第55話 ペーパーカードリッジと変形三段撃ち

「よし、こっちはこれで、これだけの支払いっと……。エーファ。そっちはどう?」


「はい、お嬢様。こちらは出来上がりました。どうぞ。」


 会社を立ち上げるために、エルネスティーネは山のような書類仕事に追われていた。

 会社を立ち上げるのならば、従業員たちに支払う給料をきっちりと決めて、どれくらい支払いを行うのかを明文化しなくてはならない。

 さらに、貴族の令嬢たちから入ってくる収入をきちんと把握し、材料費やら何やらまできちんと把握して儲けがいくら出るかまで計算しておく必要がある。

 さらに初期の建物建築費なや何やら、全て計算して、それらの予算をアーデルハイトの提出して初期費用をもらって、まずはそこから活動開始である。


 まさかここでサラリーマン時代の経験が役に立つとはなぁ、と心の中で苦笑いしながらも、エルネスティーネはペンを走らせる。

 まずは収入がどれくらい見込めるか計算して、かかる費用、予算などを計算し、どれぐらいの儲けが出るかをある程度予測して、それをアーデルハイトに対して提出しなければならない。

 言わば、銀行から起業資金を借りるようなものである。

 そんな風に自室でエーファと二人揃って懸命にあれやこれやと収益や損益の予定が書かれた書類仕事に悪戦苦闘している間に、戦闘用スリヴァルディやマスケット銃の試験運用を終えたアーデルハイトが屋敷に帰ってきたらしい。

 エルネスティーネの経験上、下手に一息ついてからよりは、試験運用などの帰りでテンションが上がっているアーデルハイトの方が機嫌がいい、というのは経験上で理解している。


「失礼します。大姉様。」


 書類の束を抱えながら、エルネスティーネは、アーデルハイトの執務室へと入っていく。シャツとジャケット、そしてスボンに長靴という男装さながらの姿をし、長い透き通るような金で出来たようなロングヘアの金髪をシニヨンにして纏め上げたアーデルハイトの姿は、まるで宝塚歌劇団の男性役そのものだった。


 その女性的な美しさと男性的な凛々しさを秘めた容貌は、妹であるエルネスティーネですら見惚れるほどであった。


「ご苦労様。ティネ。こちらでチェックしておくわ。後は頼んでいた件の草案はどうなっているかしら。」


 アーデルハイトはそのまま執務室の椅子に座ると、エルネスティーネの話を聞く態勢に入る。普段はドレス姿の彼女ではあるが、この姿のほうが辺境伯として戦う気概が出てくるとは本人の談である。

 ともあれ、収益や損益の仮の計算書を提出しながら、同様にアーデルハイトが注文していたマスケット銃の連射速度を速めるアイデアを書いた紙も提出していく。


「はい、マスケット銃の連射の件ですね。まずは、紙か何かを漆で包んで、そこに弾と火薬を詰め込んで木栓か何かで密閉した、いわゆるペーパーカードリッチを用意すれば多少は装填速度を速められます。これを複数用意すればそれだけ撃つのが楽になりますね。他は、一人の射撃手に対して、複数の火縄銃と専門の装填する係を用意すればさらに装填は早くなるはずです。」


 これは、日本の戦国時代で早合と呼ばれたやり方である。

 この言うなればペーパーカードリッジである早合を使用することで、通常40秒ほどかかる再装填の次弾発射が20秒ほどに短縮できる。

 さらに、専門の装填する助手と複数のマスケット銃を用意する事によって、さらに早い速射も可能になる。

 これは、かの織田信長を苦しめたとされる雑賀衆が行った方法である。


「けど、ティネ。マスケット銃はまだ運用を始めたばかりでそれほどの数を揃えるのは難しいわ。他に何かの手段があると嬉しいのだけれど。」


マスケット銃は今は試作段階であり、これからドワーフたちの手を借りて量産体制に入る予定である。この状況でそんな大量のマスケット銃を一気に生産する事は難しい。それに対して、エルネスティーネは答える。


「はい、それに対しての案も考えてきました。

 もっとも、これはあくまで机上の空論なので、実際に運用してみないと何とも言えないのですが……。

 まず、マスケット銃を持つ列、そして攻撃魔術を使える魔術師たちの列、次にクロスボウを持った列と三つの列を用意します。

 そして、さらにその左右に、斜め上の列の射手を用意します。

 一列が攻撃した後で後ろに下がり、攻撃準備を整えたもう一列が攻撃して後ろへ、そしてさらにもう一列が攻撃を仕掛けるといういわゆる三段撃ちです。

 三段撃ちでも間にあわない場合は、左右の射手たちが攻撃を仕掛けて足止めし、その間に射撃準備を整えます。」


 さらさら、とエルネスティーネは机の上に紙にペンを走らせながら解説する。

 つまり、簡単な図にすると\≡/という形になる。

 三段撃ちは以前は織田信長が行ったとされており、現在では信長が実際に行ったかは疑問視されているが、それはこの際問題ではない。             

 三段撃ちというアイデアは使えると判断したエルネスティーネがそれを流用したのである。だが、マスケット銃に慣れた人間でも、装填するのには最低9秒はかかってしまう。

 その間に騎馬突撃なり攻撃を受けたらたちまち戦列が崩壊してしまう。

 そのため、エルネスティーネが考えたのは、魔術師たちやクロスボウ隊などを複合する事である。

 魔術師たちの攻撃魔術は、詠唱が必要なこともあるが、せいぜい2,3秒ほどだ。

 マスケット銃ほどの準備時間が必要ではない。

 クロスボウ隊も、クロスボウを装填するのにはコツが必要ではあるが、以前エーファが使用したクレインクインと呼ばれる後部や側部についているハンドルを回す事によって弦を巻き上げるのなら、さほどの時間はかからない。

 こうして様々な武器を組み合わせて使う事によって、マスケット銃の弱点をカバーしようという試みである。


 そして、それでもカバーできない場合は、左右の弓の射手たちが射撃を行い、時間を稼ぐという仕組みになっている。

 うまくこれが組み合えば、戦列の正面は前方からの射撃、左右からの弓矢とまさに文字通りのキルゾーンになるはずである。……理論上は。

 あくまで、これは机上の案であって、実戦ではそんなに上手くいくかは全く不明である。そのため、訓練か何かで試験運用が必要となるのである、


「ふむ……確かに案としては面白そうですわね。

 まだマスケット銃を大量に量産できないウチの実情にも合っていそうですわ。

 検討の余地あり、ですわね。」


 よし、とエルネスティーネはアーデルハイトに見えないように小さくガッツポーズを取る。この三段撃ちに魔術師を取り入れたのは、魔術師起用に中々前向きではないアーデルハイトに対して、もっと魔術師を取り入れろという意思表示だったりする。

 それほど、大量の紙を使用し、錬金術や蒸留にも長けている魔術師たちはエルネスティーネにとっては喉から手が出るほど欲しい人材なのである。

(もちろん、危険人物が混じっていることも理解しているが)


 本来研究者である彼らが前線に出て攻撃魔術を放つのは、彼らにとっても不本意だろうが、これもこの国で彼らを匿うためだと理解してほしい。

 法の国々から追放されて、行く先もなく野垂れ死ぬよりはマシだろう。

 彼らも人間である以上、衣食住といった環境は必要なのである。

知識の点でも、技術の点でも、紙を必要するという点でも、エルネスティーネにとっては魔術師たちは何としても招き入れたいのである。

(もちろん問題もあるのは承知しているが)


 そんなエルネスティーネを見ながら、ふむ、とアーデルハイトはペンを持った手を止めて、ペン尻を自分の唇に当てて考え込む。


「……そういえば、ティネ。確か貴女の知り合いに冒険者がいたですわね。」


「え?はい、それがどうかしましたか?」


「……彼女たち、例えば、他の国の偵察任務とか引き受けてくれるのかしら?」

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