その廃棄世界ですら滅びかけている。だったら、こんな無意味で無価値な世界など見捨ててもいい、という気にはならないのか?」
腕を組んでしばらく目を閉じて考えこむエルネスティーネだが、やがて言葉をアルシエルに向けて返す。
「うーん……。無意味で無価値でも、ここが見捨てられた世界でも、存在価値がなくても、今私たちはここに実際存在している訳ですし。
だったら、最後の最後まで足掻いてみるべきじゃないですかねぇ。
無意味で無価値だったかどうかは、地獄だかどこかあの世で死んだ後で後悔すればいいんです。ま、前世で諦めて何もしようとしなかった自分が言っても仕方ないんですけれどね。」
そういうと、エルネスティーネはあはは、と軽く笑う。その笑顔に思わず、アルシエルの視界が霞む。ああ、これが「泣く」という事なのか。
この停滞と閉塞と繰り返しの世界において、エルネスティーネのそれでも生きようとする意志は、まるで夜空に強く光り輝く星のように、アルシエルに見えたのだ。
そうだ、アルシエルがここまでエルネスティーネに惚れ込んだのは、たった一人のために世界を何度も流転するのは、彼女の絶望に屈せずそれでも進み続けようとする意志に惚れ込んだからだ。
それは、アルシエルにとって、何よりも大事な希望であり光であり守るべきものなのだ。
そんなアルシエルに対して、エルネスティーネは、さらにあはは、と軽く笑いかける。
「ま、ワナビから抜け出してラノベ書くまで私は死にませんよー。
そのついでに世界も滅びから救ってハッピーエンドって奴です。
バッドエンドは読者からの受けが悪いですしねー。」
以前の天秤の女王の無表情さとは無縁なそのエルネスティーネの笑みを見て、アルシエルは、大きな安堵感を覚えていた。
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