第56話 狙え貴族の令嬢好みの物語


 アーデルハイトから聞かれたエルネスティーネは、顎に手を当てて考え込みながらも、慎重に言葉を放つ。

 アーデルハイトも、彼女たちがエルネスティーネと共に冒険を潜り抜けた仲間であるという事は知っているだろうし、危険な任務に放り込むなどといった捨て駒扱いはしまい。


「そうですね……。彼女たちならお金さえ払えば依頼は引き受けてくれるとは思いますが……。一応、どんな任務につかせるか聞かせてもらってもいいですか?」


 エルネスティーネにとって、彼女たちは冒険者の先輩として以上に、一緒に危険な冒険を潜り抜けた言うなれば同じ釜の飯を食べた仲間である。

 そんな仲間を売る……危険な任務に就かせるというのは、流石に人情的に認められるものではない。

 そんなエルネスティーネの心配を払拭させるために、アーデルハイトは微笑みながら言葉を返す。


「安心しなさいティネ。別にそんな危険な仕事につかせる訳ではないわ。

 ただ他国の状況を見てきてもらうだけよ。

 もちろん、諜報活動はウチの専門家がやるけれど、それだけではなく、表面上の肌感覚として感じる所を報告してくれればいいですわ。」


 他国に侵攻する、戦争を行う準備に必要な物は物資の補充、つまり兵站線の確保である。そして、兵站を行うためには大量の食糧など様々な物資が必要である。

 それら食料などを集めるには、当然の事ながら物流が活発化になり大量の物資が流れ込んでくる。そして物流が活性化すれば人が集まり、それを目当てに飲食店などが周囲に出来、経済が活発化される。戦争特需とまではいかないが、戦争前はそういったきな臭さは何となく皮膚感覚で感じられるものだ。

 そういった兆候がないか、二人に隣国を観察してもらいたいらしい。

 極秘で物資や食料を集めていたとしても、物流の流れはごまかせない。

 普段より遥かに多くの荷馬車が出入りを繰り返していれば、それは明らかな異変を意味する。そう言った事を冒険者として侵入して観察してほしいとの事である。


「分かりました。こちらからも聞いてみますね。」


「頼むわ。それとティネ。貴女、流石にそろそろ社交界デビューを行うから、そちらに向けての準備も行うわね。覚悟しなさい。」


 社交界デビュー、つまりデビュタントである。

 この場合、国王主催の舞踏会に出て、国王夫妻に挨拶をし、そのまま夜会パーティーに出るという流れである。

 だが、そのためには、さらなる礼儀作法の勉強が必要となる。

 辺境伯の三女として、礼儀作法の勉強は行っているが、国王陛下たちの前に出るためにはさらなる礼儀作法の勉強を行わなければならない。

 万が一でも挨拶に失敗した場合は、一生笑いものになっても不思議ではないからである。王妃愛用のノイエテール水を作成しているエルネスティーネは、少なくとも悪印象は持たれていないだろうが、それはそれ、これはこれである。

 当然、現状でも手一杯なエルネスティーネにとってはたまったものではない。

 下手すれば過労死ルートまっしぐらである。


「え、えぇ……。大姉様。このクソ……いえ、やたらめったら忙しい時にですか?

 もう少し落ち着いた時にでも……。」


「ダメよ、そう言ってるとどんどん後回しになってしまうんだから。

 それに、これは貴女にとっても悪くない話なのよ?

 今でも結びつきはあるけど、直接貴族の令嬢たちと顔を合わせる事によって、彼女たちの好みを実地で聞けるチャンスなのよ?

 貴族の令嬢たちなんか娯楽に飢えているんだから、らのべ?はよく知らないけど、とにかく彼女たちのツボを押さえた物語を本にして売れば大受けする可能性は十分にあるわ。……とはいうものの、忙しいのも確かだから、しばらく訓練をしながら様子見をして、落ち着いた時に社交界デビューをしましょう。」


 確かに、アーデルハイトのいう事は正しい。

 エルネスティーネの目的である本の普及にとって、文字を読む事ができ、大金を持っている貴族の令嬢たちは絶好のターゲットである。

 一般市民たちに対する本の普及は、識字率という高い壁が存在する。

 その壁を乗り越えるためには、一般市民や農民たちに教育を施さなくてはならないため、簡単に出来る事ではない。

 その間に、貴族たちに本を普及させるという事は、エルネスティーネの野望のために大きな助けとなるだろう。

 と、なれば、貴族たちが好む本の分野を把握しておかなくてはならない。


「ちなみに、大姉様的から見たらどんな話が流行しているようでしたか?」


「え?まあ、私貴族に親しい友人はいないからアレだけど……。やっぱりロマンス物が流行っているみたいね。後は、個人的にはどうかと思うけど、騎士たちとの不倫物も流行っているらしいわ。全く嘆かわしい……。」


 アーデルハイトは、昨今の貴族の令嬢たちの物語の好みについて文句はあるようだが、まあ、令嬢たちの気持ちはわかる。

 基本的に、貴族たちは自由恋愛よりは、家の繋がりのための政略結婚が圧倒的に多い。そうした自分たち好みではない人間と結婚した(しようとしている)彼女たちが、自分の好みの騎士たちと真の愛を紡ぐ、という物語を好むのは理解できる。

 空想の中ぐらい、自分好みの相手と素敵な恋愛をしたいというのは、古今東西誰もが持っている心理だ。


「まあ、個人的に思う所はあるけど……。商売だから仕方ないか。分かったわ。そちらの方で本を作ってくれれば、こちらの方のツテで広めてみるわ。

 貴族の令嬢たちなんてヒマを持て余している人たちが多いもの。

 そんな彼女たちに、好みの物語なんて与えてあげれば一発でコロリ、よ。」


 不倫もの、というのはアーデルハイトのモラルに反する作品ではあるが、それが事商売に繋がるというのではあれば否はない。

 ましてやそれが令嬢たちに売れて、彼女たちをさらに政治t的に取り組めたら等ことはない。今は石鹸の供給で影響力を強めることができたが、それだけではまた離れてしまうことは目に見えている。

 影響力を担保しつつ、さらにエルネスティーネの望みである本の普及相手には持ってこい、である。


「分かりました。今のうちから準備を進めておきます。」


 となれば、令嬢たちが喜びそうな物語をピックアップして集めるなり、自分で書くなり何らかの手段が必要になるだろう。しかし、ただでさえ色々大変なうえに社交界デビューに加え、執筆作業も行わなくてはならない、というのはかなり大変であるが、これもラノベ……本の普及のためである。仕方ない、とエルネスティーネは覚悟を決める。


「うん、よろしくね。あと、ティネが提案した三段撃ち……だったかしら。

 アイデアとしてはいいと思うわ。マスケット銃は仕方ないとしても、クロスボウは、巻き上げ式のクレインクインを使ってもやっぱり一分以上時間がかかるだろうから……弦を適度に緩めて装填速度をさらに早くしてみましょう。」


 クロスボウというのは非常に強力であり、プレートアーマーすら射貫く威力があり、しかもロングボウと異なり、訓練があまり必要ではなく、狙いを定めて撃つだけという簡単さのため、民兵たちでも簡単に運用でき、強力な兵士へと変貌させる事ができる。その点では、市民を簡単に兵士に変える事のできる銃と似た部分はある。


 だが、クロスボウには強力な反面、弦を巻き上げるという動作が必要なため、発射速度が遅いという欠点がある。

 他にも製造コストが嵩むという欠点もあるが、元よりノイエテール王国を守るため武力を重視するこのエーレンベルク領では、市民たちもすぐ戦えるために、あらかじめそれなりの数のクロスボウを製造し、運用を行っている。

 さらに、後部に巻き上げ式のハンドルがついているクレインクインと呼ばれるクロスボウを運用しているが、これでもやはり発射速度が足りないので、アーデルハイトはそう提案してみたのである。


「でも、大姉様。それでは威力が足りないのでは……?」


「何、こんなのは当たればいいんですのよ当たれば。多少威力が落ちようとクロスボウなら当たれば倒れますわよ。後は……そうですわね。後部に補給隊を用意して、マスケット銃の次弾を準備するようにしましょう。まあ、その分マスケット銃を用意しなくてはならなくなって費用も嵩みますが……仕方ありませんわね。」


 もちろん、その分大量の弾薬……つまり黒色火薬の原料となる硝石も用意しなくてはならない。問題は山積みである。思わず、エルネスティーネは、はあ、とため息をついてしまうのだった。


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