第54話 スリヴァルディとマスケット銃
城塞都市から少し離れた草原の中。
心地よい風に吹かれた草むらの中に、異質な金属で出来た巨大な人型の物体が鎮座していた。
輸送用に開発されたスリヴァルディと違って、搭乗者の部分もしっかりと装甲化されたそれは、実戦運用を想定されて開発された戦闘用スリヴァルディである。
輸送用スリヴァルディと異なり、胴体部、つまり搭乗者部分がプレートアーマーを流用した金属鎧で覆われており、さらに、前腕部の部分は事実上盾として運用するため、分厚い鉄板で構築されている。
その厚さ、およそ40mm。
これだけの厚さならば、十二分に敵兵士たちの剣や槍などを防御できるし、騎兵突撃のランスの一撃すらも防ぎきる事ができる。
そして、理論上は銃、マスケット銃の射撃すらも防御できるはずである。
スリヴァルディ全体をこれだけの装甲で覆うのは、コストや重量の関係で難しいが、前腕部だけならば
今回は、スリヴァルディが火縄銃の攻撃を防ぐ事ができるかどうかという実験のために、実際にスリヴァルディを銃で撃ってみよう、という事になったのである。
現在、火縄銃はその構造が解析され、この領地でも量産体制は整いつつあり、すでにおよそ十丁の銃が量産されている。
だが、まだまだ試作段階のため、実際に試射してみて確かめてみる必要がある。
今回はそれを確かめるために、試作段階のマスケット銃を弾薬をわざわざアーデルハイト自身が試射する事にしたのである。
当然、それに対する反対意見も根強かった。マスケット銃を作り上げて、スリヴァルディの開発も手伝ったアーデルハイトの傍にいるドワーフも同じ意見である。
「しかし、お嬢……。アンタがわざわざ試射しなくても……。それこそ部下に任せればいいんじゃ……。」
常日頃纏っているドレスではなく、身動きしやすいジャケットとスボンという男装のような服装をし、綿密にマスケット銃のチェックをしているアーデルハイトに対してそう話しかけるドワーフ。確かにマスケット銃の複製・試作は彼が行っており、天然の熟練の職人であるドワーフである彼に設計のミスはない、と自覚している。
しかし、このエーレンベルク領のトップである辺境伯が自ら銃を試射しなくても、誰か部下にやらせればいい、というのは極めて常識的な考えである。
「おや、ドワーフの貴方が作成した銃が暴発して私が怪我するとでも?」
にやり、と挑発的に微笑むアーデルハイトの言葉に対して、ドワーフは思わず激高する。
「バカ抜かせ!ワシが作った銃は完璧じゃ!そうじゃなくて、わざわざアンタがこんな事をする意味が分からん。」
「これからは、剣や槍より、これら銃の時代へとなっていくでしょう。
このエーレンベルク領を、ノイエテール国を守護する我々は、いち早く状況に応じ、最新の軍備を整えなくてはなりません。
そうでなくては、たちまち法の国々に侵略されてしまうでしょう。
我々が生き残るためには、それしかないのです。」
むう、とドワーフは唸るが、確かにアーデルハイトの言葉は正論である。
一応は法の国々に膝を屈しているノイエテール国だが、それは体面だけの事。
実際は未だに独立国であり、法の国々の侵略を受けずに独立独歩で運営を行っている。しかし、それでも弱小国である事には変わらない。
”連合”がその気になれば物量の差でたちまちこの地は焦土へと変わってしまうだろう。それを防ぐために、最新の軍備で身を固め、士気の高い兵士たちを揃え、ここに侵攻すればそちらの被害も多大な物になる、という向こうに思わせておかないとならないのである。
当然の事ながら、戦争も経済活動の一環であり、利益があるから攻め込んで奪い取る、という理由で侵攻してくる事が多い。
逆に「ここに侵攻すれば、利益よりも損の方が多い」と思わせれば、そうそう攻め込まれる事はないはずである。
そのためには、辺境伯自らが銃の扱いに慣れて、部下たちを指導するのが一番なのだ。トップがやっているのに、部下がやらないなどという事は、古今東西どこの組織でも示しがつかないからである。
「ともあれ、銃の実用化ができても、さらなる改良が待っています。
ティネにも頼んで銃の改良や再装填の速度を増すアイデアを考えてもらってますが……その辺が上がってきたらよろしくお願いしますわね。」
火縄銃、マスケット銃は威力があるが、問題点も多々ある。
その内の一つが「次弾発射までに時間がかかる」という事である。
マスケット銃はどうしても銃口から火薬と弾丸を装填して、それを槊杖で押し固め、火皿に火薬を入れて、火縄を用意しなければならない。
いかに熟練しようと、速度には限界がある。
これらをカバーするために、紙などに火薬と弾丸を詰めて漆などで固めた早合などと言われる物を使ったり、チームを組んだりするという方法がある。
「よーし!いいぞー!そのまま棒で固定しろー!中に藁人形を入れるのも忘れるなよー!」
アーデルハイトの目の前。そこには巨大な金属のヒトガタが存在していた。
そこに存在していたのは、魔術師たちにも協力してもらってついに作り上げた戦闘用スリヴァルディの試作品である。
中立神の神殿が作り上げた輸送用スリヴァルディにプレートアーマーを流用して取り付けた作り上げた試作兵器である。
外見は、プレートアーマーに巨大な手足を装備させ、さらに背中に巨大なバックパックのようなポンプを装備した姿になっている。
背中のバックパックは、ヒト型にしては不完全な姿で上手く類感魔術が働かないため魔力を多量に消費するスリヴァルディの欠点をカバーするために魔力を充電させた魔力タンクである。
この背中のバックパックが上部にスライドする事により、騎士たちはスリヴァルディに搭乗する事ができる。そのスリヴァルディの内部に布で包まれた藁人形を入れ、前腕部を防御態勢に棒などを使って持ち上げて固定する。
「よし!行きます!皆退避!」
そのアーデルハイトの声と共に、スリヴァルディの近くにいた者たちは皆離れて安全圏へと退避する。
皆が退避したのを確認した後、アーデルハイトはマスケット銃を構え、銃口をスリヴァルディへと向ける。すでに内部には火薬も弾丸も入っており、火口に火薬も装填されている。そして膝をついてストックを肩につけて、じっくりと狙いを定めて引き金を引き絞る。
それと同時に、火縄の火が火口に着火、その火が薬室内部の黒色火薬に着火。
薬室内部の火薬が爆炎する凄まじい爆発音と共に弾丸が射出。そして猛烈な勢いで飛来するその弾丸は、スリヴァルディの前腕部の分厚い鉄板に命中すると、キィン!とカン高い金属音と共に見事に弾き返された。
純粋なエネルギー量ではデザートイーグル以上の威力を発揮する火縄銃ではあるが、それでも40mmもの鉄板を貫けるほどの威力はない。
アーデルハイトの撃った弾丸は、スリヴァルディの前腕部によってカン高い金属音と共に、完全に弾き返されていた。
火縄銃の衝撃で、腕を支えている杖などは破壊されたが、再びその周囲に人々が集まり、再度腕を持ち上げ、棒や杖などで固定し、それが終わったらすぐさまその場から離れていく。
「次!」
続いて、アーデルハイトは火薬と銃弾を再装填し、再び火縄をつけて再発射する。
それも前腕部に弾き返されたのを確認すると、また続いて何発かさらに再発射を行う。元々重量のあるスリヴァルディは、いかに火縄銃の連射を受けた所で、後部にひっくり返ったりせずに、ずっしりとその場から小揺るぎもしなかった。
「よし!試射終了!確認に入ります!」
試射を止め、アーデルハイトたちは戦闘用スリヴァルディの周囲に集い、機体内部から中に詰めた藁人形を取り出し、状況を確認する。
重々しい金属音と共に、背中のバックパックが上部へとスライドし、そこから藁人形を取り出し綿密に確認する。
これは、ヒトを模した布の中に藁を詰め込んでおり、そこに何らかの傷があれば実験は失敗、また改良が必要だが、傷が全くなければつまり搭乗者に全く傷がなかったという事で実験は成功だと言えるだろう。
そして、同時にスリヴァルディの前腕部の確認に入る。
確かに銃弾痕は残っており、装甲は少しだけ凹んでいるが、ただそれだけである。
数発連射してもそれだけならば、十分に実戦にも耐えうる事ができるだろう。
「うわぁ……。装甲凹んでいるだけだ。マスケット銃に何度も撃たれてこれだけとは、すげぇ。」
ドワーフや人間の技術者たちも前腕部を撫でてチェックしながらそう呟く。
理論上では、これだけの厚さならばマスケット銃の銃弾も十分に弾き返せると判断されていたが、
「プレートアーマーでも貫かれるほどの弾丸を、これほど何発も受けても凹んでいるだけなら、十分実戦運用が可能ですね。分かりました。実験終了とします。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます