第31話 秩序抑制柱に混沌の力を注入です。

 その後、何とか防壁内の街へと逃げ込んだエルネスティーネたちは、スピードを落とし、そのまま街の大神殿へと向かっていく。

 混沌の怪物たちはどうやら足止めを食らって遠くなっていくエルネスティーネたちを追いきれないと諦めたらしく、追撃がなかったのは幸いした。

 これで混沌の怪物まで引き連れて帰還してきた、となればどんな目で見られるか分からないだからだ。城壁を守る兵士たちも高速で突っ込んでくるウォーワゴンに驚きを隠せなかったが、あの馬車は神殿で用いられる馬車だと判断し、そのまま城門内部へと招き入れた。

 何とか無事その後、何とか防壁内の街へと逃げ込んだエルネスティーネたちは、スピードを落とし、そのまま街の大神殿へと向かっていく。


 混沌の怪物たちはどうやら足止めを食らって遠くなっていくエルネスティーネたちを追いきれないと諦めたらしく、追撃がなかったのは幸いした。

 これで混沌の怪物まで引き連れて帰還してきた、となればどんな目で見られるか分からないだからだ。城壁を守る兵士たちも高速で突っ込んでくるウォーワゴンに驚きを隠せなかったが、あの馬車は神殿で用いられる馬車だと判断し、そのまま城門内部へと招き入れた。

 何とか無事安全地帯にまで免れたエルネスティーネたちはほっと肩を撫でおろすと同時に、どっと疲れが押し寄せる。


「はぁ~。偉い目にあったわ……。こんなん聞いてないよ全く。」


 見ると、デルフィーヌだけでなく周りの皆も疲労でぐったりとしている。

 ピンピン元気なのはアルシエルぐらいだ。

 流石にここまで大物の怪物たちとの連戦が続くとは思わなかったのだ。ベテランの冒険者であるデルフィーヌたちもこれほどの激戦は今までになかった経験である。

 安全な街中に入ったウォーワゴンは速度を落とし、そのまま真っすぐ大神殿にまで向かう。


「ともあれ、皆さんよろしければ神殿にどうぞ。簡単な食事と浴場ぐらいは用意できますので。」


 顔の土埃だけを何とか布で拭ったオーレリアは、その場にいた皆にそう口にする。

 あの激しい連戦を潜り抜けた者たちは、お互い連帯感もあったし、皆汚れや何やらで肉体的・精神的にも疲労も溜まっているからだ。

 この中で唯一何の汚れもない綺麗なのは、深窓の令嬢もかくや、という容貌のアルシエルぐらいの物である。

 このまま、はい、お疲れ様でした、と解散しないぐらいの情はオーレリアにもあるのである。


 大神殿は、多くの神官たちが暮らしているので、簡単な入浴施設や食事を用意する食堂なども用意されている。

 疫病や何かあった時の避難所も兼ね備えているので、多少人が増えた所で別段問題はない。最も、神殿であるので食事なども簡素な物ではあるが、今の疲れ切った面々にはまさに癒しである。

 キリスト教は古代ローマの反動で入浴は悪とし、結果不衛生による伝染病などが蔓延したが、それとは異なり、ここは入浴を悪とはせず、むしろ推奨しているぐらいである。そう考えると、修道院というよりも、古代ローマの神殿と言った方が近いかもしれない。

 ともあれ、冒険が終わった後で、簡素ではあるが入浴や食事を取って泥のように眠った彼女たちは、何とか一心地つくことになった。

 ついでに、そのままエルネスティーネは魔術の使用による体の変化がないか、オーレリアに詳しく肉体のチェックをされる事になった。

 魔術的な体の検査、血を一滴取って体内の属性バランスを試験薬を使用して調べると作業で、エルネスティーネの肉体のバランスは問題ない、とオーレリアは、判断した。


「体に変化はなさそうですし、魔術的にも大丈夫そうですね。

 念のため、中立の鉄槌は法の力を強めにセッティングしておきます。

 そうすれば多少魔術を使用しても問題ないでしょう。

 これからも定期的に検診に来てください。」


 そう言ってくれるとエルネスティーネ的にもありがたい。いつ自分の肉体が混沌の魔力の影響で変貌するか戦々恐々しながら生活するのは精神安定的に良くないからである。さらに、今回で中立の鉄槌を鎧として纏ってみたが、鎧として纏ってみた感じ、天秤の破片である影響か、エルネスティーネの体内の属性バランスを調整してくれたらしい。エルネスティーネが魔術を連打しても全く問題がなかったのは、これも一因だったのだろう。

 体の検査が終わったエルネスティーネは、一時的に検査着代わりに神官たちのロープを借りて身に纏っている。ベッドの上から起き上がった彼女は、オーレリアに向けて礼を言う。


「分かりました。よろしくお願いします。それであの……持って帰ってきたコアですが……。」


「気になりますか?今からちょうど接続実験を行う所です。貴女にも関係することですし、見るのを私の権限で許可しましょう。」

 

 オーレリアは、厳しいセキュリティチェックを潜り抜けて、大神殿の地下に存在する幾多の秩序抑制柱が納められた大空洞へと足を運ぶ。

 そこで無数のケーブルと魔導機関に囲まれた秩序抑制柱の他に、アルシエルが運び込んできた混沌の魔力を蓄積した混沌の魔導機関の心臓部が鎮座していた。

 今は、そのコアに数人の神官が張り付いて、様々なチェックや検査、構造を調べている所である。しかし、天秤とは全く異なる理論で構築されている混沌の魔導機関は、いかに彼らであっても完全な解析は不可能だったらしい。


 まあ、それはある意味予想の範囲内である。

 だが、完全な解析ができずとも、その力を利用する事はできる。

 そして、神官たちは、混沌の神殿から抜き取ってきた未知の部品や金属で構築されている混沌魔導機関のコアを、何十もの結界で封じ込め、慎重にケーブルに繋いでいく。

 何せ、天秤の力を帯びているこの神殿の魔導装置と異なり、混沌の勢力が作り出した魔導装置が規格が全く異なる。

 そんな異なる規格を無理矢理接続させようというのだ。

 どこかしらに無理が出てきて当然といえる。


「よし、接続完了。これより内部の魔力の抽出を行います。」


「慎重に、最小限度でお願いします。何が起こるが不明ですので、慎重に行きましょう。」


 そのオーレリアの言葉と共に、天秤の力が秘められた魔力抽出装置に繋がれたケーブルによって、混沌機械のコアから、慎重に少しづつ魔力が抽出され、それが秩序抑制柱へと流れ込んでいく。しかし、元々水と油である法と混沌の力ではなく、それを中和・抑制させる天秤の力であるここの装置に、さしもの混沌の力も暴走を行う事はできなかったらしい。

 大人しく秩序抑制柱に流れ込んでいく混沌の魔力を見て、その場にいる皆がほっとする。こうして少しづつ魔力を流し込む事によって力を馴染ませていく予定である。

 どうやら上手くいったらしい様子に、エルネスティーネもほっと安心する。

 だが、それにしてもひっかかる事があったので、彼女はオーレリアに質問をしてみることにした。


「しかし、これだけ高度な魔導機関などもあるのに、出版技術が全く進歩していないというのは……やはり法の国家の政策ですか?」


「ええ、そうですね。法の国では基本的に知識は選ばれた存在だけが得られる物とされています。それが秩序維持にとって便利なのは言うまでもありません。

 民衆が何も考えず、自分たちの指示に従うだけならば、秩序維持にとって極めて有効ですからね。」


 つまり、一種の愚民化政策である。知識などを全く民衆に与えず独占し、民衆たちはただ労働力として働きさえしていればいい。というのが彼らの考えである。

 そんな中で、特に「本」は彼らにとって真っ先に規制の対象になる。

 本は人々に知識と知恵を与え、そこから様々な価値観を学んだ民衆は愚民化政策をとり続けることが難しくなる。

 そのため、法の国では出版技術が厳しく制限されていたのだ。

 そして、今エルネスティーネはそれに真っ向面から喧嘩を売りにいこうとしているのである。彼女の悲願からすれば仕方ないことではあるが、それでも不安はある。


「あのぅ……。私それを破りまくっていますが大丈夫ですかねぇ……。」


 その弱気なエルネスティーネの言葉を、オーレリアは思わず笑い飛ばす。


「何をいまさら。法の国ならいざ知らず、ノイエテール国では出版技術の制限なんてありません。貴女もそれを知って私の所に聖書の量産を提案にしに来たのでしょう?」


 確かにそれはそうである。これだけの文明レベルが出版技術が写筆だけだというのは明らかにおかしい。法の国がその技術を禁じているのではないか、とエルネスティーネは推測していたが、その推測は正しかったという訳である。


「それはそうですが……。法の国に喧嘩売りまくっていますが大丈夫なんでしょうかウチの国。」


 エルネスティーネの心配も当然だ。法の国々が連携して作り上げた”連合”に比べて、ノイエテール国はあまりに弱小勢力である。

 何せ中立、天秤を奉じる国は、このノイエテール国しか存在しないのだ。

 ”連合”がその気になれば、この国は容易く滅ぼされる。

 それが行われていないのは、この国が大侵攻に協力した事と、混沌領域ではない、人間が治める国を叩き潰すには大義名分が不足しているからである。

 そして、大侵攻が成功した以上、もはやこんな弱小国などどうでもいい、というのが”連合”の大部分の考えである。


「言うまでもありませんが、ノイエテール国は天秤を奉じる中立を重んじる国です。

 そのため勢力は小さく、混沌勢力が大きく弱体化した現状、目障りに思っている”連合”の人々もいます。……そもそも歯牙にもかけないという人たちはもっと多いですが。まあそれはともかく、現状では我々が”連合”に勝つ事は不可能。

 ならば、別のやり方でやるしかありません。そのための布教活動に、中立神の聖書は必要なのです。我々、中立神の神殿は貴女の出版技術の発展に全力でサポートします。」


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