第45話 砂糖を制する者は世界を制する(嘘)

「ええ……?ビートから砂糖が……?本当?」


 ディートリンデは疑わしげにエルネスティーネに問いかける。

 それでもある意味当然だ。

 ビートはほうれん草と同じヒユ科に属する植物であり、基本的に葉などを食べる物である、というのが彼女たちの基本的な考えである。

 そこから砂糖が取れるなど信じられるものではなかった。


「いえ……。でも確かにテーブルビートの根はかなり甘かったわね。

 ティネ、そこから甘味成分を抽出する事とかできるの?」


 ビートにはかなり種類が豊富であり、サトウダイコンと呼ばれる甜菜や、甘味がかなり強いテーブルビートなど様々な種類がある。

 砂糖が一番取りやすいのは言うまでもなくサトウダイコンである甜菜であるが、テーブルビートから砂糖を抽出する事は可能である。

 元々、現代の甜菜も祖先を辿ればテーブルビートであり、品種改良を重ねて現代の甜菜が出来上がったのである。


 まずはビートの根を細長く軸切りにし、重量の二倍ほどのお湯を入れる。

 この後しばらく70度ぐらいのお湯で似て、ビートを引き上げ軽く絞る。

 その後、少量の石灰(炭酸カルシウム)をかき回しながら加えて、さらに温める。さらにこの少量の石灰を3回から5回に分けて加えていく。

 石灰は混沌領域から回収してきた紙作りに使う分が山ほどあるので問題はない。

 これを放置すると、少し緑を帯びた黒灰色の沈殿が出来、上澄みは黄緑色の帯びた琥珀色になっている。これをさらに煮詰めると、ビートシロップの完成である。


「よし、シロップですが、小姉様どうぞ。

 これをさらに煮詰める事によって砂糖を作り出す事ができます。」


 その液体の上澄み、つまりビートシロップを指につけてペロッと舐めるディートリンデの舌に、甘味が襲い掛かる。

 甘い物は貴族の末裔であるディートリンデにとっても貴重な物である。

 思わずディートリンデは飛び上がって喜びを露わにする。


「あ、甘い!確かに甘いわ!やったわねティネ!

 ウチの領地で砂糖を作ることが出来ればアーデルハイト姉さんも大喜びするわ!」


 ただ、シロップはできたが、もっと糖分が高いビートやサトウダイコン、甜菜などが発見できれば、もっとスムーズに砂糖を作り出す事ができる。

 砂糖で利益を出すのなら、効率よく大量生産を行う必要があるだろう。

 作物などと違い、砂糖は腐らず、作れば作っただけ飛ぶように売れていくはずだ。

(特に甘味が少ないこの時代では特に)


「それで、小姉様がお願いがあるのですが、色々なビートの種類を集めていただけませんか?もっと甘味に強いビートがあればさらに簡単に砂糖を作り出すことができますので。」


「うん、分かったわ。任せておいて。他に何か珍しい作物見つけたらティネの所に持っていくわ。ティネなら役出せてくれそうだし。」


 個人的には、やはりマメ科植物、その中でも大豆が欲しい。

 マメ科植物は空中から窒素を取り込み、その窒素を地中に蓄えて大地を豊かにする能力を持っている。

 根に存在している根粒菌と共生し、空気中の窒素をアンモニアに変える能力、窒素固定と呼ばれる能力を有しているのだ。これがノーフォーク農業の根幹になっている。

 しかも大豆があればそれを元に、味噌や醤油の生産が可能になる。

 大豆は寒冷地でも育ち、他のマメ科植物と同様に根粒菌により、地中に窒素を供給できるため痩せた土地でも育ち、しかも乾燥に強く、水が少なくても育てられるというかなりのチート植物である。

 しかし、大豆がヨーロッパに根付いたのは20世紀という極めて最近である。

 それまでヨーロッパには大豆は存在していなかったため、この世界にも存在しないかもしれない。


 だが、一方で確かひよこ豆から味噌を作れると見た事がある。

 ひよこ豆は古代ローマではポピュラーな食べ物で、紀元前4000年前にはもうすでに地中海一帯に広まっていたため、こちらの世界で見つける事ができるかもしれない。

 後は麹菌さえ発見でいれば、味噌を再現する事ができる可能性も高い。

 麹菌が発見できれば、味噌や醤油だけでなく、日本酒、味醂の生産もできるようになる。それらが再現できれば、かなり和食の再現に近づけるはずである。


 ともあれ、無い物ねだりをしても仕方ない。今はやれる事をやるだけである。

 砂糖の生産が軌道に乗れば、その分お金が転がり込んでくる。

 そうなれば、色々な珍しい商品や品物を売り込んでくる商人たちも山のように出てくる。その中に役に立つ品物や種などがある事を祈るしかない。

 ……ちなみに、それらの多数の品物の目利きは、恐らくは自分がやるであろう事を、この時のエルネスティーネは一切考えついていなかった。






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