第36話 フォム・ダッハと戦闘訓練

「さて、それはいいとしても……さらに貴女たちにはお話しがあります。」


 表情を切り替えて、アーデルハイトは、エルネスティーネたちに言葉を放つ。

 これは、アーデルハイトの戦闘モードの表情である、と付き合いの長い二人には察せられた。

 そして、アーデルハイトはこと戦い関連では、非常に厳しくなる。

 それは、この領土を守り抜かなければならない辺境伯領主としての自覚のためである。


「はっきり言いますが、貴女たちが今まで生還できてきたのは運が良かったからにすぎないだけですわ。混沌の怪物たちとの戦いや、戦場では甘えは許されない。

 飛び交う矢、死にかけた人々が救いを求めて足を掴んでくる手、そして四方八方から飛び出してくる槍。これらに対抗して生き延びるのは、運の要素も大きいですが、少なくとも最低限の戦闘技術と体力がなければ運を掴む事すらできません。

 私も混沌の怪物たちとの闘いは幾たびも潜り抜けてきました。その生き残るための戦闘技術を貴女たちに叩き込みます。」


 そう言いながら、アーデルハイトは練習場へと二人に来るように指示を出した。

 この屋敷の庭には、訓練場が存在しており、アーデルハイトのみならずメイドたちも戦えるように武器の訓練を行っている事がある。

 これは、何としても自分たちの国は自分たちで守るという意思の表れであり、その意味合いでいうと、このノイエテール国はスイスと防衛意識が似ているのかもしれない。

 ともあれ、訓練用のヘビーレザーアーマーに訓練用の刃を潰した武器を持った二人は、同様に訓練用のヘビーレザーアーマーに、刃を潰したロングソードを手にしたアーデルハイトと向き合う。

 アーデルハイトは、ロングソードを日本剣術の八双に似た構え、剣先を真っすぐ天に向け、姿勢もまっすぐにし、足は左を前にして肩幅に開き、膝をリラックスさせた構えを取る。

 これは、西洋剣術のフォム・ダッハといわれるスタンダードでありながら攻撃的な構えである。

 フォム・ダッハの構えを取ったアーデルハイトには、隙が全く見当たらない。

 静かに剣を構えたままの彼女からの猛烈な威圧感が二人に襲い掛かる。


「……ッ!」


 意を決して、エーファは刃を潰したショートソードを逆手に構えたまま、アーデルハイトへと突っ込む。

 真っ直ぐ突っ込むと見せかけて、ステップをかけて方向を急転回させ、アーデルハイトを攪乱して真横から攻撃を仕掛けるつもりである。

 右方向に回り込めば、剣を構えている態勢からしてこちらが見えにくいという判断からである。

 だが、その程度の攪乱が歴戦の戦士であるアーデルハイトに通用するはずもない。

 横に回り込んだエーファに対して、アーデルハイトの斜め上から下に対する強烈な切り落としの一撃が襲い掛かる。


「!?」


 エーファは、逆手に持ったショートソードでその強烈な一撃を受け流すが、その一撃によって手が痺れてしまい、行動が一瞬遅れてしまう。

 そして、その隙を見逃すアーデルハイトではない。


「確かに得意武器で戦うのは理にかなっています。ですが、貴女も感じたように相手は混沌の怪物。しかも貴女の戦い方は対人に特化されています。

 怪物相手には、あまり極端に懐に飛び込むと逆に致命的になる場合もありますわ。

 ロングソード辺りの武器を練習するのをお勧めしますわ。」


 その言葉と共に、アーデルハイトは、エーファの腕に上から肘の一撃を叩き込み、ショートソードを叩き落す。

 相手の懐に飛び込むというのは確かに慣れていない人間には有利だが、格闘戦に長けた人間には逆に不利になる事もある。

 ましてや、混沌の怪物たちはアーデルハイトのいう通り、近づくだけで危険を伴う怪物たちも存在する。

 そんな存在に、ショートソードだけで戦いを挑むのは確かにアーデルハイトの言う通り非常に危険である。


「!?」


 エーファは、アーデルハイトの前蹴りをまともに食らって吹き飛ばされる。

 うわぁ、ケンカキックじゃんあれ……。えげつな……。と思わずエルネスティーネは心の中で呟く。

 確かにケンカキック、もとい前蹴りは最短距離で攻撃を叩き込めるため、実戦で非常に有効である。前蹴りは絶大な破壊力を誇るが、直線的であるため、察知された時は回避されやすい。それを的確に叩き込むとは、流石にこの領地を守護している辺境伯領主である。


 例え自分の家の大切なメイドであろうとも、こと戦いとなれば徹底的に相手を鍛え上げる。辺境伯の兵士たちから鬼軍曹……もとい、鬼貴族(オーク・アリストクラット)などと呼ばれているのは伊達ではない、という事だ。

 新入りの兵士たちは、大抵「女ごときが辺境伯領主?」と思って舐めてかかるが、アーデルハイトの厳しいしごきにその思い上がりをへし折られるのが通過儀礼である。

 女ごときが、とバカにしていた兵士たちが疲労で倒れている横で、平然と同じ練習量をこなしていくアーデルハイトを見て、心が折られるのが恒例行事である。


 胴体の中心部にモロに前蹴りを叩き込まれたエーファは、吹き飛ばされながら、地面に倒れ伏し、げほげほと激しく咳き込む。

 あの衝撃で吐き出さなかったのは、やはり体を鍛えているのもあるのだろう。

 そして、次のアーデルハイトは、訓練用のハルバードを持ち出して、ゆっくりとエルネスティーネへと近づいていく。


「あと、ティネ。貴女の武器は色々な形状に可変できる万能兵器と聞きました。

 ですが、多数の機能を持つという事は、それだけ制御が複雑・煩雑化するという事。

 多数の機能の中から瞬時にそれに適した機能を選択する判断力。

 そして、様々な武器の使い方に熟練しなければなりません。

 一朝一夕にはいきませんが、少しづつやっていきましょう。」


 そう言いながら、アーデルハイトはロングソードではなく、次は訓練用のハルバードを構え、もう一つのハルバードをエルネスティーネに投げ渡す。

 これはエルネスティーネにハルバードの使い方を叩き込む、という意味である。

 うわぁ……嫌だなぁ……やりたくない、と心の中で呟きながらも、そんな泣き言を許してもらえるほど甘くはないと知っているのだ。


 そして、その予感は正しかった。

 エルネスティーネに対して、アーデルハイトはハルバードやらメイスやら何やら様々な武器での基本的な戦い方を体に叩き込んでいく。

 その中でも特に叩き込まれたのが、アーデルハイトが使用している西洋剣術での戦い方である。

 エルネスティーネにとって、剣の半ばを掴んで戦うと言ったハーフグリップは全く未知の領域での戦い方だった。

 剣道ぐらいは日本の部活などでやったことはあるが、それとは全く異なる異質な戦い方に流石に強烈な違和感を覚えてしまうが、無意味になる事はあるまい。

 これら西洋剣術は対人戦に特化しているため、混沌の怪物に対しては効果が薄いかもしれないが、彼女の戦うべき相手は怪物だけでなく、人間である可能性も考慮してである。


 剣身を片手で持ったハーフグリップでの戦い方、剣を逆に持って柄頭でハンマーのように相手を殴るモルトシュラーク、あるいは、フォム・ダッハやオクスと言った剣の構え方、剣を持ったまま格闘戦を行うソードレスリング(これは剣を棒術のように扱いそれによって敵を倒す)なども徹底的に叩き込まれた。

 剣道程度はやった事はあるが、それとは全く異なる西洋剣術の剣の使い方に困惑しきりなエルネスティーネだったが、何とか基礎程度は行えるようになってきた。

 そんな風にスパルタ教育で戦い方を叩き込まれたエルネスティーネもエーファも息絶え絶えになってしまう。何とか体を動かすのもやっとな二人に対して、アーデルハイトはさらに檄を飛ばす。


「さあ、最後に体力をつけるために走りますわよ!へたばっているんじゃないですわ!水を飲むことは許可しますわ!」


 息絶え絶えで愕然とする二人を他所に、アーデルハイトは汗だくで地面に倒れ伏している二人に対して激しい激を飛ばす。

 その激に、水だけ飲んでようやくふらふらと走り出す二人に対して、アーデルハイトはさらに声を飛ばす。


「甘い!吐くものがなくなって胃液を吐いてからが本番ですわよ!さあ、走った走った!」


 ひぃ~と思わず悲鳴を上げそうになりながら、何とかへろへろでも走り出すエルネスティーネとエーファだった。

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