第34話 メイドと宴会と酔っ払い

「よーし!銀級になった記念で宴会だー!飲むよー!」


「おー!」


 という訳でなし崩しに宴会となってしまった。

 冒険者ギルドは一階は酒場も兼ねており、冒険者の皆が思い思いのテーブルについて酒や食事を行っている。

 冒険者がたむろする場所となれば、自然と酒と食事が求められるのは当然である。

 酒も料理もない場所でお行儀よく長時間大人しくしていられるほど、冒険者たちは大人しくはない。しかも、冒険者たちはこれ以上ないほどの肉体労働である。

 ダンジョン攻略から帰ってきたら行うのは、真っ先に食事と休養である。

 そのため、ギルドに酒場と宿屋が付属されているのは、至極合理的なのである。

 ボロボロになって帰ってきて、ギルドに報告して、他の宿屋に行く、などというのは、疲れ切っている冒険者に対してあまりに負担になる。




「まあめでたい席にから苦しいこと言いっこなし!よーし飲むよー!かんぱーい!」


 かんぱーい!とその場にいる皆もジョッキやグラスを重ねてぐいぐいと酒を飲みだす。エルネスティーネも一応はワインを口にしてはいるが、これは皆も飲料水代わりに飲んでいる水で薄めたワインである。

 エルネスティーネも貴族階級の一員であり家族の酒の強さからすれば、アルコールには弱くないはずではあるが、未だ社交界デビューを行っていない彼女は、水で薄められたワイン程度しか口にした事はない。

 当然の事ながら、この世界には飲酒制限の年齢などは存在しない。

 そして、飲料水代わりに酒を飲む風習も備わっているため、別に子供でも酒を飲んでも別段怒られはしない。

 元々、飲料水代わりに酒を飲むのは、あまり綺麗な水に恵まれていない法の国からの習慣がこちらに流れ込んできて定着した物である。

 混沌領域から活性化した地脈のエネルギーが流れ込んでくるこの領土では、自然と肥沃な大地が広がり、水なども綺麗ではあるが、その分寄生虫などと活性化したりするというデメリットもある。

 そのため、水が豊富なこの土地でも、生水は飲まないようになっている。

 それに加え、法の国から流れてきた飲料水代わりに酒を飲むという風習により、この土地でも酒は日常的に飲まれるようになっているのである。


 ちらりと、エルネスティーネは他の皆が飲んでいる酒などをチェックする。

 やはり、皆が飲んでいるのはエールやシードル(リンゴ酒)やポワレ(梨酒)、ブドウ酒らしい。他には安物のワインに水を混ぜた物などか。

 中世ヨーロッパやギリシャで水代わりに酒が飲まれていたのは、水が硬水でそのままでは飲料水に適しなかったと聞く。さらに、純粋の水の安全性に問題があるため、必然的に飲料水代わりに安全な酒が飲まれるようになったのである。

 だが、このノイエテール国は肥沃な大地であり、水の清潔さは問題はないとは思うが、それでも生水を飲む気にはなれない。

 目には見えなくても、寄生虫や、日本住血吸虫症のような厄介な存在がいるかもしれない。そして、そうした水の殺菌や安全性を高めるために、


 まあ、それはともかく、今冒険者たちが飲んでいる酒は、ほとんど蒸留酒は存在していないらしい。

 つまり、これは「商機」ではないだろうか?

 幸い、エルネスティーネはハンガリー水の作成のために、アルコールの蒸留を繰り返している。それを応用すれば蒸留酒を造ることは可能なはずだ。

 蒸留酒は必然的にアルコールが強くなるため、強めの酒を求めがちの冒険者受けもいいはずだ。

 問題は手間がかかるため、コストがかかるため必然的に高価になる事と酒を造るギルドが黙っていないであろう事である。

 エルネスティーネはあくまで書籍ギルドに属しているのであって、酒を造るギルドに入っているわけではない。

 だが、思いついたのなら試作品を作るぐらいなら問題はないだろう。

 もしそれが上手くいったらそちらのギルドに入るなりすればいいのだ。

 酒作りはそんなに甘いものではない、片手間でできるほど甘くはない、とは理解しているが、エルネスティーネの野望を叶えるためには、とにもかくにも金が必要となるのだ。野望を叶えるためなら、何にでも手を出すべきだというのが彼女の考えである。

 そんな風に他の皆の会話を聞き流して、水で薄めたワインを飲みながら適当に相槌をうっていたエルネスティーネだったが、いきなり真横から何者かに抱き着かれた柔らかい感覚と、いい香りに思わずジョッキを落としそうになってしまう。


「うわっ!?な、何ですか!?」


「お嬢様ぁ~~♪」


 もしかして……エーファはお酒に弱い?

 それは姉妹当然に育ってきたエルネスティーネにとっても衝撃的な出来事だった。

 普段からクールで沈着冷静な彼女がここまで、へべれけになる所など見た事がなかったからだ。

 恐らく、少なくともエルネスティーネの前では多量の酒の摂取はしてこなかったのだろう。彼女も飲料水代わりに薄めた酒を飲む事は行っていたので、下戸ではないだろうが、今まで人前ではそんなに多量の飲酒は行わなかったのだ。

 だが、今回は祝いの席という事で、進められるままに飲酒を行ったエーファは、すっかりへべれけになってしまったらしい。

 完全に酒が回ったエーファは、エルネスティーネを抱きしめると、まるでぬいぐるみのように自分の頬をエルネスティーネの頬に摺り寄せる。

 思いっきり抱きしめられて頬すりされるのは、エーファの体の柔らかさや良い匂いがダイレクトに伝わってきて、思わず顔を赤くしてしまう。

 エルネスティーネにはあまり経験はないが、女性同士は基本的にパーソナルスペースは狭く、友達と気持ち、感情を共有したいと抱き合う事はよくあるらしい。

 そういえば、まだお嬢様とかメイドとか、そんな事を考えていない子供の時は、人目のないところではよくこうして抱きしめられていたっけ、とエルネスティーネは顔を赤くして困惑したまま、思い出す。


「ひっく、エーファは最近寂しいです~。昔はあんなにお姉ちゃんお姉ちゃんと私に懐いていたのに~。最近はすっかり大人びて私から離れてしまって……よよよ……。」


 今度は、エーファはエルネスティーネを自分の胸に埋もれさせて、よしよし、と頭を撫でだす。思わず恥ずかしさに逃げ出したくなるが、がっしりとホールドされて体が離れない。エーファの胸に顔を埋めながらじたばたともがくエルネスティーネを見て、デルフィーヌは思わず大爆笑して、リューディアもにこにこと楽しそうにほほ笑んでいる。彼女たちにとってはいい酒の肴であり、止める気は毛頭ないらしい。


「お嬢様~また昔みたいに私に甘えてきてください~エーファは寂しいです~。」


 さらに、エルネスティーネの頭を自分の胸に抱き寄せて、頭を撫でるエルネスティーネは、いい匂いと柔らかい感覚の中で諦めの境地に至りつつあった。

 そうして、彼女たちのランクアップの宴は続いていった。


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