第38話 香水と水車と紙作り

 それからしばらく、エルネスティーネは王妃に捧げる香水、ハンガリー水ならぬノイエテール水の作成を行っていた。

 何せこれは何度も蒸留を繰り返して強い蒸留酒を造らなくてはならないので、手間のかかる代物である。

 だが、いかに王妃に捧げる香水であり、手抜きが許されないとは言ってもそれだけ行っているのでは、エルネスティーネの気が滅入って作業効率も落ちる。

 そのため、中立神の聖書を作るある程度の猶予は、アーデルハイトにも許可されていた。これを利用して、エルネスティーネはボロ布から紙を作り、木版印刷を利用して次々と聖書を作り出し、オーレリアの元へと送っていた。


「はぁ~。転生しても仕事から逃れられないとは笑えないなぁ。

 社畜時代の嫌な思い出を(もうかなりうろ覚えだけど)思い出してしまうなぁ。

 まあ、異世界だろうとどこだろうと、人間は基本的に変わらないという事かぁ。」


 愚痴りながらも、エルネスティーネが専門に与えられた部屋で単式蒸留器を用い、アルコールの蒸留を繰り返していく。高度な連続式蒸留器があればもっと手軽に蒸留が可能だろうが、流石にそれほどの技術はこの世界には存在しないらしい。

 そうなれば、エルネスティーネの手作業によって作り出すしか方法はない。

 サラリーマン時代(前世のようなものなので、微かに思い出せる程度だが)の嫌な記憶が思い出されてしまうが、理不尽に怒る上司やノルマなどはないから、まだマシであると自分を納得させるしかない。



 そしてその一方、王妃の香水を作る事に成功したその功績として、エルネスティーネはアーデルハイトから専門の水車を作成して与えられる事になった。

 この香水によってさらに、アーデルハイトは王妃、並びに国王の覚えは良くなったし、貴族の令嬢や奥方たちとの強力な支持も取り付けることができた。

 それをもたらしてくれた、エルネスティーネに対する功績とも言える。


 この街の近くにも河川は存在しており、船などによる交通の要であり、食料である魚などを取る事ができる場所として街の近くを流れる川は比較的大きく、これもこの土地の肥沃さに一役買っている。

 川というのは、そこから魚などの食料が取れるだけでなく、交通手段としても非常に重要である。上流から下流へと一方通行ではあるが、何もしなくても下流に流れる川は物流において非常に便利なのだ。

 そして、それだけなく、水の流れを機械的なエネルギーへと変換する水車は、社会システムとしても非常に重要である。

 水車の利用目的としては、穀物をひいて穀粉にする製粉が一般的だが、サトウキビから汁を絞る製糖、 綿花から木綿糸を作る紡績、 糸から織物を作る機織り 、

 そして、紙を作り出す製紙である。

 電力がないこの世界において、自動的に動力を与えてくれる水車は公共機関も同様であり、一人が独占的に使用するなど許される事ではない。

 だが、アーデルハイトはそれほどの功績を自らにもたらしてくれた、とエルネスティーネを評価しているのである。


 だが、当然の事ながら、水車に加え、水車小屋、そして大型のホーレンダー・ビーターを作成するのには時間がかかる。

 他の水車や水車小屋は貴重な動力機関であり、皆の命綱とも言える穀物などを製粉する食料生産の拠点である。

 それをエルネスティーネのためだけに明け渡すなど、いかに領主と言えど間違いなく市民や農民たちから批判を食らうだろう。

 だが、新規作成となればそれらの批判も少なくはすむ……が問題は水車や水車小屋を作るのに時間がかかるという事である。少なくとも数ヶ月はかかるだろうが、オーレリアたちも、新型の試作ゴーレムの開発に時間がかかるため、聖書の作成は今まで通りのペースでいいだろう、とエルネスティーネは判断した。


「川かぁ。川魚とか食べたいなぁ、気晴らしに釣りとかしてみたいなぁ。

 ……いやでも、綺麗な川かどうか分からないし、街の近くという事は排泄物流れ込んでるだろうしなぁ……。ううむ、上下水道の整備とかもしたいですが……。

 個人でどうこうできるものでもないし、ひとまず置いておきましょうか。」


 17世紀のパリは糞尿などを平気で街の中に投げ捨て、それに対して香水やピンヒールが発達したと聞いた事があるが、流石にここはそこまでは酷くはないらしい。


 ともあれ、水車という動力機関を手に入れた事によって、エルネスティーネの紙作りはさらにスムーズになっていった。

 水車を大型のホーレンダーに設置する事によって、自動的に今までとは比べ物にならない、大量のボロ布を分解して紙に変換する事が可能になったのである。

 そして、今までとは比べ物にならないほど効率的に大量で手軽に紙を作成できるようになった結果、ボロ布不足に陥りつつあるのである。

 いかにを揃えようとも、そもそも原料がなくては紙は作成できない。

 と、なれば、やはり木々をパルブ化して紙へと変える方法を実用化しなくてはない、そのためには大量の木々を回収しなくてはならないが、一人で木々を切って街まで運んでくるなどと言う事は、はっきり言って無理である。


 そんな風に考えていると、向こうからちょうどいい機会がやってきた。

 新型の試作型ゴーレムの試験運用である。

 エルネスティーネのアイデアを元に、オーレリアの指揮の元、魔術師たちは新型のゴーレムを作り上げたが、その試験運用のため、混沌領域に向かう事に決定したのである。新型の機械において、試験運用とは何より大事である。

 ここから得られたデータによってさらに現場に適応した構造に改造したり、そもそも実用的なのか確かめるという重要な役割がある。

 それに対して、アーデルハイトはエルネスティーネのいうように、混沌領域に炭酸カルシウムの鉱脈の回収、木材の切り出しに回収する労働力を求めていたため、利害が一致した二人は共同して混沌領域に向かうことになったのである。

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