第46話 砂糖とメイドと肥料の話。
砂糖といえばやはりサトウキビであるが、サトウキビは熱帯地方の植物であり、いかに亜熱帯気候に属するこの領地でも育てるのは難しい。
さらに、サトウキビは奴隷たちによる重労働によってその多量の消費を賄われていた。それをこの領土にポン、と作り出す事は流石に不可能である。
だが、サトウキビより効率の悪いビートで砂糖を作り出すのは、やはりサトウダイコンである甜菜に近い糖度を持ったビートを手に入れる必要がある。
ビートには色々な種類があるため、そこから甘さの強い種類を選んで栽培し、品種改良を行ってさらに甘味を増していけばよい。
「それにしても、小姉様もお仕事があるのに手伝ってもらわなくても……。」
「何言ってんのよ。ティネだってあれやこれや忙しいんでしょ?
ティネばかりに働かせちゃ、アーデルハイト姉さんにブン殴られるわよ。
け、決して甘い物を食べたい訳じゃないんだからね!」
はいはい、とエルネスティーネはディートリンデの言葉を受け流す。
ともあれ、農業に詳しいディートリンデのツテならば、様々な種類のビートを速やかに手に入れる事ができるし、作業もスムーズにいく。
色々な種類のビートの根を洗い、細長く刻み、それを温かい水と共に茹でて糖分を週出させる。
その後、少量の石灰(炭酸カルシウム)をかき回しながら加えて、さらに温め、煮詰める事によって何種類かのビートシロップを作っていく。
それを一つ一つ舐めていく事で甘みを確かめていき、一番甘い物を選んでいくという作業である。
とそんな作業を行っている間に、一人のメイド服の女性、エーファがエルネスティーネの元へと駆け寄ってくる。
エーファには、メイドたちに石鹸を作る作業の長としての仕事を任せており、それが一段落ついたためエルネスティーネの元にやってきたらしい。
何せ貴族の令嬢たちの注文は一人一人異なるため、それに対応した匂いを石鹸に封入しなければならない。しかも、相手が貴族のため、手を抜いたり間違えたりしたら今までと真逆の悪評を貴族社会にばら撒かれかねない。
そのため、エルネスティーネから手ほどきを受けたエーファがメイドたちに指示を出して石鹸作りを行う事になったのである。
「お嬢様。こちらの仕事は一段落つきました。念のため、お嬢様に最終チェックを行っていただくだけです。」
「あら、エーファじゃない。お久しぶり。元気してた?」
ひらひら、と手を振るディートリンデに対して、エーファはメイド服の裾を摘み、優雅に一礼する。言うまでもなく、お互い顔見知りの関係であり、勝手知ったる関係でもある。
「お久しぶりです。ディートリンデお嬢様もご機嫌麗しく。」
優雅に一礼するエーファに対して、ディートリンデは、面倒くさげにさらに手をひらひら振りながら言葉を返す。
「あーそういう挨拶いいから。さ、エーファも手伝って。
今から砂糖候補のシロップを作るから、そこから一番甘いのを選んで。
ふっふっふ。甘いもの舐め放題よ舐め放題。」
「あ、甘い物……!?いえ、お嬢様。ただの一介のメイドがそのような高級品を……。」
甘いものと聞いて、思わずエーファは驚いた表情を浮かべる。
この時代、砂糖は貴重であり、一昔前では砂糖は薬として扱われていたほどである。
貴族の間ではお菓子などは普及しているが、それでも日常的に口にできる物ではない。ましてや平民、メイドなどいうまでもなくである。
そして、エーファも女性。当然のことながら甘い物は好きである。
「いーのいーの。エーファはウチの妹を散々守ってくれたでしょう?
これぐらい役得があったっていいじゃない。というか、文句は私が言わせないわ。」
ディートリンデも気が強い上に辺境伯領主の血を引くれっきとした貴族だ。
可愛い妹の面倒を見てくれたメイドの陰口を言われて黙っているほど気は弱くはない。
エルネスティーネも、散々自分の身を守ってくれて、実際に冒険にまで付き合ってくれたエーファに対して、これぐらいは報いなければならない、と思っているため否はない。そして、女性三人で片っ端から試作したビートシロップを舐めて、満場一致で決定したビートシロップの元となったビートを見つけ出す。
甜菜ほどではないが、かなり甘さが強いビートの種類を見つけられたので、これを栽培するようにディートリンデにアドバイスする。
甜菜は寒さに強く、寒冷地作物ではあるが、その元になったフダンソウは広くヨーロッパでも栽培されていたので、この甘味の強いビートもこの領地の気候でも育てられるはずである。
「うん、分かったわ。このビートを栽培してみましょう。作り方はティネに教わったし、こちらの方でも色々試してみるわ。砂糖で集めたお金で新型ゴーレムを試作するお金を賄うのはいいけど、その分こちらにもしっかり貰えるものは貰わないとね。」
確かに、砂糖が量産体制に入れば、スリヴァルディの製作費も賄えるだろうが、ただ金を巻き上げられるだけでは、いかに血を分けた姉妹であろうと面白いはずがない。
(もちろん、全部巻き上げるわけではなく、税金として巻き上げるだろうがそれでも、である)
ディートリンデはその分の代価を何か貰うつもり満々である。いかに姉妹であろうが、そこの所を譲る気は全くないのだろう。
「あ、そうだ。ティネ。アンタ肥料の事を言っていたけど、他にも何か肥料について何かないの?」
確かに炭酸カルシウム、つまり石灰は肥料として役に立つが、それだけではなく他にも様々な肥料が存在する。
「そうですね……。例えば、細かく骨を砕いた肉骨粉や魚を絞った粕の魚カスなどが有効ですね。後は……その……堆肥などとか……。」
肉骨粉や魚カスなども肥料は有効だが、人や家畜の糞尿などを発酵させる堆肥も有効である。だが、これにも問題はある。
ヨーロッパの気候では、気温が低いので堆肥を発酵させるのが大変なのである。
発酵していない堆肥は植物に有害なので、そのままバラまく訳にはいかない。
この領地の気候はどうやら温暖湿潤気候らしいので、多分発酵はできるだろうが、それでも匂いや寄生虫、疫病の危険はあるので慎重に行わなければならない。
また、ヨーロッパの農家たちが堆肥を使用せずに、休耕を積極的に使用していたのは、人口が少ないために十分な量の堆肥が作れない、運搬し、巻く事ができないなどの事情があったのだ。
「えぇ。糞尿を撒いたら、農作物悪化しない?」
「ええ、ですからやるのならしっかり発酵させなくてはいけません。ただ撒くだけでは逆効果になるだけです。しっかりと発酵させるだけの気温、そして人手が必要です。」
「うーん、確かに排泄物が有効活用できるのならそれに越した事はないけど……。他は?」
「はい、他は魚を乾燥させて粉末状にした魚粉。骨を砕いて細かくして粉末状にした骨粉、そして油粕などがあります。
魚粕は利用しやすく、実を収穫する野菜や果樹におすすめの肥料ですね。
骨粉は、牛や豚、鶏などの骨を熱処理して乾燥して砕いた物です。
茎や花を育てたい時に有効ですね。ただ、脳の病気を持っている家畜を使用すると、悪影響を及ぼす可能性があります。
油粕は、アブラナやゴマ油などの種や花から油を搾り取った残りものですね。茎や花を育てたい時に有効です。」
有機肥料は栄養に偏りがあり、動物性有機肥料はリン酸が多く、カリウムが少ない。
逆に植物性有機肥料は、カリウムが多くリン酸が少ないため、混ぜて使用するといい。さらに骨粉を硫酸で反応させたものは、植物にリン酸が伝わりやすいが、現状で貴重な硫酸をそのように使う必要性はないのではないか、とエルネスティーネは考えた。もっと農業が発達してからでも十分であるはずである。
ここで、空気からパンを作り出すと言われたハーバーボッシュ法を実用化させ、アンモニアから化学肥料を作り出す事ができるのなら、文字通りのチートとなって農業を一気に飛躍させる事ができるだろう。
だが、ハーバーボッシュ法を行うには、高温・高圧に耐えらえるだけの強靭な容器が必要になる。とてもそれだけの容器は用意できない。
それならば、今行える方法でやるのが一番だとエルネスティーネは判断したのである。
「後、個人的には……前にも言った通りコメの栽培を行っていただけると嬉しいのですが……。
何せ水資源が必要になりますので……。」
コメは連作障害も起こさず、収穫量も麦よりも高いというチート植物である。
そのコメがヨーロッパではあまり植えられていないというのは、ひとえに気温の低さと多量の水を必要とするからである。
コメは本来亜熱帯地方の植物であり、ヨーロッパのように気温の低い場所が原産地ではない。おまけに降水量が少なく、乾燥しがちなヨーロッパでは多量の水資源を必要とするコメを作る事は難しい。
だが、全く作れないという訳ではない。
例えば、地中海気候であるスペインやポルトガル、イタリアなどではコメを作る事が出来ていた。だが、地中海気候であっても、多量の水がなければコメは作れないので、川の傍ではないとコメは作れない。
このエーレンベルク領ならば、温暖湿潤気候であり、川もあり水資源も多量もあるので、コメを植える事は可能であるはずである。
「まあ、可愛い妹の頼みだし、別にいいわよ。そのコメって奴も私のツテで探してみるわね。」
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