第32話 ”連合”と天秤勢力の関係性について。

 その後も、神官たちにテキパキと指示を出したり、魔導機関の数字をチェックしながら、オーレリアは慎重に混沌の力を秩序抑制柱に注ぎ込んでいく。

 どうやら、この混沌魔導機関は、地脈、レイラインの力を吸収して、それを混沌の力に変換する装置らしい。元より、この大神殿はこの都市の地脈の力が集中する土地に建てられている。

 この地脈の力を利用・運営して、領地一体の土地の豊かさ、肥沃な大地を維持するのも、神殿の大きな役割である。

 

また、敵勢力の空からの攻撃に対して、街に大規模な防護結界を構築するのも大神殿の役割である。星型城塞として構築されているこの都市は、同時にあちこちに存在している稜堡に存在している高塔と基盤として上空に大規模な天蓋結界を構築する事が可能なのである。そして、同時に地下には市民が避難できる地下防空壕がドワーフたちの手によって作り出されている。

 この領地は混沌勢力から中立の領地を守護するためのまさしく最前線基地であるため、これほどの厳重な防護が施されているのである。

 そして、その地脈の力は、この大神殿の運営にも大きく影響している。


 地脈の力を枯れない程度に吸い上げて、いざという時に都市の城壁を覆う大結界を構築したり、この秩序抑制柱に魔力を天秤の力に変換して注入するなどという作業を行っているのだ。そして、その一部を混沌の魔導機関に注ぎ込めば、秩序抑制柱に注ぎ込むだけの混沌の力は抽出することができるだろう、とオーレリアは考えている。

 計測機器や魔導機関の様子などをチェックを行い、何とか魔力の注入が安定してほっと一息ついているオーレリアに対して、エルネスティーネは話しかける。


「ちなみに……”連合”ってどんな感じの統治をおこなっているんですか?」


 この世界は現代のように通信機器がないため、他国の情報はほとんど入ってこない。

 せいぜいが吟遊詩人が歌う歌や噂話ぐらいのものだが、法の国では「歌は感情を乱し、秩序を乱す」として禁止されている所もある。噂話なんかどんな風に変化してくるか分からない。

 だが、オーレリアならば神官長という立場のため、敵対する勢力の情報には詳しいはずである。ふむ、とオーレリアは顎に手を当てて考えながら言葉を放つ。


「やっぱり、場所によって違いますが……。”連合”の影響が極めて強い場所では、一言で言えば、徹底的な反自由社会ですね。何百体もの魔力炉を開発して、それを彼らに従う国家へと配給。国民たちは徹底的な愚民化政策が行われています。知識も娯楽も与えられず、ただ労働を行うだけの毎日。完全に硬直しきった権威主義社会。

 これを我々は強く警戒しています。」


 オーレリアは強くこう言い放つ。

 完全なディストピア世界じゃん……。とエルネスティーネは心の中で言葉を放つ。

 この世界にディストピアという概念はないが、リアルでディストピア世界を作り出そうとする”連合”の執念に、エルネスティーネは背筋に怖気が走る。


「先ほども言いましたが、我々天秤の勢力は、”連合”の方針に強く反発しています。

 彼らは我々天秤の勢力すら滅ぼそうとしている。

 我々すら存在しなくなったら、この世界は法の力による存在凍結に覆いつくされるでしょう。」


 ”連合”は明らかに混沌も天秤も滅ぼし、この世界に完全なる法のみで成り立つ世界を築き上げようとしている。しかもその果てに待つのは、全世界全てが凍結された存在凍結だと言う。それは、普通の人間にとっては全世界を滅ぼすのと同義である。

 法に属する彼らが何故そんな事を行うのか、エルネスティーネには全く見当がつかなかった。


「あの……”連合”の目的は何なんでしょう?この世界を完全に法の力のみにしてしまえば、全ての存在が法の力によって完全に停止するんですよね?彼らにとってメリットは……。」


「いえ、彼らの目的は『それ』です。この世界を完全に法の力で埋め尽くし、世界自体を凍り付かせて停止させる。そうすれば、永遠に人類を存続・保護する事ができる。人類に永遠の不老不死を与える事ができると信じ込んでいるのです。」


 その言葉に、エルネスティーネは唖然とした。

 普通の人間からすれば狂気そのものと言わんばかりの計画。

 それを本気で成し遂げようと彼らは企んでいるのだ。

 不老不死などと言えば聞こえはいいが、実際は永遠に意識を保ったまま停止・凍結しているだけの世界。そんな世界は一般人からしてみれば地獄でしかない。


「あの……端的に言うと、彼らは狂っているのでは?

 それって身動きが取れず、何もできないまま永遠に存続し続けるという事ですよね?そんなの全人類を石化させるのと同じじゃないですか。」


 エルネスティーネの言葉は正論である。

 その言葉に、オーレリアも頷きながら言葉を返す。


「そうですね……。いえ、正確に言えば、石化ではありません。似ていますが、違います。物質を構成する最小の粒の動きですら完全に停止するその世界は、一切の熱量が存在しない絶対の冷却の世界なのだとか。我々はその世界の中で意識を保ったまま永遠に存在し続けなればなりません。」


 それってコキュートスじゃないか。原子の動きすら凍結するって絶対零度の世界じゃないか。そんな中で永遠に意識を持ったまま震え続けるなんて冗談じゃない。

 私がこの世界に来た理由は、そんな末路を迎えるわけではない、と叫びたくなるのを、エルネスティーネはぐっとこらえる。


「……それを”連合”に属する人たちは皆理解しているんですか?

 理解してなお、法のみの世界を目指すと?」


「いえ、それを理解している人は上層部のほんの少しの人間だけだと思います。

 それ以外は普通の人々かと。そう言った人たちを説得できればこちら側につかせることもできるかと。連合の中も決して一枚岩ではありません。問題は上層部が過激派だということです。その思考に反発を覚えている内部の人間も非常に多いとか。」


 なるほど。安心した。法の国に属する人間が全てそんな狂気に捕らわれた思考の持ち主ではないらしい。永遠に凍り付いたまま意識を保つなど誰しもが嫌に決まっている。それは文字通りの凍結地獄に他ならないからだ。

 だが、そんな事をオーレリアが大声で言ったとしても、誰も耳を傾けないだろう。

 そのため、今行える事は地道な普及活動しかないのである。


「ともあれ、我々、中立の勢力はこれから彼ら”連合”に立ち向かっていかなくてはなりません。先ほども言った通り”連合”も一枚岩ではありません。必ず我々の味方をする勢力も出てくるはず。ええと、エルネスティーネさまのおっしゃる「らのべ?」はよくわかりませんが、この世界が存在凍結されてしまえば、本を普及させる所ではなくなります。つまり、我々は運命共同体という事。エルネスティーネ様のお力を我々にお貸しください。」


 そう言って、オーレリアは深々と頭を下げる。

 もちろん、エルネスティーネに否はない。ラノベを作り出すため、読んでもらう読者の確保のためには、”連合”の存在凍結など断固阻止しなければならないのだ。

 オーレリアの言葉に、エルネスティーネは深々と頷いた。


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