第33話 冒険者ランクがアップです。

「ふぃ~。質素なメシだけど量だけはあるねぇ。この職業、食える時に食っておかないとねぇ。」


 大神殿の大食堂から出てくるデルフィーヌと鉢合わせする。

 この大神殿は、いざという時には人々の避難所になる事も想定している事と、当然の事ながら大勢の神官たちの生活を維持するために、様々な設備……大浴場や食堂などが内部に設置されている。

 現実のキリスト教とは異なり、中立の神々の教えでは入浴は清潔のため推奨すらされているが、流石に食事は質素な物である。

 神官たちが豪華な食事を行う事によっての精神の堕落、悪徳に走る事を禁じているのである。

 この地は、混沌領域が近い事もあって、地脈、レイラインが混沌の力の余波によって活性化されている事と、その地脈を制御する中立の神殿の力によって、他国に比べ大地が肥沃になっている。さらにそれに加え、農業に力を入れているエルネスティーネの二番目の姉の力によって豊かな農作物が取れるようになっている。

 それらの豊かな農作物を法の国に売りさばく事によって、このノイエテール国は法の国に対してある程度の影響力を有している。

 隣国である法に属するリュストゥング国と同様、この地は法の国々の食糧生産地となっているのだ。

 これも、”連合”も大侵攻の際にこのノイエテール国を潰せなかった理由の一つである。

 自らの食糧生産地を踏み潰し、焼き尽くしてしまっては大飢饉に見舞われるのは必至であるからだ。

 当然、それだけの食糧は災害などいざという時に際に備蓄されている。

 その備蓄場所の一つがこの大神殿であり、神官たちの食糧もこの備蓄から古い食料が選ばれ、消費されていき、その空いた分に新しい食料を備蓄していくことが義務づけられている。

 そのため、ここの大食堂は食事こそ質素ではあるが、お代わり自由なのである。


「もう~。あんまり神官の皆さんを困らせてはダメですよ~。」


 食堂から出てくるデルフィーヌに続いて、リューディアも後に従って出てくる。

 彼女たちも入浴し、服なども洗濯してもらっているため、神官たちが纏う簡素な灰色のローブを纏っている。

 だが、見たところ女性用のローブを纏っているデルフィーヌと違って、リューディアは男性用の大型のローブである。恐らくは、サイズのあう女性用のローブがなかっただろう。


「何言ってんの。一番食べていたのはアンタじゃないか。

 神官の皆も驚いていたよ。」


 えへへ~とリューディアは思わず照れ笑いを浮かべる。

 しかし、女性にしては非常に巨体であり、重戦士である彼女が高カロリーを必要とするのは至極当然である。その巨体だからこその戦闘力なのだから、それに応じた栄養並びに食事量は必須といえるだろう。

 ともあれ、休息と食事を取った彼女たちはさっそく着替えて、一度冒険者ギルドへと戻るつもりらしい。

 オドントティラヌスとマンティコアを倒したとなれば、その分の大量の賞金を獲得できるからだ。

 あいにくとあの状況では死体の一部までは持ち帰れなかったが、デルフィーヌはオドントティラヌスとマンティコアの体毛を一部こっそりと切り取って持ち帰っていたらしい。そういう所は流石に熟練の冒険者である。

 冒険者というのもピンキリであり、嘘やデタラメを言って倒しもしていない怪物を倒したと言って報酬を丸儲けする輩も多い。

 当然ギルド側も嘘発見(センス・ライ)などの魔術によってそれが真実か見分けるのだが、魔物の体の一部があればさらにスムーズに通りやすい。

 体の一部の魔力量などによって本物であるかはすぐに判明するからだ。

 神殿のバックアップがあったからと言っても、これだけの大物の魔獣を二匹も倒したのだから、それなりの大金は手に入るに違いない。


「あ、お嬢。アンタも帰る前に冒険者ギルドに顔出しなさいよ。

 マンティコアとを倒したとなれば流石にアンタも最下位のランクじゃいられないんだからね。そうだね……黒鉄級ぐらいにはなれるんじゃない?」


 そう、問題は金だけでなくランキングにも影響する。

 今までは冒険者としては完全なルーキーだったエルネスティーネやエーファだったが、これだけの魔獣を二体倒すのに大きな役割を担ったとなれば、もう初心者扱いはされず、ランキングも上昇するだろう。

 下位のランクではゴブリン退治やらあまり金にならず、危険な仕事が主だが、上位のランクになれば、危険ではあるが金になる美味しい仕事が案内される事が多い。

 神殿の支援は受けているといっても、エルネスティーネの野望を果たすためには、手元にすぐに使える金がいくらでもあって困る事はない。

 やはりこの世は金。金こそパワー。サラリーマン自体の記憶が蘇ってきて、思わず頭を抱えそうになってしまう。

 世界が違っても、やはり人間というか社会システムは早々変わりがないらしい。

 思わずため息をつきそうになってしまうが、何とかこらえる。


「ちなみに、そちらはどうなんですか?」


「え?アタシら?アタシらは銅級だけど、今回の活躍で銀色ぐらいにはなれるんじゃない?へへ~。銀級になったら何か美味しいものでもおごってやるよ。

 貴族のお嬢様の口には合わないかもしれないけどさ。」


 そんな話をしながら、徒歩で大神殿から冒険者ギルドへとたどり着く。

 そして、冒険者ギルドの扉を潜り抜けると、そのカウンターにはいつもの受付の女性がにこにこと愛想良くエルネスティーネたちを出迎えてくれる。

 だが、エルネスティーネはこの事務員に対して個人的な恨みがある。

 それは、口止め料を払ったのに情報にアーデルハイトに漏らされたという恨みである。確かにギルドの事務員の立場からすればそうするのは理解できる。

 だが、一方で感情がそれを許さないのである。


「まあまあ。こんにちわ。お久しぶりですね。お元気でしたか♡」


 顔の前で手を合わせてにこにことエルネスティーネに微笑む事務員。

 サラリーマン時代の男性だった時代なら、その可愛らしい仕草で遺恨などすっかり水を流すだろうが、女性であるエルネスティーネにとってはあまり意味がない。

 思わず機嫌が悪くなってしまうのはどうしようもないのである。


「ええ、何とか。今見たくもない顔を見て機嫌は悪くなりましたが。」


「まあまあ、私のような美人を見て機嫌が悪くなるなんておかしいですね。

 どこか悪くされましたか?」


 自分で自分の事を美人とか言うな。いい根性してるなぁ、と思わずエルネスティーネは心の中でぼやいてしまう。確かに彼女からすれば冒険者はそうなのかもしれないが、わざわざ言葉にするのはどうかと思う。


「……いえ、別にどこも。それよりも、私たちのパーティと中立神の神官たちの共同で魔獣を二匹倒してきたので確認をお願いします。証拠はこちらに。

 もし、裏取りがしたいのでしたら、大神殿に問い合わせしてください。

 あと、こちらは換金していただいて結構です。」


 そう言いながら、エルネスティーネはオーレリアから渡されたオドントティラヌスの角とデルフィーヌから受け取ったマンティコアの毛を事務員へと手渡す。

 基本的に清貧を常とする中立神の神官たちは、これらのお金を受け取る事を好むまい。これら魔獣の肉体は非常に貴重な魔術的触媒になる。

 本来はマンティコアもオドントティラヌスも可能な限り遺体を回収できれば大金になっただろうが、あの状況でそんな事をしていたら待ち受けるのは死だけだったろう。

 そういった欲によって危機判断が狂わないかどうかは、冒険者にとって極めて重要な素質である。


「後、これほどの魔獣を倒したのですから、多分ランクは上昇するでしょう。

 エルネスティーネさんとエーファさんは決定的ですね。

 これだけ倒しておいて最下位のランクのままなんてギルドの存在が問われかねませんから。」


 現在エルネスティーネとエーファのランクは最下位ではあるが、これほどの貢献を行ったのだから二階級ランクを飛ばして二階級特進になる可能性が高い。

 基本的にランクというのは一階級ずつ上がっていくものであり、二階級特進は極めて異例、大きな功績を上げた物でないと出ないのである。

 例え未だランクは低くても、それだけで周囲の冒険者たちの見る目は変わってくるだろう。特に女性冒険者は甘く見られやすい傾向があるので、そういった畏怖の目で見られるのが返って本人たちのためになるのである。


「デルフィーヌさんとリューディアさんも恐らくですが、ランクアップするでしょう。流石に二階級ランクアップとは行きませんが……銅ランクから銀ランクにアップするだけでも十分でしょう。」


 その言葉に、デルフィーヌとリューディアは、よし、と密やかにガッツポーズを取る。エルネスティーネとエーファたちと異なり、専門の冒険者である彼女たちにとって、冒険者ランクは身分証明書になるし、ランクが上がればより実入りのいい仕事を紹介してもらう事も多い。

 そんな彼女にとって、まさにランクは命綱そのものなのだ。


「……どうもありがとうございます。」


 不承不承ながらエルネスティーネは事務員に対して頭を下げる。

 遺恨はあるが、きちんと公平に仕事を行ってくれたのは礼を言うべきだろう。


「いえいえ、別に礼を言われる事はしてませんよ。私はきちんと公平にお仕事を行っただけの話です。冒険者ギルドとしてはランクが高い、強い手駒が増えるのは大歓迎ですから♡」


 にこやかにそう言い放つ事務員。殴りたいこの笑顔。というか手駒言うたよこの女。

 笑顔と愛嬌で誤魔化される人もいるかもしれないけど、相当腹黒だよなこの女。

 そう心の中でエルネスティーネは毒づいたが、それを口にしない分別は彼女にもあるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る