第40話 スリヴァルディの試験戦闘運用(対ミルメコレオ)
崩壊した元混沌の神殿に再びやってきたオーレリアやエルネスティーネたち。
神殿は中心部が吹き飛ばされており、残っている神殿内部もいつ崩壊してもおかしくはない。魔道装置の中心部、コアを抜き取った際に、溢れ出た混沌の力によって周囲が汚染されている可能性も十分にあったが、オーレリアの魔力観測によると、それほど大規模な汚染ではないため、短期間ならば問題はないらしい。
周囲には怪物の死体の残骸などもまだ存在しているが、それらをスリヴァルディの手によって最小限に片付け、一応、オーレリアたちの手によって中立神たちの加護を受けた兵士たちが半壊した神殿内部に入り込んで、床下やあちこちの土を一心不乱に掘り出していく。
そして、その掘り出した土を麻袋に入れ、スリヴァルディたちが麻袋を次々と馬車へと運び込んでいく。
以前にも言った通り、火薬の原料になる硝酸カリウムは雨の降らない建物の床下の土などに多量に含まれている。それはダンジョンであろうと例外ではない。
地下に存在しているダンジョンは、硝酸カリウムの多量に含まれている土を掘り出すのに最適な環境なのである。
この土を水で洗い、その水溶液を灰に混ぜ、濾過し濃縮させると硝石が出来上がるのである。
この硝石は火薬の原料として極めて重要な物質である。それが土から作られるなどまさに予期していなかったのだ。
「よし、この程度でいいでしょう。混沌の余波は微弱とは言え、あまり長くいすぎない方がいい。それではこれで撤収を……。」
「少しお待ちください。」
撤収しようとしていたオーレリアを呼び止めたのは、フルプレートアーマーを纏ったアーデルハイトだった。
新しく作られた中立神の加護が付与されたロングソードを手にしながら、アーデルハイトは言葉を放つ。
「確かにスリヴァルディは、土木作業には極めて有用性を示してくださいました。
貴女の仰る切り札の運搬にも有効でしょう。
……けれど、私の見た所、コレはもっと役に立つと思いますわ。そう、軍事的に。」
「……確かにその通りです。スリヴァルディは、いわば兵士たちの身体能力を強化する強化鎧と言っても過言ではありません。
法の国々でもまだ開発されていない以上、これを上手く利用すれば軍事的に優位に立てる可能性もあるでしょう。それはつまり……。」
「ええ、実戦での実用データ集積も行わせてもらいます。今この場で。
幸い、混沌領域ならば怪物たちは山ほど存在します。
スリヴァルディたちに戦ってもらって、我々はいざという時のバックアップに控えるというのは?」
とはいうものの、スリヴァルディに搭乗している騎士たちも、あくまで試験運用のためだ、と聞かされているだけであってこれに搭乗したまま戦え、などとは言われていない。
これに乗ったままの戦闘訓練など受けてはいないし、専用の武装なども用意されていない。おまけに装甲化も行われていないので、まともに騎士に攻撃が命中すれば大ダメージになるだろう。
恐る恐るスリヴァルディに搭乗している騎士たちは、アーデルハイトに対して問いかける。
「ええと、その、武器は……?」
「試験運用と言っているのですわ。」
「アッハイ。」
鬼軍曹……もとい、鬼貴族モードのアーデルハイトに何を言っても無駄だ、というのは、入隊当初の地獄のしごきで骨身に染みて理解している。
まだ何も装備していない徒手空拳のまま立ち向かえ、と言われていないだけマシだと思おう、と騎士たちはお互い頷き合う。
そして、その場でしばらく待っていると旨そうな人の匂いによってきたのか、一匹の怪物たちが草木をかき分けながら姿を現す。
それはライオンの前半身にアリの後半身を持つ怪物、ミルメコレオだった。
ミルメコレオは、肉食であるライオンと草食であるアリの両方の属性を持っており、肉も草も食べられず常に飢え渇いているとされている。
ライオンの頭が肉を食べても、アリの部分が肉を吸収できず、そのためにやがて餓死する、常に食料を求めているという暴食の悪魔の象徴とされているのだ。
だが、実際のアリは基本的に肉食であるが、種類によって草食、菌食、雑食となっている。つまり伝承と異なり、ミルメコレオも十分に肉でも何でも貪り食らう事ができると考えらえる。
そして、ミルメコレオの後ろにはおこぼれを狙うゴブリンたちが離れておよそ10体ほど距離を離れてこちらを伺っているのが見える。
ミルメコレオは狂暴であり、下手に近づいたらゴブリンであろうとちょうどいい食料だと言わんばかりに、文字通り頭から嚙り付かれて貪り食われるのがオチである。
ならば、ミルメコレオが残した残骸を食らうスカベンジャーの方が効率的に食事を取れると自然に役割分担が出来上がっているのだろう。
こちらに対して吠え掛かるミルメコレオに対して、スリヴァルディに搭乗している騎士の三人は油断なくスリヴァルディを戦闘態勢にしつつ、声をかける。
「よし、アーキテクチュラ2は俺と共にミルメコレオへ。
アーキテクチュラ3はゴブリンを殲滅しろ。逃げるゴブリンがいるなら放置で構わん。行くぞ!」
「「了解ッ!!」」
仮のコールサインを名付けたスリヴァルディ三機は、足裏の車輪を使用せずに、搭乗者である騎士が足を踏み出すと同時に、大地を蹴ってそのまま疾駆する。
スリヴァルディは人間の動作をほぼそのままトレースし、身体能力をブーストさせる。搭乗者からしてみれば、空中で浮かんでいる状態で足を動かしているような感覚である。だが、それはしっかりとスリヴァルディの脚部へと伝わり、今までの鈍重で融通の利かないゴーレムとはかけ離れた、獲物を狙う鷹のような機敏さで相手に襲い掛かる。
スリヴァルディ二機は、ミルメコレオへと襲い掛かり、もう一機は後部のゴブリン退治を行うという連携プレーである。
いかにスリヴァルディであっても、ミルメコレオと戦っている時にゴブリンに襲い掛かられては厄介極まりないという判断からである。
体の前半分がライオンであるミルメコレオは、口を大きく開け、凶悪な牙と爪を見せて接近してくるスリヴァルディを威嚇する。
それでも止まらないスリヴァルディに対して、ミルメコレオも大地を蹴って疾駆し、二機のスリヴァルディへと襲い掛かる。
とっさに左右に分かれる二機のスリヴァルディだが、ミルメコレオは右のスリヴァルディに対して大きく開いた口から涎を撒き散らしながら跳躍して襲い掛かる。
「!?」
そっさにスリヴァルディは、腕を盾代わりにしてその噛みつきを防ぐ。
スリヴァルディの金属で構築された腕は、いかにミルメコレオの牙であっても噛み砕けるものではない。
搭乗している騎士は、スリヴァルディの腕を盾代わりにしながら、もう片手のマニュピレーターを拳の形状にし、それでミルメコレオのライオンの顔面を殴りつける。
「AAAAAAAAA!!」
通常の人間を遥かに凌駕するスリヴァルディの拳の一撃を食らったミルメコレオは、当然ただですむはずはない。殴られた部分から
だが、野生動物の強靭さを併せ持つミルメコレオがその程度で怯むはずもない。
さらに狂ったように暴れまわりながら、何度も何度もスリヴァルディの腕部を噛みつき、滅茶苦茶に鋭い爪を振り回す。
そして、ミルメコレオがアークテクチュラ1に注意を向けている間に。もう一機のスリヴァルディ、アーキテクチュラ2は、ミルメコレオの後部に回り込む。
だが、そんなアーキテクチュラ2に対して、アーキテクチュラ1は声を上げる。
「バカ!アーキテクチュラ2!そいつの後ろに気をつけろ!」
後ろに回り込んだも一機のスリヴァルディに対して、ミルメコレオはアリの腹部の先をそちらに向けると、そこから液体状の物質を勢いよく射出する。
「!?」
とっさにその液体をアーキテクチュラ2は、スリヴァルディの腕を盾代わりに受け止めるが、その液体は金属で構築されているスリヴァルディの前腕部を融解させていく。
これはアリが持つとされている蟻酸であろう。
蟻酸はその名前の通り、強い酸であることに加えて腐食性を持ち、皮膚に触れると水泡を生じ、痛みを与える。
しかし、金属を容易く腐食させるほどの酸を放つ事ができるとは、さすがは混沌の怪物と言う他ない。
「このッ!!」
ミルメコレオに襲われている方のスリヴァルディ、アーキテクチュラ1は、ミルメコレオに対して勢いよく激しい蹴りを叩き込む。その蹴りはミルメコレオに命中し、確かにダメージはあるが、それでどうこうなるほどミルメコレオは柔な生物ではない。
怯むことなく牙を向けてくるミルメコレオに対して、搭乗している騎士は叫ぶ。
「だったら、これならどうだッ!!」
瞬間、スリヴァルディの足裏の車輪が猛烈な勢いで回転を始める。
カン高い音で回転を始めた足裏の車輪を肉体に触れた状態になってしまったミルメコレオはたまったものではない。
たちまち、その回転によってミルメコレオの皮膚がこそげ落ち、筋肉が削ぎ落とされる。いかに怪物といえど、自分の皮膚と筋肉が車輪の回転によって削ぎ落されるのは溜まったものではない。
血を撒き散らしながら思わず悲鳴を上げるミルメコレオだが、逃さんと言わんばかりにさらに車輪を回転させながら、連続でスリヴァルディは蹴りを叩き込む。
「アーキテクチュラ2!そっちの方抑え込め!」
「了解ッ!」
スリヴァルディたちは、それぞれマニュピレーターを使用して、ミルメコレオの頭部とアリの腹部をしっかりと掴む。
当然、再び蟻酸を撒き散らさないように、アーキテクチュラ2は射出口はスリヴァルディの拳を叩き込んで潰してある。
そして二機のスリヴァルディは、ミルメコレオをしっかりとホールドしたまま、お互いに自分の足裏の車輪を回転させる。
通常の前方に向かう前進ではなく、今回はホイールが逆回転する後方移動である。
泥や土を巻き上げながら、カン高い音を上げて回転するスリヴァルディのホイール。
まるで同じ極の磁石のように反発しあう二機。
そして、それらが抱え込んでいるのは怪物であるミルメコレオである。
当然の事ながら、離れようとする力により、ミルメコレオの肉体はメキメキ、と異常な音を立てている。つまり、ミルメコレオの肉体が引き裂かれようとする音である。
「AAAAAAAAA!!」
その最後の悲鳴とも言えぬ絶叫と共に、ミルメコレオの体が見事に真っ二つに引き裂かれる。つまり、ライオンの肉体である前半身と、アリの肉体である後半身にである。いかに強靭な生命力を誇っていようが、肉体を両断されて生きていられる獣はいない。引き裂かれた傷口から内臓と紫色の多量の体液を撒き散らしながら、ミルメコレオは息絶える事になった。
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