第48話 黒色火薬と銃の構造について
「よーし、小姉様の件も一段落ついたし、それじゃ黒色火薬の作成に入りますか……。とは言え、毎回毎回私が作り出すわけにもいきませんから、やはり錬金術師、魔術師たちに作ってもらうのが一番でしょうか。」
毎回毎回エルネスティーネが火薬の製造に携わる訳にもいかない。
そもそも一人で作れる火薬の量など些細な物である。
戦争で使用できるほどの量の火薬を作るのなら、大量生産を行わなくてはならない。
ともあれ、魔術師たちに作ってもらうのにも教えるのも、まずは自分が試作しなくてはならない。
(ついでに魔術師たちに魔導書を作る際に自分の紙を売り込んで普及させたいのだが、それはおいておく)
まずは混沌の神殿跡から取ってきた大量の土を水で洗い、この水溶液を灰に混ぜると、硝酸カルシウムが硝酸カリウムに変化する。
そして、この水を濾過して濃縮させ、静かにおいておくと硝石に変化する。
だが、こうして得られる硝石は最初の土の1%しか抽出されず、非常に効率の悪い方法である。
中世では、家畜小屋の糞尿がついた土壁から硝石をとっていたが、この程度では大量生産には到底追いつかない。
この古土法に適しているのは、コウモリや動物などが大量に住んでいる洞窟、つまりはダンジョンであり、新しいダンジョンを見つけ出して、その土を大量に採取するのがまだしも効率的である。
そのため、アーデルハイトは冒険者や冒険者ギルドに報奨金を出して、新しいダンジョンを見つけ出して報告するように指示を出す予定である。
ともあれ、黒色火薬は、硝石に硫黄、炭の化合物である。
これら個別の材料を粉になるまで磨り潰し、そして水を入れながら混ぜてさらに磨り潰しながら混合していく。
この時にすりこぎやすり鉢は木製の物を使った方がいい。石製だと火花が飛んで爆発する可能性があるからである。
そして、ませ合わせたそれらを天日干しで乾かせば黒色火薬の完成である。
後は、これらを繰り返して大量生産を行えばいい。
そのためには、純粋なマンパワーが必要である。そんな火薬の調合を横目で見ていたエーファは言葉をかけてくる。
「お嬢様。私はよく知りませんが、火薬というのは爆発して危険な作業なのでは?
お嬢様に危険な作業をさせるわけにはいきません。
よろしければ私が代わります。」
「うーん、そうね。エーファにも覚えてほしいし、それじゃお願いしようかしら。」
そして、エルネスティーネは、エーファに対して黒色火薬の配合のやり方や硝石の抽出の仕方を教える。
特に黒色火薬の配合はエーファがいうように、配合中に下手をすると爆発するので慎重に行わなければならない。しかも、それを大量生産を行うのは、到底エルネスティーネやエーファだけでは無理である。
エルネスティーネは、法の国からの弾圧を逃れて、ノイエテール国に逃げ込んできた魔術師たちを雇用して火薬を作り上げるべきだと思うのだが、やはりそれには多大な予算が必要になる。そこはアーデルハイトに任せるしかないだろう。
そして、肝心の銃であるが、それはアーデルハイトが火縄銃を輸入して現在複製を研究中との事である。
火縄銃という事は、戦国時代にも使われた前装式で滑腔銃身のマスケット銃で、マッチロック式(火縄式)なのだろう。
銃が開発された初期には、ダッチホイール式と呼ばれる点火口に火種を触れさせて起爆させる方式が使用されていたが、この方式は極めて使いにくく、命中性なども安定しない。それを補うべく、次には火縄をS字型金具(サーペンタイン)ではさんで操作するサーペンタインロック式が発明された。
そして、そのあとに発明されたのが、火縄を使うマッチロック方式である。
このマッチロック方式では、さらに、引き金を引いた分だけ火縄を挟んでいるアームが連動して動くシアロック方式と、バネを用いるスナッピング方式が存在する。
スナッピング方式のほうが命中精度は上がるらしいが、作るのがその分大変になるという欠点もある。
ここは、軍事を司るアーデルハイトが判断すべき分野であり、エルネスティーネも口は出せても決定権を持ってはいないので、アーデルハイトに任せるしかない。
何せ、銃は当時の最新技術の塊。それを複製しようというのなら研究期間がかかって当然である。
エルネスティーネからは、手早く作成できる大砲を作成するべきという案を提案している。大砲ならば巨大な分頑丈に作ることができ、暴発の可能性も少ない。
おまけに機構も簡単で、単純なタッチホール式(点火口に火種を触れさせて起爆させる方式)を使うことができる。
火薬を多量に使うのが欠点だが、その分威力も強力であり、サーペンタインロック式、マッチロック式に比べて手軽に作成できる。
ともあれ、現在研究中の手持ちの銃についてはエルネスティーネにはできることはない。
上手く複製できるかどうか祈るばかりである。
エルネスティーネはそれを報告するべく、アーデルハイトの執務室へと向かい、黒色火薬の開発が完成した事を伝える。
それに加え、砂糖の開発に成功しつつある事を伝えると、アーデルハイトは飛び上がって喜んだ。貴族でも甘味は高級品なこの世界。
砂糖の大量生産が大きな利益になることはアーデルハイトにも理解できるのだ。
「よくやってくれましたわティネ!おまけに私の無茶ぶりまで砂糖を開発する事で達成してくれるとは……。感謝してもしたりませんわ。
ええ、魔術師たちへの紹介状は私の名前で出しておきましょう。
他に何か要望がありましたらできる限り融通を利かせますわ。」
「はい、後、大姉様も銃の開発には着手していると思いますが、それと同時に大砲の開発を進めてはいかがでしょうか?
青銅製の大砲で、火薬と玉を詰めて、穴から火を入れるダッチホイール式ならば比較的簡単に作成できると思うので。」
タッチホール式には、火種と銃本体を保持する必要があり、扱いが難しく、命中精度に難がある、という欠点があるが、それは大砲であればある程度はカバーできる。
タッチホール式であっても、巨大な大砲ならば人の手で保持できるし、車輪をつければある程度は持ち運びがカバーできる。さらに青銅など分厚く均一の大砲の壁は、暴発を防ぐ事もできる。鉄よりも均一で分厚い壁を構築できる青銅の方がこの時代の大砲に向いているのである。
「なるほど……、分かりましたわ。考慮してみます。農業についても私としてもありがたい限りですわ。
戦争を行うには兵站が大事。食料が増えれば兵站も楽になりますわ。」
また、農業改革もアーデルハイトにとっては歓迎すべきことである。
農作物が増えれば、当然のことながら兵站もその分だけ楽になる。
辺境拍の戦いは基本的に防衛戦になるため、焦土作戦を行うわけにはいかないのだ。
そんな事をしてしまっては、たちまち反感を買ってしまうのは間違いない。
戦争とは作戦以前に兵站がモノをいう。いかに名将でも腹が減った兵士を勝たせることは難しいからだ。
もちろん食料だけで軍隊が勝てるはずもない。武器や予備の矢玉も必要だし、必要な武器や防具の補給も必要になる。それを行うために輜重隊も存在するのだ。
ヨーロッパでは補給隊が存在せず、全て現地調査で食料を賄うというイメージがあるが、きちんと食料物資を輸送する輜重隊は存在していたというのが実情である。
しかし、ただ食料が多いだけでは意味がない。
「必要なものを」「必要な時に」「必要な量を」「必要な場所に」供給するのが兵站の最も大事な部分である。そこはアーデルハイトと部下の役割であり、エルネスティーネが口出しする部分ではない。
「そういえば、ティネは何か兵站に役に立つ保存食とか知ってますの?」
「ええと……。」
兵站に役に立つといえば、やはりナポレオンが作り出した缶詰、瓶詰である。
だが、これはやはり作成するのに手間がかかる。
ガラス瓶では破裂しやすいため、金属缶が適切だが、それを作り出せる技術力、食料の殺菌、開ける時の手間などを考えると、今の状況では難しい、という判断になる。
下手な技術力では、缶から内部の食料に鉛などが流れ出し、鉛中毒になる可能性が十分にあるからだ。
「やはり基本的な所で干し肉、燻製、酢漬け、塩漬け、といったところでしょうか。
今の状況ではこれ以外はちょっと……。」
「ふむ、なるほど。やはりそう都合よくはいきませんわね。
分かりました。そちらはいいでしょう。石鹸の件も了承しました。
最終チェックを行ったら、それぞれの令嬢たちに送り届ける事にしましょう。」
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