第37話 火薬とゴーレム改造についてのアイデア。

 アーデルハイトは直々の戦闘訓練を受けたエルネスティーネは、その激しさに特訓を終えた後、丸一日休息を取って何とかある程度は体力回復したが、これはエルネスティーネが自分所属の兵士ではない事と、可愛い妹である事であるお見逃しらしい。

 これがアーデルハイト直属の兵士だったら、泣いても喚いても、叩き起こされて連日苛烈な戦闘訓練が行われるだろう。

 このため、アーデルハイトは兵士たちから鬼軍曹ならぬ鬼貴族と非常に恐れられているのだ。

 しかし、それも全てこのエーレンフェスト領、並びにノイエテール国を守る辺境伯としての誇りがなせる事である。

 元々、ノイエテール国は国家としては稀な”天秤”を奉じる国家であり、法の国が連携して作り上げている”連合”に対しては国力は圧倒的に劣る。

 隣国であり、法の国の一つであるリュストゥング国に比べても、ノイエテール国は純粋な兵士の数で劣っている。

 ならば、兵士個人の質を高めるしかない、と考えるのは当然である。


 そのため、法の国に対抗するためにも、混沌領域から襲い掛かってくる混沌の怪物を駆逐するためにも、アーデルハイトは強い兵士を鍛え上げるために鬼軍曹、鬼教官となって兵士たちを鍛え上げているのである。

 ……最も、量より質を高める、超大国に戦いを挑むとなるとどこぞの帝国のような末路を辿るのは目に見えているので、何とかしなければならないのは、戦略に疎いエルネスティーネにも理解できる。

 まあしかし、軍人でもない領主でもないエルネスティーネができる事はない。

 せいぜい、以前言った火薬の生産について教える事ぐらいである。


 以前アーデルハイトに言ったように、数十年たった建物の床下の土をお湯と混ぜた上澄みに、石鹸作りで使用する炭酸カリウムを含む草木灰を加えて硝酸カリウム溶液を作る。これを煮詰めて結晶を作り、もう一度融解して再結晶させると硝石が出来上がる。

 これに木炭と硫黄を慎重に混ぜると黒色火薬の出来上がりである。

 当然、火薬である以上危険であり、下手をすると調合しているときに爆発する危険性があるので、注意するように、とアーデルハイトには言っておく。


 流石のアーデルハイトも、王妃に捧げる香水の作成作業で忙しいエルネスティーネに対してそこまでしてもらうつもりはなかったらしい。

 錬金術師たちを雇って、彼らに火薬作成を行ってもらうとの事だ。それはエルネスティーネにとってもありがたい事である。

 錬金術師ならば、色々この世界の化学技術や魔術技術にも詳しいだろう。

 ようやくベッドから起き上がったシュミーズを纏ったエルネスティーネは、体中の筋肉痛に悩まされながら何とか起き上がり、髪を透いて身支度を整えながらそんな事を考える。

 そんな風に考えていると、自分の部屋のベッドで寝転んでいたアルシエルも、エルネスティーネから譲られたシュミーズを纏って大あくびをしながら起き上がる。

 彼女は彼女で、オーレリアの秩序抑制柱に混沌の力を注ぎ込むためにオーレリアに力を貸して、ずっと大神殿の地下にこもっていたらしい。

 混沌の力というのは極めて危険な爆薬のような物だ。それを安定させ、中立、天秤の力を混ぜるというのは、下手をすれば暴走する可能性も十分にありうる。

 それを抑制するために、混沌神の化身であるアルシエルが混沌の魔力を安定化させていたらしい。それにより力を消費したアルシエルも泥のようにベッドに寝込み、エルネスティーネと同様、睡眠をとってようやく力を回復させたらしい。


「ふぁ~。全く私を置いて自分たちだけどんちゃん騒ぎとはいい御身分だな。

 ほら、私も頑張ったんだ。撫でろ撫でろ。よしよししろ。」


 うとうとしながらも、エルネスティーネの膝の上に乗っかってくるアルシエルに対して、エルネスティーネは抱きしめて、よしよしと頭を撫でながら同時に寝ぐせでぐしゃぐしゃの髪を整えてあげる。

 こうしているとやはり猫というか大型犬みたいで可愛らしいのだが、やはり混沌神の化身、油断は禁物である。


 そして、身支度を整えて普段着に着替えたエルネスティーネは今日も忙しい一日を始める。アルシエルはだらだらしながらも、二度寝モードに入ってしまったが、失った力を取り戻すために仕方ないのだろう。

 人間ではなく、神の化身が力を取り戻すのがどれくらいかかるか不明なため、警戒しながらも、しばらくは放置で好き勝手させた方がいいだろう、というのがエルネスティーネの判断である。

 そして、アーデルハイトから命じられた王妃に捧げられるハンガリー水、もとい、ノイエテール水を作成しているエルネスティーネだが、その間を縫って、エルネスティーネは本の作成に取り組んでいた。

 確かにボロ布から紙を作成する事はできたが、ボロ布も無限にあるわけではない。

 そうなると、当然木々を紙にする方法が必要になってくるのである。


 やはり、前にも言った通り、これら木々を分解させるのは水酸化ナトリウム、つまり苛性ソーダで煮て分解するのが一番早いのだが、エルネスティーネがいない時に苛性ソーダを扱うのは危険が伴う。

 そのため、いない時にはバラバラに分解した木材を木灰水に数ヶ月つける事で繊維以外の部分が溶けて柔らかくなる。

 こうして出来たドロドロのパルブを大量の水で溶かして、紙漉きを行えば後はぼろ布で出来た紙と同様に紙を生産する事ができる。

 そして、大量の木々は自然豊かな混沌領域に文字通り山ほど存在する。

 混沌領域の中でも、混沌の力が強い所では木々が奇妙に歪んでいたり、木々自体か怪物化している事もあるが、全て紙にすれば同じだろう、とエルネスティーネは考えている。

 最も、そんな木々は混沌領域の奥深くに入らないと存在しない。

 外周部でも大量の木々が存在するため、問題はないだろう。

 炭酸カルシウムの鉱脈を掘り出して回収すると同時に、木々を切り出して、こちらの領土に搬出できないか、大姉様に聞いてみよう、と一羽の鳩が、エルネスティーネの作業部屋へと窓から入り込んでくる。

 その鳩は、首からエルネスティーネがオーレリアに渡した通信用のルーン石を吊り下げられている上に、外見は灰色の鳩ではあるが、明らかに異質な魔力……というか神聖力を有している。


「オーレリア様。何か御用ですか?」


 恐らく、これはオーレリアが使役する使い魔に当たる存在なのだろう、とエルネスティーネは検討をつける。

 その予測通り、通信用のルーン石からオーレリアの声が聞こえてくる。


『ええ、エルネスティーネ様。貴女がおっしゃったゴーレムの改造の事ですが……中々上手くいかなくて。何かアイデアはないかしら?』


 ゴーレムというのは神の御業、神の名前によって起動する存在である。

 魔術師の入力したように動くが、未だこの世界では人間のように高い自律性能と知性を持ったゴーレムの開発は行われていない。

 つまり、簡単に言うなれば、融通が全く利かないのである。

 しかも、秩序抑制柱を運搬しようとするため機動性を高めるためには、戦場や周囲の状況を判断して的確な行動を行う高い判断力が要求される。

 ただ脚部に車輪をつけただけでは、真っ直ぐ高速に突っ込んでいくだけで判断力も何もあったものではない。

 それでは、到底抑制柱の運搬には使えない、とオーレリアは判断したのである。


「……ふむ、ではこういうのはどうでしょう。

 ゴーレムを大型化して内部に魔術師が乗って操縦できる操縦席を作る。

 もしくは、逆に小型化して、ゴーレムを人が纏う強化鎧へと変化させるというのはどうでしょうか?」


 高度な自律性能が付与できない以上、人間が直接操作するのが一番効率的である。

 ゴーレムを人が搭乗できるように改造し、高い判断力を所有させる。

 つまり、ゴーレムを巨大ロボかパワードスーツ、強化外骨格へと変貌させるという考えである。

 現実世界でも、人間の機能を高める外骨格型パワードスーツの開発は進みつつある。

 今のこの世界の技術力から言っても、そんなにすぐに小型化を行う事はできないだろう。搭乗型とパワードスーツの融合のような、マスタースレイブ型になるだろう、とエルネスティーネは判断している。


 現実世界でのゴーレムは、神の御業と72の天使名であるシェムハメフォラシュ が刻まれている。この72体の天使からなる聖なる名によって、ゴーレムたちは起動する力を与えられているのである。

 基本的にゴーレムが人型をしているのは、人間を創造した神がヒト型であり、それと同じヒト型を模して作るため神の御業を再現し、その類感魔術によってゴーレムを動かしていると推測されている。

 つまり、ゴーレムを純粋なヒト型以外……ケンタウロス型や戦車型、可変するゴーレムを作り出すのは、魔術的に難しいと思われる。

 となれば、やはり既存のゴーレムを改造していくしかあるまい。

 技術的には、大型化よりも小型化の方が難しいとされているが、それはあくまで工業的な問題。魔術的に見れば、ゴーレムを小型化しても別段問題はあるまい。

 完全にパワードスーツ化させるというより、某映画のパワーローダーのように、人間の手足に巨大な手足を付与させるような形状、つまり外骨格型パワーアシストがいいだろう。

 戦闘用ではなく、あくまで秩序抑制柱の運搬用と割り切って、装甲などは最小限でかまわない。人間が搭乗する胴体部は必要最小限で構わない。スカスカのロールゲージ状のフレームでもいいぐらいだ。そして、脚部、足裏に高速で移動できるローラーか何かを装備させるべきだ。

 足裏のローラーは、整備された街道などでしか使用できないだろうが、もし実現化されれば極めて迅速に抑制柱を運搬できる。

 荒地や沼地などでは使用はできないだろうが、使用できる場面があればこの功績は大きい。これを捨てるべきではない。


 一方、完全な搭乗型、つまり巨大ロボ型のゴーレムは極めて浪漫があるが、実際に作るとなると必然的に人間が胴体部に入れるだけのスペースが必要となり、より巨大化してしまう。

 当然、その分の資材やコストも跳ね上がる事になり、開発にも多大な時間と費用が掛かってしまう。現在必要とされているのは、抑制柱を迅速に運搬できるための手段であり、純粋な戦闘用ではない。そんな多大な時間をかけるわけにはいかない、という事を考えると、この案は自然に後回しになってしまう。


 だが、口でいうだけでは、強化外骨格やパワードスーツなどといった概念のないこの世界の人たちは理解できないだろうと、エルネスティーネは羊皮紙にインクとペンで自分のゴーレムの構造を簡単な図にして描く。

 彼女には絵の才能はないが、あくまで概念を理解してもらえばいいので、簡単な設計図で大丈夫なはずである。


「簡単な図を描いてみましたので、これを参考にしてみてください。

 また何かありましたら相談に乗りますので。」


『ありがとうございます。それではまた。』


 この設計図を鳩の足に結び付け、鳩を窓から外に出してやると、使い魔の鳩は空高く舞い上がった。



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