第39話 試作強化外骨格型ゴーレム『スリヴァルディ』


 そして、数か月ほど立った後、エルネスティーネやアーデルハイトたちが乗った複数の馬車が混沌領域へと続く街道を走っていた。

 今回は戦いがメインではないので、ウォーワゴンではないが、危険な混沌領域に侵入するのだから、当然の事ながら皆武装をしている。

 今回、エルネスティーネがいるのは、口では説明したものの、炭酸カルシウムの鉱脈などエルネスティーネぐらいにしか分からないだろうというアーデルハイトの判断である。そして、アーデルハイト直々に共に混沌領域に向かうのは、エルネスティーネが吹き飛ばしてしまった街道修理や、放置されていた街道の様子を伺うという目的もある。恐らくこれからも度々混沌領域に行かなくてはならない以上、街道を修復するのは必須である。


 そして、混沌領域に向かう数体の馬車と共に今までとは異質な人型の金属で出来た物体が並走していた。

 かろうじて人型はしているが、ロールバーを主体として構築されたまるで金属の箱のようなに胴体部に、アンバランスに巨大な金属で構築された手足、そして、おまけ程度に作られた金属の頭部という奇怪な代物である。

 そして、その胴体部には、剥き出しのままの人間が搭乗しているのだ。

 その搭乗者の手足は、奇怪なゴーレムの手足に内蔵されており、搭乗者の動きをトレースして自在に動くようになっている。

 さらに脚部、足裏の踵とつま先には車輪が内蔵されており、その車輪が回転する事によって滑るような動きで高速移動が可能になっている。

 だが、流石にこの異端のゴーレムに搭乗者している騎士たちは困惑の表情を浮かべている。


「しかし……変な感覚だよな。」


「ああ、まさかゴーレムに『乗る』なんてなぁ。

 いやまぁ、自分の思う通り動くから鎧みたいに『着る』という感覚だけどな。

 それにしても……なぁ。」


 そして、それを行っているのはオーレリアの指揮の元作り上げられた試作型小型強化外骨格型ゴーレム『スリヴァルディ』である。

 スリヴァルディは、エルネスティーネの提案通り、ゴーレムとしても異質な形状をしている。

 人間がすっぽり入るゴーレムにしては小型な胴体部に、アンバランスとも言える巨大な脚部と腕部をした異質なゴーレムではあるが、人間が装備するパワードスーツとしては理に適っている。

 腕部の肩から上腕部、肘にかけては操縦者の腕の動きをトレースするようになっており、指……マニュピレーターは操縦者の指に鋼糸のついたグローブがついているので、それに連動する事によってゴーレムの指も握ったり開いたりする事が可能である。

 脚部は、搭乗者の動きをトレースするように出来ている。

 戦闘用ではないので、胴体部はほぼすっからかんでロールゲージのフレームで構築されており、いざという時に搭乗者を守る装甲などは存在しないが、その思い切った判断は、同時に非常な軽量化に繋がり、ゴーレムにしては機敏な動作を行う事ができる事に至った。

 元々、ゴーレムの基本魔術式は、類感魔術……類似した、似たような姿をしたものはお互いに関係しあうという魔術から成り立っている。

 神は己の姿に似せて人間を作り出し、人間は神と己の姿を似せてゴーレムを作り出した。だが、異質な形状のスリヴァルディでは、形があまりにも通常の人体と異なったアンバランスな形状になっているため、うまく魔術が起動せず、それ単体では単独行動はできない。だが、そこに人間が搭乗する事によって感染魔術を発動させ、動かす事に成功しているのである。


 今回のこの遠征は、この試作型ゴーレムの実地データを取る事と言っても過言ではない。理論上は優秀でも、実戦では不具合で使えない、などという事はよくある事だ。実際、今回も棒立ちのまま足裏の車輪を起動してみたら、見事に後頭部から後ろ倒れこむという一見してギャグのような事態が起こってしまった。

 幸い機体にも搭乗者にもダメージはなく、棒立ちではなく、しっかりと腰を落として重心を低くして起動させて見た結果、上手く移動する事はできた。

 このように、設計では思いもかけない動作が現場では発生するため、実際での現場運用を行う事は非常に大切なのである。

 今回のこのデータを吸い上げて持ち帰り、フィードバックして新しい機体を作る予定である。逆に、この機体が汎用性があって優秀な機体ならば、アーデルハイトもオーレリアも予算をつぎ込んで量産体制に入る準備はできている。


 そして、馬車と並走を行っているスリヴァルディは、とある場所で停止する。

 そこは、前回の際にエルネスティーネが吹き飛ばした街道部分である。

 それと共にあちらこちらに怪物たちの死骸が転がっているが、ほとんど肉などは腐敗きしり、残骸や骨、ミイラなどがゴロゴロと転がっている状況である。

 街道を修復するのも大事だが、まず異臭などを漂わせて転がっている怪物たちの残骸を片付けなくては疫病が流行る危険性がある。


 エルネスティーネたちが倒した怪物の残骸は、ほとんど他の混沌の怪物たちによって貪り食われている上に、残った肉も腐敗している。

 本来ならば骨だけでも貴重な魔術素材となるのだが、腐敗している肉をそぎ落として骨を取っていくなど、それだけで未知の疫病にかかる危険性がある。

 生身の人間よりも、スリヴァルディの方がいいだろう、という事で、スリヴァルディに搭乗した騎士たちは口元を布で覆って、怪物たちの残骸の片づけを行う。

 最も行う事は怪物の残骸を街道からどかして、道から離れた場所に投げ捨てるだけだが、生身の兵士たちが行うより遥かに効率的であり衛生的である。

(騎士たちはたまったものではないが)


 口を布で覆った騎士たちがスリヴァルディを使用してのマニュピレーターで残骸を片付けた後、マニュピレーターを水で洗い流して、さらに酒で清めた後、次に行う仕事は街道の修理である。

 馬車には街から連れてきた街道工事の専門家もいる。彼に現状を見てもらって、どう修理すればいいか指示をもらえばいいのだ。


「ふむ、どうやら表層部と上層が吹き飛んでいるだけのようですな。

 応急ですが修理を行っていきましょう。」


 この国の街道はローマの街道と同様に三層構造の路盤になっている。

 一番下層の下層路盤は大きな石で、中層路盤が中ぐらいの大きさの石、上層路盤が粘土と砂利を混ぜた層で構築されている。

 そして路面である表層石は大きな石を亀甲形等に組み合わせたもので、重量のある分厚い石で構築されている。

 流石にそれを瞬時に直すのは難しいが、街から路面用の表層石は持ってきてあるので、上層部に粘土と砂利を混ぜた層を再度敷いて、さらにその上にスリヴァルディのマニュピレーターによって表層石を敷いて応急処置を行っていく。


 重々しい音を立てながら、早速試作型のスリヴァルディは道路の修復工事などを行う。人間では持ち運びが難しい路面用の表層石も、ゴーレムの力により強化されている彼らなら楽々と持ち運びする事ができる。

 そして、街道の応急処置が終わった後で、再び街道を通して混沌領域に向かう。

 道が途切れる地点で、エルネスティーネたちは馬車から降りて、スリヴァルディも足裏の車輪を使用する高速機動モードから通常歩行モードへと切り替える。


 そして、混沌領域の森の中へと踏み込んだ彼らは、エルネスティーネが見つけ出した石灰石の鉱脈へと足を向ける。

 石灰石の鉱脈、というか恐らく太古の海底で圧縮された貝殻が堆積した崖、はあっさりと見つかり、切り出し作業に入る。

 石灰石は比較的柔らかく、スリヴァルディの力なら容易く砕けるが、今回はスリヴァルディのマニュピレーターを使用して一列に穴を開け、岩に罅を走らせる事で切り出し作業を行う。

 それら切り出し作業を行って切り出された石灰石の塊も、人間より遥かに力があるスリヴァルディなら容易い事である。


 さらにもう一体のスリヴァルディは、他の人たちが切り倒した木々の運搬作業を行っている。切り倒した木々は、その場で表皮を剥いで、角材や板材に加工するのが常ではあるが、混沌領域では怪物たちが襲い掛かってくる可能性があるため、ある程度加工した状態で馬車に運んでいく。

 人では持ち運ぶ事のできない木々を軽々と持ち運ぶのに加えて、表層石を持ち運んだり様々な汎用土木工事を行うスリヴァルディを実際目にして、アーデルハイトは思わず関心したように呟く。


「……ふむ、なるほど。中々使い勝手は良さそうですわね。

 いえ、工夫すれば色々な事に使えそうですわ。

 装甲をつけて戦闘用に……いや、視界をどうするか……。」

 

 彼女は領主であり、同時にこの領地を守護する軍事のトップである。

 人口が法の国より遥かに少ないこの国を守護するためには、使えるものは何でも使う。そんなアーデルハイトからしてみれば、このゴーレムは軍事においても『使える』と判断したのだろう。

入隊当時に散々血反吐を吐くほどしごかれた鬼教官から、鋭い目つきで自分たちを見つめられているのに、背中から大量の冷や汗を流しながらも、騎士たちは作業を続けた。

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